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麻疹(はしか)にかかる人は減り続けている?感染増加の報道をうけて調べてみた

市川衛医療の「翻訳家」
発熱イメージ(写真:アフロ)

いま、麻疹(はしか)の感染が急速に増えていると報道されています。

はしか感染急増 1週間で患者27人 関空で拡大、関東へ?(産経新聞9月2日)

はしか感染増加、厚労省有識者会議が早期受診呼びかけ(読売新聞9月1日)

産経新聞によれば、昨年1年間で報告された麻疹の患者数は35人だったのに対し、ここ1週間だけで30人近くの感染が報告されているということです。

1週間で1年分の患者が出ている、確かに「異常に多い」気がします。

記事には「はしかは感染力が強く、手洗いやマスクで防ぐのは難しい」との記述もありました。これは大変!

というわけで、今回の感染者の増加がどのくらい大きなインパクトがあるのか、過去のデータを調べてみました。

近年のデータを見てみる

まず国立感染症研究所のホームページを訪ねたところ、2009年から2015年までの感染報告数をまとめたグラフを見つけました。

国立感染症研究所ホームページより
国立感染症研究所ホームページより

記事にあった去年のデータは、一番下の赤線です。実は去年は、ここ5年ほどで特に報告が少なかった年のようです。

2009年から2014年は、毎年200人から700人ほどの感染が報告されています。例えば2014年では、2月から4月ごろにかけて、30人近い感染者が毎週のように報告されていたようです。

このデータからは、今回の事態はもちろん注意すべきところではありますが、例年と比べて「ものすごく異常な事態が起きているとはまだ言えない」のでは?と思えてきます。

では、さらに調べてみます。上記のグラフにデータがない、2008年以前はどんな状況だったのでしょうか?調べてみると、意外なことが分かりました

15年前の患者数はケタ違い

下記は、1979年~2013年にかけての麻疹の患者報告数をまとめたグラフです。ちなみに2007年までは定点報告(サンプル調査による推計値)、2008年以降は全数報告と調査方法が変わっています。

駒瀬勝啓 日本の麻疹の状況と麻疹排除の進捗(2015)より
駒瀬勝啓 日本の麻疹の状況と麻疹排除の進捗(2015)より

いまから15年前、2001年のデータを見てください。患者数は28.6万人と推計されています。

ここ5年程の報告数(200~700人ほど)と比較すると、ケタ違いの患者がいたことになります。そして全数報告となった2008年も、患者数が1万人を超えていました。

ここからわかることは、日本の麻疹の患者数はここ15年ほどの間に劇的に減少したということです。

なんで患者数が減ったの?

その最大の要因は、麻疹(はしか)ワクチンです。

日本では1966年に麻疹ワクチンが導入され、1978年から定期接種になりましたが、その後もワクチン接種率は必ずしも高いものではありませんでした。

そして2001年の大流行が起こり、その反省から「麻疹ゼロ作戦」と呼ばれるワクチン接種率向上を目指すキャンペーンが広がりました。

「はしかワクチンの接種は、1歳になったら1回、小学校入学前の1年間にもう1回」という国を挙げた接種率向上キャンペーンが長年にわたって行われた結果、近年になって、麻疹の患者を大幅に減らすことに成功したのです。

「いま、すべきこと」

いま盛んに報道されている、麻疹の感染増加。そこから学ぶべきは、どういうことでしょうか?

まず言えることは、危機感を高めすぎる必要はないかもしれないということです。乳幼児をもつ親御さんが、感染を恐れて一歩も外に出ないとしたら、それは気にしすぎかも?と言えるかもしれません。

しかしもちろん、「まったく気にしなくて良い」というわけではありません。

日本では抑え込むことに成功した麻疹ですが、まだ海外には感染が広がっている国もあります。今回の感染も、海外に渡航した人が現地で感染し、広がったと考えられています。

記事の冒頭でも触れたとおり、麻疹の感染力は非常に強く、マスクや手洗いなどで防ぐことはできません。

何より重要なのは、麻疹ワクチンをきちんと接種することです。

麻疹ワクチンは非常に有効性の高いものですが、1回だけではなく2回接種することで確実な免疫がつくといわれています。

現在は2回接種が推奨されていますが、いま26歳から39歳の人(筆者も!)は、ワクチンを接種する機会が1回だけだった人が多いとされています。

子どものころワクチンを打っていても、免疫が低下しているかもしれません。私も含め、この世代の人は「もう大丈夫だから」と考えずワクチンの接種を積極的に考えたほうが良さそうです。

そして、運悪く感染してしまった場合に重要なのは、早期に発見して適切な治療を受け、ほかの人に感染を広げてしまわないようにすることです。

国立感染症研究所のホームページには、麻疹に感染した場合の初期症状として次のように記されています。

麻疹ウイルスに感染すると、10~12日間の潜伏期ののち発熱や咳などの症状で発症します。38℃前後の発熱が2~4日間続き、倦怠感(小児では不機嫌)があり、上気道炎症状(咳、鼻みず、くしゃみなど)と結膜炎症状(結膜充血、目やに、光をまぶしく感じるなど)が現れて次第に強くなります。

乳幼児では消化器症状として、下痢、腹痛を伴うことも多くみられます。発疹が現われる1~2日前ごろに頬粘膜(口のなかの頬の裏側)にやや隆起した1mm程度の小さな白色の小さな斑点(コプリック斑)が出現します。コプリック斑は麻疹に特徴的な症状ですが、発疹出現後2日目を過ぎる頃までに消えてしまいます。

出典:国立感染症研究所HPより

夏なのにもかかわらずひどい風邪のような症状が出て、しかも口の中に白色の斑点が現れたような場合は、事前に連絡の上で医療機関に行き、適切な治療を受けたほうが良さそうです。

年間で30万人近い患者が出る「はしか大国」にまた戻らないためにも。私たちひとり一人が麻疹について少しでも知識を持ち、適切な対策をとることが求められているのかもしれません。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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