iPhone、iPadが売れてない?アップル製品沈没、不思議報道のメカニズム

本田 雅一 | フリーランスジャーナリスト

今月23日、アップルは業績発表を控えている。北米での報道では変わらずiPhone、iPadの売上げ好調が伝えられているが、日本ではなぜかiPhoneの売上げ不振、台湾メーカーによるiPadシェア逆転の報道が相次いだ。発端は日本経済新聞によるiPhone 5減産の報道(1月14日付)。 iPhone 5ディスプレイの発注が当初計画の6500万台から半減したことから、iPhone 5の販売が不調と結論付けた(「液晶大手、iPhone用パネル減産 販売伸び悩み 」)。この記事はウォールストリートジャーナルによって引用され、世界中に衝撃的なニュースとして伝搬したのは記憶に新しい。

しかし、発売以来の好調さが年末商戦で目立っていたiPhone 5が、急に販売不調になるものだろうか?という違和感を即座に感じたのは、筆者だけではないだろう。

実はアップル製品に関する不思議な統計値は、iPadの市場占有率に関してもあった。同じく日本経済新聞が1月16日に掲載した「グーグル、タブレットでアップル逆転 低価格武器に」では、国内のメーカー別タブレット端末シェアでエイスース(ASUS)がアップルを抜いたと伝えている。

しかし、実感としてアップルとエイスースがシェア争いをしているという感覚を持っている関係者は、おそらく一人もいないのではないだろうか。この情報に関しても、筆者は大きな違和感を拭えなかった。果たしてこの感覚的なズレは、何の根拠もないものなのだろうか?

iPhoneは好調?不調?

iPhoneに関するマイナス報道が行われる際によく引用される数字に、iPhoneの世界シェア推移がある。2011年と2012年、両方の商戦期におけるシェアを比較すると、確かにアップルのシェアは9ポイント近く落ちているためだ。では本当に不調なのか?というと、少なくとも日本では好調だ。なぜなら、日本のスマートフォン市場は上位製品が中心だからだ。

たとえば日本でサムスンのギャラクシーと言えば、ギャラクシーSシリーズのことを想像する。しかしサムスンの世界シェアナンバーワンを支えている機種はギャラクシーSシリーズではない。アップルはラインナップしていない低価格モデルが、新興国などでノキア製フィーチャーフォンなどの置きかえとして急伸。アップルを逆転した。

アップルは地域ごとの販売台数を公表しておらず、iPhoneを供給するソフトバンク、KDDIも、ともに販売台数は公表していない。しかし、両社もiPhone、iPad、iPad miniの販売が好調であることは認めている。とりわけiPhoneの販売に力を入れているソフトバンクの広報部は「昨年、iPhone 5の発売以来、ずっと獲得契約数でナンバーワンを継続しているが、その中でもアップル製品は好調。口コミや予約状況を見れば明らかでは」と話した。

一方、フォーブスはウォールストリートジャーナルの記事に対し「なぜウォールストリートジャーナルは”iPhoneの需要が崩壊的な状況”という真っ赤な嘘を信じたのか」と、反論というよりは、呆れたという論調でこの報道を揶揄した。なぜなら、ウォールストリートジャーナルが引用している数字に辻褄の合わない部分があるためだ。

ウォールストリートジャーナルは日本経済新聞の記事から、1~3月期の液晶ディスプレイ調達数が6500万台から半減という部分を引用し、論旨を組み立てていた。しかし、フォーブスの調べでは、もっともよくスマートフォンが売れる10~12月期でも、iPhoneの世界需要は4300万~6300万台程度。

この数字にはiPhone 4やiPhone 4Sも含まれており、iPhone 5の出荷はこのうち(最大限に多く見積もったとしても)4900万台程度と推定。年末商戦の数字でこれなのだから、そもそも四半期に6500万台というディスプレイ調達数自身があり得ない。その上、年末商戦期を外れれば需要が下がるのは当然で、ちょうど半分の3250万台ぐらいが発注数とするならば、それは減産ではなく通常の季節要因による生産量調整でしかない、というのがフォーブスの主張である。ウォールストリートジャーナルは6500万台という数字をその後、削除している。

ところが、週刊ダイヤモンドは日本経済新聞とは数字こそ異なるものの、よく似た論調で「iPhone5が大幅減産で“アップル依存列島”に大打撃」と追い打ちをかけた。この記事を読むと、ジャパンディスプレイの内部リークで減産が伝えられているように感じられるだろう。

ところが、コラムを隅から隅まで読むとアップルの減産を示唆しているのは「ある電機メーカー幹部」の発言のみでジャパンディスプレイからの情報リークではないことが解る。実はダイヤモンドは1月11日にも「iPhoneより売れているIGZO搭載スマホの登場で一人負けのドコモに一筋の光」と伝えていた。このコラムでは、最終的にiPhone 5の売上げに変調の兆しとの論調は展開していないが、次に述べるタブレット市場分析データに関する混乱と同じ理由で、iPhone 5の売上げに変調報道の流れを読み違えている。

”NEXUS 7がiPadを越えた”の舞台裏

さて、前述したように”エイスースがタブレット端末でメーカー別のトップシェアを奪った”とのニュースも日本経済新聞の誌面を飾った。エイスースが製造するのはグーグルAndroidを搭載する端末の標準機とも言えるNEXUS 7。メーカー別シェアによる統計ということは、iPadシリーズすべての合計よりも、NEXUS 7が売れたことになる。

同様の論調は多く、ダイアモンドの「iPhone5が大幅減産~~」の記事でも、iPadの不調を伝えており、また日経トレンディも1月17日の「タブレットに新潮流、7型NexusがiPadをついに逆転」で、定番だったiPadをNEXUS 7が駆逐したと伝えた。これらを引用した分析記事を挙げればキリがない。

ところが、iPadの不調を伝える情報は日本以外からは出てこない。あるいは日本だけで、NEXUS 7が異常に伸びているのだろうか?MM総研の発表によると2012年前半の調査では、アップルのシェアは61.1%、エイスースは3.1%だった。しかし、その後のNEXUS 7ブームがあったにせよ、やや無理があると感じる読者は多いはずだ。

では、なぜエイスースがアップルをタブレット市場で抜き去ったニュース、およびその市場分析記事が複数出てきたのだろうか。実はすべての記事はBCN発表のデータをもとにしている。BCNは全国2400店舗からのPOSデータを集計、発表している。タブレット市場に関しても、iPadの変調を同社アナリストがデータ紹介時に解説として付け加えている。このときの市場分析結果を、そのまま各紙(各誌)が見出しやレポートに引用、あるいは転載に近い形で報道された可能性が高い。

タブレット端末の場合、BCNがカバーしている量販店販路は全体の16%程度。ソフトバンク、KDDIといった携帯電話事業者系列の販売店や、ヤマダ電機、ヨドバシ、コジマ、ノジマ、アップルストア(通信販売を含む)、イオンなどを含まないためだ。特に深刻な品不足が続き、今も供給が追いついていないiPad miniは、扱い量に応じて各流通への配分が行われたと想像される。またアップルの場合、アップルストアからの直販比率も高い。

ある調査会社は「まだ昨年末商戦の数字は速報値でも出していないため、発表できない。しかし、年末・年始を通してエイスースがアップルのシェアを超えることは、どう計算してもあり得ない」と話した。また、朝日新聞は「タブレット商戦、iPad首位陥落か 調査会社BCN発表」の中で、Gfkジャパンの調査(家電量販店4000店舗)ではアップルが首位だったと伝えている(具体的な数字は未発表)。

2012年7~9月期のアップル製タブレット出荷数はエイスースの10倍

日本市場におけるタブレット市場の異変を伝えるニュースを、海外ではどのように見ているのだろうか。米調査会社IDCリサーチのタブレット担当ディレクター、Tom Mainelli氏は次のように分析する。

「日本の第4四半期については情報収集、分析を進めている段階で直接的な意見は言える段階にない。しかし、日本での報道を見る限り、引用している情報が不完全という印象を持った。特に日本に7店舗あるアップルストアの数字を含んでいない点が問題だろう、IDCが持つ情報としては、おそらく次の情報が役立つはずだ。2012年第3四半期、日本に出荷されたタブレットの数はアップルが40万台、エイスースは4万台だった」

エイスースが開発したNEXUS 7の需要が伸びたのは、追加モデルが出荷された第4四半期の10月以降であり、上記の値はあくまでも参考にしかならない。しかしながら、アップルもヒット作となったiPad miniを追加していることから、極端な違いが現れるとは考えにくい。

やはり、データ集計店舗と流通の形が合っていないことに起因していると考えるべきだろう。さらにiPhone5に関する論調に遡っても、よく似た傾向が見られる。「iPhoneより売れているIGZO搭載スマホの登場で一人負けのドコモに一筋の光」では、BCNデータを元にシャープのAQUOS PHONE ZETA SH-02Eが6週連続で首位を飾った伝えた。

しかし、前述したようにこの中には重要な大手流通とアップルストア、通信販売などは含まれていない。さらにBCNは内蔵フラッシュメモリの容量や携帯電話事業者ごとに個別の機種として集計を行っているため、”iPhone 5全体”と比較して首位に立ったわけではないことにも注意が必要だろう。

本稿でははからずも、アップルのシェア、売上げを小さく見積もりすぎている、という論調での記事展開になったが、アップル擁護を意図しているわけではない。しかし、市場の実態とかけ離れた数字を元にした議論が多くを占めているようでは、市場動向を大きく見誤る。iPhone5減産のニュースでは、アップルの株価が下げ基調の中、さらに下げ圧力を強めるための情報操作ではないか、との疑いの声まで上がっていた。

なお、アップルは1月23日午後(日本時間の24日朝)に業績発表を控えており、現時点で昨年末の売上げに関してコメントできない、としている。いずれにしろ、業績発表の中でiPhone、iPadの売上げ状況についてリアルな数字が示されるはずだ。その数字が一連の報道の中で形成された共通認識からかけ離れたものであったなら、このところ動きの激しかったアップルの株価には、再び大きな動きが出てくるはずだ。

一方、昨年末のエイスースによるアップルの逆転はなかったものの、今後、タブレット端末市場が今後大きくうねり始めることは間違いないだろう。ただし、変化はゆっくりと訪れるはずだ。2012年、タブレット端末は世界中で1億2000万台程度が売れたと言われている。ところがこのうち日本で販売されたのは450万台(MM総研による推定値)だけだ。日本のタブレット市場は、これから作られていく段階。ローエンド市場が拓けていくならアンドロイド勢が優位になるだろうが、上位モデル中心に日本のタブレット端末市場が推移するなら、iPadの存在感は引き続き大きなものであり続けるのではないだろうか。

もちろん、今後、シェアが急変する可能性はゼロではないが、市場から情報を集める際には、その出自について注意深く考える必要がある。

本田 雅一

フリーランスジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、モバイル、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジとインターネットで結ばれたデジタルライフと、関連する技術、企業、市場動向について解説および品質評価を行っている。Impress Watchでメルマガ「モバイル通信リターンズ」を創刊。近著に「iCloudとクラウドメディアの夜明け」「これからスマートフォンが起こすこと」

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