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「弱者への暴力映像」に対するテレビ朝日からの見解

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
ある日突然、同意もしていないのに、誰もがプライバシーを晒される可能性がある(写真:アフロ)

前回、テレビ朝日が「TVタックル」で、ひきこもっている当事者の自宅に押しかけ、部屋の扉を突き破って大声で怒鳴ったり、寮に連れていったりする支援業者の映像を宣伝のように紹介し、精神科医の斎藤環氏が「放送倫理・番組向上機構」(BPO)に審査を要請した問題を取り上げた。

その後、取材をお願いしていたテレビ朝日から、3月28日に回答がFaxで届いた。

<当該特集は、高齢化するひきこもり問題を社会問題の一つとして取り上げたものであり、特定の組織・団体等の宣伝に当たるものではないと認識しております。

なお、BPOへの審査申請に関しましては、当方はお答えする立場にありません。BPOから何等かの要請があれば真摯に対応してまいる所存です>

ちなみに、筆者が3月24日、テレビ朝日に対して行った「取材依頼」はこうだ。

<ひきこもり支援を巡っては、これまでも当事者の人格や人権を侵害した手法の業者をメディアで紹介することによる弊害が問題視され、支援現場でも否定されております。しかし、その後、出演者からも、手法への批判や是非の議論はありませんでした。このような番組を流したことについて、どのように捉えているのか、ご見解をお聞かせください>

番組の企画意図を「社会問題の1つとして取り上げた」ものと説明しながらも、こちらの質問には答えていない。

番組制作者に事実経緯を確認しようとしたところ、「担当が違うので」と何度も電話をかけ直しさせられたあげく、広報部長から「FAXで質問趣旨を送ってほしい」と言われ、取材依頼をお送りした結果が、こんな回答だったのでガックリきた。

これが『報道ステーション』のような報道番組を放送している同じテレビ局の対応なのかと疑いたくなる。

「TVタックル」のVTRを見た日本羅針盤法律事務所の望月宣武弁護士は、法的な面からもこう指摘する。

「ひきこもり当事者の部屋に強引に押し入る行為は、たとえ家族(親)の同意があっても、住居侵入罪や不退去罪が成立する可能性があります。それは、親が所有する実家暮らしであっても、子どもがひきこもっている部屋には親と共同して管理権があり、親と子どもの両方の承諾を要するので、子どもの承諾がない以上、同様となります。親が所有者であっても、賃貸アパートの大家が賃借人の承諾なしに立ち入れば住居侵入罪が成立することと同じです。

また、ドアをたたき壊しながら怒鳴る行為は、『暴行を用いて、人に義務のないことを行わせようとすること』」であり、刑法223条3項の強要未遂罪に該当します。実際に暴行を用いて、部屋から出てこさせたり、施設に入寮させたりすれば、強要罪の既遂です」

これらは親告罪ではなく、本人の意思に反して繰り広げられていたのだとしたら、要件は成立するという。

この種の番組ではよく、親を被害者に、ひきこもる当事者をまるで犯罪でもしたかのような絶対的な悪に見立て、そこに乗り込む支援業者とテレビカメラが一緒になって「裁く」ような“勧善懲悪”のストーリーに落とし込まれる。

そうした“わかりやすい構図”が、視聴率のアップにも影響するのだろう。

ところが、現実は、障壁になっている社会的課題から抜けられない当事者も、情報やノウハウを知らされずにきた親も、どちらも被害者だ。

とくに当事者たちは、学校や職場などでさんざん傷つけられ、社会的に関われなくなってしまった様々な背景があるにもかかわらず、そうしたきっかけや環境に配慮されることもなく、再び一方的に「支援という名の暴力」によって傷つけられていく。過去のトラウマが想起されて、より悪化していく人もいる。

今回取り上げられたような業者は一般的に、焦った親から多額の報酬を受け取って、部屋にひきこもる当事者を寮や施設などに連れ出す「引き出し業者」と呼ばれてきた。

その瞬間にテレビカメラを持ち込ませることによる最大の問題は、社会的な弱者である「ひきこもり」当事者が、逆に「犯罪者予備軍」であるかのように描かれるところにある。

前回も書いたように、現場のテレビメディア制作者の中には、半年、1年と時間をかけて、丁寧に当事者との関係性を築き上げている人たちもいる。

しかし、残念ながらテレビ制作者の多くは、安易に「絵になる題材」を提供してくれる団体に飛びつき、そのまま題材をたれ流す傾向があり、目の前で行われている「人権侵害行為」を止めさせるどころか、視聴者を一緒に「加害的傍観者」にしている。

今回の「TVタックル」の題材も、2カ月ほど前、同じテレビ朝日の夕方のニュースでも使われていたことを後で知った。

また、テレビ朝日以外に、フジテレビやTBSなどの番組でも、同じ団体による暴力的手法が取り上げられていたとの話もある。

報道機関として、何か大切なものが欠落しているのではないか。取材者として「見世物的な絵」が撮れれば良かったのか。いったい誰に何を伝えたかったのか。

このようなコンプライアンスに抵触する公共放送のあり方について、テレビ朝日側に問いかけたかったのだが、それは叶わなかった。

もしかしたら、政治家などの権力者からのアプローチであれば、もっと真摯にやりとりをしてくれたのかもしれない。

私たちは、4月4日13時30分から、斎藤環氏や社会学者、当事者団体代表らと一緒に、『支援という名の暴力』に関わる記者会見を都内で開くことになった。斎藤氏は現在、署名活動の準備も進めている。

テレビメディアが今後、弱き立場の当事者に「支援という名の暴力」を振るう団体や施設を取り上げないようチェックしていくつもりだが、2度とこのような安易な番組を放送してもらいたくない。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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