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米国景気、急回復は望み薄=QE4は不可避か

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
著名投資家マーク・ファーバー氏=「グルーム・ブーム&ドゥーム・レポート」サイトより
著名投資家マーク・ファーバー氏=「グルーム・ブーム&ドゥーム・レポート」サイトより

国際通貨基金(IMF)は6月4日に公表したIMF協定第4条に基づく年1回の米国政策評価報告書(PIN)で、「米連邦準備制度理事会(FRB)は賃金とインフレ率がともに上昇し景気の持続的回復の兆候が明確になるまで、(具体的には)2016年上期(1-6月)まで利上げを遅らせるべき」との見解を示した。実際、この見解を裏付けるように、米国の景気は2015年1-3月期実質GDP(国内総生産)の速報値が前期比年率換算0.7%減(改定値は0.2%減)と落ち込み、エコノミストやFRB幹部の間で4-6月期GDPも回復力は弱いとの見方が台頭してきている。

報告書でも、米国の2015年GDP伸び率見通しを前回4月予想時点の3.1%増から2.5%増へ下方修正している。その上で、クリスチーヌ・ラガルドIMF専務理事は4日の会見で、「利上げ開始時期を遅らすと、インフレ率がFRBの中期インフレ目標(2.5%)を超え2回目以降の利上げペースが加速する可能性がある。しかし、ディスインフレ(物価上昇率の低下)に戻るリスクや(景気が悪化して)FRBが金融政策を元に戻すリスク、ゼロ金利政策に戻すリスクに対して十分な“保険”となる」と指摘する。

この報告書はIMFのエコノミストの調査チームがまとめたもので、IMFの意思決定機関である理事会の見解ではないとしているが、ラガルド専務理事は、FRBの年内利上げ開始のリスクについて、「米国は持続的成長と雇用増大が続いているとはいえ、最近の急激なドル高や国債市場の乱高下、昨冬の大寒波などの経済ショックで、その勢いが削がれている。また、国債市場の供給不足で相場が乱高下しやすく、多くの生命保険会社もストレステスト(健全性審査)で債務超過に直面する可能性が出てきており、高利回りの投資ファンドといったノンバンクに流動性が集中していることから、銀行に比べ規制が緩いノンバンクが金融市場の混乱の引き金となる可能性が高い。さらには、貧困(所得格差)や労働生産性の低下、国家財政の悪化といった課題(成長阻害要因)に取り組んでいない」と警告する。

FRB、第4弾量的金融緩和は不可避か

日本のバブル崩壊を予言したことで知られるスイス投資専門誌「グルーム・ブーム&ドゥーム・レポート」の編集・発行人で著名投資家のマーク・ファーバー氏は4日の米経済専門チャンネルCNBCのインタビュー番組で、FRBの利上げ開始に関し、「FRBがいつから利上げを開始するかについて全く心配する必要はない。むしろ、FRBは今の量的金融緩和第3弾(QE3)に続いて、第4弾(QE4)に踏み切らざるを得なくなる。一部の経済指標はFRBが金融政策をノーマルな状態に戻ることを促しているが、米国も世界の経済も回復しているとは思えない。FRBだけでなく世界各国の中央銀行は景気を刺激するため、今後も国債を買い取り続ける」と予想。その上で、「米国の金融セクター全体を眺めると、私は(1912年に北大西洋に沈んだ巨大豪華客船)タイタニック号に乗っている気分になる。金融セクターはある日、内部崩壊すると確信している。例えるならダンスホールで一番良いテーブル、つまり、最も運用成績が良い投資ファンドを見つけようと奮闘するよりも、救命ボートや避難梯子を見つけるのが得策なのだ」と言い切る。

最近はFRB幹部の中にも米国経済の回復の遅れを懸念する論調が増えてきた。クリントン政権当時の大統領特別補佐官で、オバマ政権でも経済政策顧問を務めたハト派のダニエル・タルーロFRB理事もその一人。同理事は4日の講演会で、米国経済の先行きの見通しについて、「成長持続の勢いが失われており、1-3月期の厳しい経済状況から急速に回復する可能性はほとんどない。今年の経済成長見通しは1年前より一段と悲観的になっており、今の時点でも昨年の同時期に比べより多くの問題が山積している。(成長に必要な)賃金上昇が見られず、投資家も今年は金融市場のボラティリティ(価格変動)が間違いなく一段と高まることを覚悟すべき」と話す。

オバマ政権で財務次官を務めたラエル・ブレイナードFRB理事も2日、首都ワシントンにある米戦略国際問題研究所(CSIS)で講演し、「1-3月期GDPが不調となったのは統計手法や寒波、港湾ストなどの問題が影響したのは事実だとしても、最近の経済データを全く無視できない。これまでのデータを見る限り4-6月期に経済が顕著に回復するとは思えない。特に、ドル高で純輸出のマイナス幅が拡大し1-3月期GDP(改定値)を1.9%ポイントも押し下げた。この悪影響は今後も続く」という。

2013年のノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー教授(イェール大学)も著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの5月18日付電子版で、「2008年の世界的な金融危機から7年が過ぎたものの、今日も我々は1930年前後に起きた世界大恐慌当時と似た状況にあり、2008年金融危機が引き起こした心理的な恐怖の悪循環に陥っている。恐怖は家計消費や企業投資を抑制し経済がぜい弱となる。景気低迷はさらに深まり絶望の悪循環が定着する。芝居に例えるなら、初舞台の恐怖が現実のものとなれば演者の不安は増幅し、演技も悪化する。いったんこの悪循環が始まると止めるのは困難だ。しかし、米国経済は1950年代と1960年代に急成長した。これは政府の財政支出が高水準だったころで1956年には州間高速道路の建設に着手していた。財政支出拡大は州間高速道路のように明るい未来につながるインスピレーションを生み出すものであれば景気を一段と刺激する」と、経済の低迷脱却には未来を切り開くビジョンとそのための財政支出拡大が重要と説く。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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