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英国EU離脱の引き金となった移民危機がEUに飛び火―限界に達した仏カレー難民キャンプ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
移民規制を目指しEU離脱の国民投票の実施を公約している仏右派政党国民戦線のジャン・マリー・ル・ペン党首=党サイトより
移民規制を目指しEU離脱の国民投票の実施を公約している仏右派政党国民戦線のジャン・マリー・ル・ペン党首=党サイトより

英国がEU(欧州連合)離脱を決めた6月23日の国民投票の引き金となったEUの移民流入危機はドイツやフランスにとどまらず、ハンガリーやオーストリアなどEU加盟各国にも飛び火し、移民規制の是非を問う国民投票に向けた動きが活発化し始めた。一方、英国でもテリーザ・メイ首相は9月初めに、来年から開始するEU離脱協議では自由貿易を犠牲にしても移民規制を優先するというトレードオフを辞さない断固とした方針を示し、閣僚からもドーバー海峡を挟んで向かい合うフランス北部の港湾都市、カレーの難民キャンプ(通称・ジャングル)から英国への不法入国者を防ぐため巨大な防壁“万里の長城”を築くべきだとの苦肉の策も飛び出すなど、英国で起こった移民規制の波はEU全体に広がりEU崩壊さえも暗示する。

英国立統計局が8月25日に発表した最新の1-3月期移民統計では、3月末までの1年間の長期入国者数が32万7000人(うちEU加盟国から18万人)の純増と、従来予想より7000人減、前年比でも9000人減となったものの、2015年1-6月期に記録された過去最高(33万6000人)に次ぐ多さで、5四半期連続で30万人増を超えた。英シンクタンクのブリティッシュ・フューチャーのサンダー・カトワラ理事は同25日付自社サイトで、「英国人の約半分はEU離脱後も2020年までに入国者の純増数を年間10万人未満に抑えるという政府目標が達成されるとは信じていない。メイ首相も移民統計の発表のたびに困惑することから逃れたいはずで、EU離脱決定はメイ首相に移民政策を根本から見直しリセットする機会を与えた」と指摘する。

テリーザ・メイ政権はEU離脱の実現にあたってEUとの自由貿易よりも移民規制を優先する方針だ。メイ首相は8月31日の閣議で、「(EU離脱協議に臨んで)移民規制でEUと交渉する余地はない」と断言した。むろん、EUの各国首脳は人の移動の自由なしでEUとの自由貿易は認められないとの主張は百も承知の上での発言だ。欧州中央銀行(ECB)のジャンクロード・トリシェ元総裁も9月2日の英放送局BBCのインタビューで、「英国が離脱後もEU貿易圏にとどまりたいならば、人の移動の自由など4つの自由ルールを受け入れる必要がある」と厳しく批判する。

また、9月1日には英紙イブニング・スタンダードのジョー・マーフィー記者が保守党議員の話として、「デービッド・デービスEU離脱担当相が移民規制でフィリップ・ハモンド財務相を押し切った」と伝えている。続けて、「前日の閣議の結論は、英国は離脱後、EUとは英国独自の貿易協定を目指すが、人の移動自由などのEUルールは拒否するというものだ。これは自由貿易とロンドン金融街(シティ)を重視するフィリップ・ハモンド財務相の負けを意味する」と伝えた。

ただし、ハモンド財務相は英デイリー・テレグラフの9月8日付インタビューで、「欧州の銀行や高度技能労働者は移民規制から除外される。移民規制で日本の金融機関が怖がる必要はない。英国経済への投資を支えるため、金融機関や一般企業の間での高度技能労働者の移動を促進するよう移民規制を運用する」とし、離脱後の移民規制ではロンドン金融街は例外にしたい考えを示している。これは9月4-5日の中国・杭州G20サミットで、英国のEU離脱後、移民規制やEUとの貿易で関税が導入されれば、日本の銀行や自動車・医薬品メーカーはEU拠点を英国から欧州へ移すことになるとの懸念を受けた発言だ。

移民規制の方法をめぐっては、メイ首相は英紙イブニング・スタンダードの9月5日付電子版で、「緩い移民規制は取らない。(離脱派リーダーのボリス・ジョンソン外相が提唱する)ポイントテスト方式(カナダや豪州などで採用)では移民を抑制できない」と述べ、その上で、「仕事を持たない移民は受け入れられない」とし、英国で仕事を持つ労働許可証方式を支持している。英国にとって喫緊の課題は紛争地帯の中東シリアやアフリカなどからの難民者数が1万人にも達したカレー難民キャンプからの不法移民の阻止と、英仏両国が英国側のドーバーとフランス側のカレーでお互いに水際の入国管理業務を認める2003年ル・トゥケ協定の堅持だ。

英国、密航阻止狙い仏カレーに“万里の長城”建設へ

同協定については8月30日に両国の閣僚レベル協議で協定堅持が確認されたとはいえ、難民危機が去るわけではない。英国メディアは連日のように移民危機に関する記事を伝えている。カレー港に向かうトラックが難民や密航ブローカーに襲撃される事件が頻発しており、9月6日にはカレーでトラック40台とトラクター50台を含むフランスのトラック業者や企業家、農家など数百人が難民キャンプ解体を求めて英仏海峡トンネルやフェリーターミナルにつながる道路を封鎖したようにカレー難民キャンプは限界に達している。

一方、英国のロバート・グッドウィル出入国管理相は9月6日に下院で、カレーから英国への密航者を阻止するため、200万ポンド(約3億円)を投じてカレー港への幹線道路沿いに効果が薄い既存の鉄条網フェンスに代わって、約1キロにわたって高さ約4.5メートルの巨大なコンクリート壁の建設に近く着手する計画を明らかにした。カレーのパトリック・ビセール・ブルドン警察署長は英紙デイリー・メールの9月6日付電子版で、「6月だけでカレーの道路沿いの鉄製フェンスが2万2000件も破られた」と明かす。英紙デイリー・エクスプレスは6月10日付電子版で、情報公開法に基づいて政府から得たデータとして、「英国は2015年に6分間に1人の割合(年間8万4088人)で不法密航者を逮捕した。これは前年の2倍超」ことを伝えている。

フランスでは2017年4月の次期大統領選で復権を狙うニコラ・サルコジ前大統領が8月28日に仏北部のル・トゥケで講演し、同協定破棄と英国の難民センター建設を主張し英国との対決姿勢を強める一方で、仏右派政党国民戦線のジャン・マリー・ル・ペン党首は9月15日に、移民規制を目指しEU離脱の国民投票の実施を公約した。

さらにハンガリーではEUが昨年9月に決定したシリア難民16万人の分担受け入れの是非を問う国民投票を10月2日に実施した。結果は投票率が規定の50%に達しなかったため、不成立となったものの、投票者の98%が移民受け入れに反対した。投票前、与党フィデス(ハンガリー市民同盟)のラホス・コサ議員は英紙デイリー・エクスプレスの9月13日付電子版で、「国民投票はEU離脱が目標ではないが、EUが反移民の投票結果を無視すれば予見不可能な重大な結果を招く」と警告したほど移民問題はEU存続のカギを握る大問題となっている。

オーストリアとハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキアのEU5カ国も9月15日に移民阻止で共同戦線を組むことで合意。ドイツでも来年の総選挙を占う9月4日の地方選で、アンゲラ・メルケル首相が率いる与党・キリスト教民主同盟(CDU)が移民規制支持政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に大敗し、首相支持率も4年ぶりの低水準にまで落ち込むなど移民流入危機は着実に広がっている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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