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トランプ政権誕生で英国のEU離脱に拍車、米・欧州関係は悪化へ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英国のEU離脱を支持するドナルド・トランプ次期大統領=同氏のサイトより
英国のEU離脱を支持するドナルド・トランプ次期大統領=同氏のサイトより

米大統領選挙でドナルド・トランプ氏の予想外の勝利で、欧州、特に米国とは盟友関係にある英国との協力関係がこれまでとは変わるとの論調が大勢だ。両国の自由貿易協定の締結協議が迅速に進み英国の欧州連合(EU)離脱にとって追い風という楽観論の一方で、むしろ、欧州との関係が悪化しEU離脱の穴埋めにはならないとの悲観論も。また、北大西洋条約機構(NATO)と世界貿易機関(WTO)からの離脱を唱えるトランプ次期大統領の就任で英国は米国とともに世界から孤立しEUと米国の両陣営の橋渡し役もできなくなるとの論調もある。

EU大統領の元経済顧問フィリップ・レグレイン氏は著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの11月9日付コラム(電子版)で、「トランプ氏の『米国第一主義』と『反グローバリズム』は欧州や東アジアの平和を脅かし中東紛争を拡大させ、保護主義による貿易戦争や文明の衝突を引き起こし1989年のベルリンの壁崩壊で生まれた自由な国際秩序を危険にさらす」と米欧関係に大変革を引き起こすと指摘。また、欧州外交評議会(ECFR)のマーク・レイナード理事もプロジェクトの同日付コラムで、「第2次大戦後、米欧関係には何度も浮き沈みがあったものの、家族的関係が続いた。しかし、トランプ氏は欧州との連帯よりも米国を第一に置くことでこれまでの米欧関係は終わりを告げる」と指摘する。

一方、EU離脱決定でEUとの自由貿易交渉を目指している英国では、トランプ政権の誕生で米国との自由貿易協定の締結が早まるとの論調が出てきた。これは、英国のEU離脱に反対し英国との貿易協定締結の優先順位を後回しにするとしたオバマ政権とは正反対の動きだ。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのスティーブ・フィドラーEU担当デスクは11月17日付電子版で、「トランプ氏の政策は英国のEU離脱に影響を及ぼすワイルドカードになる」と分析した。その上で、「ロバート・ゼーリック元米通商代表が米議会のメンバーにEU離脱後に英国と自由貿易協定を結ぶべきだと提案したところ好感触だったと指摘したように、米国の多くの議員は英国が好きなので協定合意の可能性が高い」とし、カギを握る米議会の関心度は高いことを強調している。

また、英コンサルティング大手ヨーロッパ・エコノミクスのアンドリュー・リリコ取締役は英オピニオンサイトのリアクションの11月16日付コラムで、「スコットランドでゴルフ場を所有するほど英国好きのトランプ氏の大統領就任で、米英の貿易協定が合意する可能性が高い」という。「トランプ氏は米国の労働者にとって脅威であるメキシコのような低所得国と貿易協定を結ぶよりも英国のような高所得国との協定を望んでいる」と述べた。リリコ氏は、「英国がEU離脱を可能にするリスボン条約第50条を発動すれば最低2年間の交渉期間中は英国がまだEUメンバーなので米国などEU以外との貿易協議ができない可能性がある。その場合、英国は50条を発動せず即時に離脱する選択肢がある。良識から判断すればEUは2年間の協議中でも英国が他国との貿易協定の協議開始を認める」と見る。

トランプ氏はEU離脱の追い風となる

ただ、ウォール・ストリート・ジャーナルのフィドラー氏は、「英ウォーリック大学のニコラス・クラフツ経済学部教授ら多くのエコノミストが指摘しているように、米英貿易は英国の黒字となっているため、トランプ政権は英国に有利な貿易協定は結ばない。また、米国とEUほどの大規模な貿易協定にはならない」と慎重な見方だ。また、トランプ政権発足で、英国が米国と貿易協定結べば欧州関係を悪くしEU離脱の穴埋めにはならないという論調もある。英紙フィナンシャル・タイムズは11月15日付の社説(電子版)で、「メイ英首相がEUとの自由貿易協定締結を最優先とし2年間の離脱移行期間後に協定発効を考えているとき、公然とEUを批判するトランプ政権と時期尚早に貿易協定を結べば同盟国を遠ざけることになる。英国は自国経済を守るためにはEUとの関係を緊密にする必要がある。米国との協定はEU離脱にとって何の埋め合わせにもならない」と主張する。

欧州シンクタンクのオープン・ヨーロッパのピーター・クレッペ氏(EU担当)は11月18日付の自社サイトで、トランプ氏の英国EU離脱への影響について、「トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)メンバーであるバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)をロシアの脅威から保護するための資金支援をやめると発言したことで同盟国に懸念を生じさせたが、これは逆に英国にとっては欧州での英国での軍事力の価値を高め、今後のEUとの離脱協議で切り札として使える。半面、米大統領選でのトランプ氏の勝利を受けてEUの指導者は国内の選挙の先行きに懸念を強めEU離脱に対し非妥協的になる。どちらにせよ、英・EU関係を良好にする必要があるが、トランプ氏はそれを覆す可能性がある。それでもトランプ氏がEU離脱を公然と支持しているという事実は英国のEU離脱の正当性を高め、反対に(英国の離脱を招いた)EUの方が間違っており抜本的な改革が必要という議論を強める」と見る。

しかし、英紙ガーディアンのパトリック・ウィンツアー記者は11月9日付電子版で、「トランプ次期大統領が世界から孤立すれば、欧州との関係が弱まっている英国が米・EU両陣営の利害調整の橋渡し役を果たせない」と、悲観的の見方を示す。

トランプ政権の世界貿易への悪影響を懸念する論調は少なくない。イングランド銀行(英中銀)のマーク・カーニー総裁は11月30日の会見で、金融市場リスクを分析した半期金融安定報告書を発表し、「トランプ政権の大規模減税と1兆ドルもの財政出動ですでに好景気の米国経済が過熱し金利が急上昇してドル高を引き起こす。その結果、新興国市場から投資資金が米国へ流出し世界的な金融不安が起こる」とし、トランプ政権が世界経済や金融市場にとって下振れリスク要因と断じた。その上で、「トランプ政権の保護貿易主義政策は衰え始めた世界貿易の成長鈍化を加速し世界景気の回復を危うくする。自由貿易主義を掲げる英国経済に甚大な悪影響を及ぼす」と警告している。

ロンドンに拠点を置く大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのグラント・ルイス債券調査部門責任者も11月24日付の自社サイトのブログで、「米国の『環太平洋経済連携協定(TPP)』と『環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)』への参加の可能性がなくなったことや、トランプ氏の保護貿易政策を考えると、トランプ政権がユーロ圏経済に好影響を与えるとは考えにくく、中国やメキシコ、欧州に対し保護貿易措置を講じれば世界貿易は間違いなく沈没する」と述べている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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