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ラグビーW杯、廣瀬が日本代表に必要なワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

チームとは生き物である。チームがひとつになるためには、どうしても欠かせない選手が存在する。ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会(9月18日開幕)に挑む日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)はこう、言った。

「大きな舞台では、フィールド以外のリーダーシップも大事になるものです。そういった選手はたとえ、試合に出られなかったとしても、チームをサポートして、ハードワークを続けてくれる。彼は、そういった特別な選手のひとりです。チームの中で非常に重要な役割を担っています」

彼とは、日本代表の前主将、廣瀬俊朗(東芝)のことである。8月31日のW杯メンバー発表で、最近は代表戦の出場機会が減っていた廣瀬も選出された。SOやWTBなどができるユーティリティー選手という能力もあるが、チームリーダーとしての資質も無関係であるまい。

意外にも、初めてのW杯出場である。廣瀬は発表会見の席上、いつも通りの自然な感じで決意をこう、口にした。

「3年半前、エディーさんの横で記者会見したことを思い出していました。そのときから、このワールドカップのためにやってきました。日本代表はずっと、努力をしてきたので、その成果を出して、もっともっと、子どもたちが憧れるような素晴らしいチームにしていきたいと思います」

メンバー決定の知らせは26日に受けていた。だからだろう、興奮や喜びは控えめだった。記者会見が終わる。真っ先に廣瀬を囲んだ。まずは、心境を問えば、顔がパッと明るくなった。

「うれしいですね。ラグビーの人生の中で一番の夢だったので」

大阪出身の33歳。北野高校から慶大に進み、東芝に入社した。ラグビーの発展をいつも意識している。誠実である。ラグビーという競技をレスペクトしている、献身的なチームプレーヤーである。つまり、模範的なラガーマンというわけだ。

つい、3年半前の日本代表の主将就任のときの話になった。なぜ、廣瀬が主将に抜てきされたのかといえば、その前年の2011年の東日本大震災の日本代表×トップリーグ選抜のチャリティーマッチの試合前夜の出来事がきっかけだったそうだ。

そのとき、トップリーグ選抜主将の廣瀬はチームメイトを集め、靴磨きの道具を持ち出して、みんなでせっせとスパイクを磨いたのだった。なぜ。

「ひとつは、スパイクを磨くことで、試合の前の日だということを自分にインプットできる。ふたつめは、試合前に相手と向き合って並んだとき、相手のスパイクより、自分たちのスパイクがめちゃくちゃきれいだったら、いい準備してきたと実感できる。自信が持てる。3つ目が、きれいなグラウンド、きれいなスパイクだと、子どもたちが憧れるでしょ。ものを大事にする感謝の気持ちもできます。それと、最後にそういう場を作りたかったんです。しょうもない話をしながら、一緒にスパイクを磨く。それが、チームのロイヤリティーアップにつながります」

W杯のことに話題を戻す。恐らく選手であるなら、試合に出場したいに決まっているだろう。そう問えば、「もちろんです」と廣瀬は笑顔で即答した。

「もちろん、出たいですけど、出られなくても、次の役割がある。いや、両方大事でしょ。僕の今の一番の夢は、このチームが勝つことなんです。出るための努力、チームが勝つための努力の両方をやっていきたい」

ジョーンズHCからの信頼は絶大である。ここから日本代表の戦力が大幅アップすることはあり得ない。ただ、チームがひとつになることで、チームがぐんと強くなる。

廣瀬はそれを理解している。だから、チームプレーヤーに徹するつもりなのだ。

「このチームには3年半の蓄積がある。各選手から、チームへのロイヤリティ、チームへの思いがもっと出てくれば、すごくいいチームになると思うのです」

日本代表は1日、決戦の地、英国に出発した。2019年にはW杯日本大会がやってくる。今回のW杯は、日本のラグビーの歴史を変える大きなチャンスとなる。

廣瀬がコトバを弾ませた。

「こう言っちゃなんだけど、(W杯メンバーは)ごほうびみたいなものだと思うんです。ずっとがんばって、がんばって、最後に(W杯メンバーに)選ばれた。だから、思い切り楽しみたい、すべてを。最高の仲間と最高の思い出をつくりたい」

最高の思い出とは、日本代表がW杯ベスト8入りを果たすことである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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