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W杯、なぜ試合後の日本のロッカー室は綺麗なのか

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
練習でも全力プレー(撮影・齋藤龍太郎)

強いチームには必ず、精神的な支柱がいる。とくに大舞台では。ラグビーのワールドカップ(W杯)で歴史的勝利を重ねた日本代表のそれは、前主将の広瀬俊朗(東芝)である。ラグビー選手の夢と表現していたW杯代表となり、いまや空前のラグビー人気を創りだした。「(W杯を)楽しんでます。自分たちの追い求めていた姿となり、めちゃくちゃうれしいですね」と言葉に実感を込める。

今月17日、34歳となる。スタンドオフに加え、ウイングもできる万能型だが、戦力の充実もあって、まだ1度も試合メンバーには入っていない。「そりゃ、悔しいですよ。メンバーじゃないと告げられて、10秒ぐらい、クソッと思って、その部屋を出たら切り替えます。人前で嫌な顔は見せません。メンバーから外れても、(日本の勝利のため)次にやるべきことがありますから」

東芝の後輩となるリーチ・マイケル主将を陰で支え、チームのコミュニケーションの活性役となっている。練習では日本の対戦チームのキー選手役をすることも。サモア戦の前にはサモアのトゥシ・ピシ役に徹し、愛称トシは「トシ・ピシって呼ばれていました」と笑うのだった。

練習外では、モチベーションを上げるための試合前の映像を発案したり、チームメイトにさりげなくゴミ拾いを促したり。「ちっちゃいことが大事だと思うんです」という。じつはW杯試合後、日本代表は選手たちがロッカールームをきれいに掃除している。

歴史的勝利の南アフリカ戦のあとは数人だったのが、スコットランド戦ではノンメンバーの37歳の大野均(東芝)が真っ先に掃除をし始めた。先のサモア戦ではほぼ全員の選手とスタッフが一緒にロッカー室を掃除した。広瀬が説明する。

「自分たちが使ったロッカーは自分たちできれいにしようということです。僕たちは偉くも何ともない。感謝の気持ちを込めて、掃除をしよう。ちゃんと足元を見ようということですね」

エディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)やリーチからの信頼度は抜群である。大金星に浮かれる南ア戦の後は、リーチに頼まれて、「気持ちを切り替えよう」と訴えた。そういえばジョーンズHCが就任した3年半前、「日本の新しい歴史を創ろう」と主将を任された。

なぜかといえば、その前年の11年の東日本大震災後のチャリティーマッチ、日本代表×トップリーグ選抜の試合前夜の広瀬の姿に感銘を受けたからだった。トップリーグ選抜主将の広瀬はチームメイトを集め、靴磨きの道具を持ち出して、みんなでスパイクを磨いていたのである。おそらく、その時、広瀬を精神的支柱としたジョーンズHCのW杯メンバー作りは始まっていたのだろう。

「あらゆる面でチームは成長したんじゃないですかね。一番はマインドセット(心構え)のところです」と広瀬は言う。1次リーグの最終戦は米国戦(11日)。最後の最後まで試合出場とチームの勝利を目指す。できる限りの準備をする。米国戦に向けた練習再開の日、真っ先にグラウンドに飛び出したのは広瀬とリーチだった。

メンバーから外されてもくさらない。「もう腹立つなあと思っても、次の役割は絶対、ある。全部、こんなの勉強なんです。人生において」。フルバックの五郎丸歩(ヤマハ発動機)ばかりが脚光を浴びているが、こういった“リアル・リーダー”もまた、チームの躍進を支えているのである。

もう一度、「楽しいですか?」と聞いた。「楽しいですよ」と広瀬は笑顔で繰り返した。

「楽しむしかないでしょ。どんな状況になっても、楽しいことってあるんですよ」

広瀬はいい顔つきになった。タフになった。日本代表は歴史を塗り替えた。人と機を得て、日本ラグビーが大きく変わる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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