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サクラセブンズ、地獄の合宿で五輪金へ始動

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
日の出を前に砂浜ダッシュがつづく(撮影:齊藤龍太郎)

勝負のオリンピック・イヤーが始まった。ことしのリオデジャネイロ五輪の出場権を獲得している7人制ラグビーの女子日本代表「サクラセブンズ」は日曜日、地獄と形容される千葉・勝浦合宿でスタートした。

午前5時半。まだ真っ暗な中、選手たちは宿舎から駆けだした。星空を見上げながら、朝の冷気を突いて走る。勝浦海岸の砂浜に到着すると、車のバン3台のヘッドライトを照明代わりに砂浜でストレッチ運動に入る。こんな時間にも関わらず、テレビ局を中心にメディアは約40人も集まった。

ネーミングは愛らしいけれど、過酷なハードトレーニングのメニューがつづく。くじらの絵が描かれたコンクリート壁にタッチして戻る往復300メートルの砂浜ダッシュの「クジラ」、ひじの使い方を強化するため上りの砂浜を腕だけでほふく前進する「ウミガメ」、タックルの踏み込みの低さを意識づける「ワニ歩き」、タックルの足の動きを強化する「アヒル歩き」。つまりはタックルの一歩目が腰を沈めたワニ歩きで、二歩目からがアヒル歩きの要領で足をドライブさせるのである。

コンタクト練習では、タックルダミーにぶつかり、ダウンボールし、倒れてすぐに起き上がる。「リロード練習」である。コーチを肩車してのランニング、ボクシングのパンチ練習、レスリングの片手スパーリング、タックル練習…。朝陽を浴び、波の音を聞きながら、ハードワーク(猛練習)が続く。主将の中村知春(アルカス熊谷)も33歳の一児の母、兼松由香(名古屋レディース)も他の選手も砂と汗でぐちゃぐちゃである。

午前7時半。早朝練習が終わる。「もう死にそうです」と中村主将が声をもらした。砂浜で円陣が組まれた。浅見敬子ヘッドコーチが「みんなに聞きたいんだけど、勝負してるか?」と声を荒げた。

「なんだか、(メニューを)こなしてない? 与えられているメニューをやっているだけの選手がいる。違うんだよ。何をしにここにきたのか、もう一回、ちゃんと考えた方がいい。(代表の)ジャージは12人しか着られないよ。もう一回、そこを考えて(自分自身に)勝負してください」

中村主将がシュンとした顔で漏らした。「出足から怒られたんで、もう一回、やり直します」と。サクラセブンズの面々は砂だらけの顔で宿舎に走って戻っていった。

集合日の土曜日。チームミーティングではリオ五輪に向けての方針が示された。このチームは発足した2011年が「フィットネス(スタミナ)」、12年は「ストレングス」、13年は「サポート、スピード・トレーニング」、14年は「ゲーム・スキル」、昨年は「スマートさ」と1つ1つ、積み上げてきた。

ことしのテーマが「セルフ・ビリーブ」、つまり信念である。リオ五輪で金メダルを獲得するための執着である。だから、この勝浦合宿から数次の合宿ではまず、基本に戻り、走り込みからフィットネス、ストレングス、スキルなどを鍛え直す。

浅見HCの怒りを、宮崎善幸ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチがこう、説明してくれた。

「全員が自分と勝負してなかったんでしょう。必死にやっている選手と、必死にやっていない選手の差があった。毎日、勝負しないと、12人に入れないし、(リオ五輪の)金メダルにも届きません」

トレーニングの数をやればやるほど、それに慣れてきてしまう。もっと自分に厳しくやらないと効果は薄いのである。リオ五輪を見据えた場合、体格とパワーで劣るなら、体力と組織で上回らないといけない。絶対、走り勝たないといけないのだ。

時代錯誤と言うなかれ。昭和時代の青春ドラマのワンシーンのような光景も、勝つための体力アップ、メンタル強化につながるのだろう。早朝の砂浜トレーニングの効果は?と問えば、宮崎コーチは「かなり非科学的な部分でしょう」と言った。

「選手は(勝浦合宿を)嫌がるので、それは強くなっているということでしょう。経験上、嫌な練習しか成果が出ませんから。最後のもう、動けないという時に走り勝つ。最後のひと踏ん張り。コーチが”これまで走ってきただろう”と言った時にうなずく自信でしょうか。信念です。これを乗り越えれば、もっと強くなるということです」

勝浦合宿は6日間。1日3度、4度のハードな練習がつづく。首脳陣は、厳格なる体力養成が最後には力になることを知っている。走って、走って、倒れて起きて。ダミーに当たって、倒れてまた起きて。

し烈な代表争いをしながら、リオ五輪まで、サクラセブンズ候補は走り続けるのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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