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熊本地震の募金活動のワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
シンクロ会場での熊本地震の義援金募金(右端が井村HC)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

被害がひろがる熊本地震を受け、スポーツ界でも支援活動がひろがっている。募金活動もそのひとつ。プロ野球やサッカー、ラグビー、柔道などでは試合会場で募金活動がおこなわれ、被災地に義援金をおくっている。

「被災者に寄り添い、何かをしたい」と考えるスポーツ関係者は多い。先日開かれたシンクロナイズドスイミングの日本選手権兼ジャパンオープンの会場(東京辰巳国際水泳場)でも、日本代表の井村雅代ヘッドコーチ(HC)やエースの乾友紀子(井村シンクロクラブ)らが募金箱の前に立ち、声を枯らし、義援金をつのったのだった。

「“わたしたちで何ができるか考えよう”って、(選手たちに)言ったんです」と井村HCは述懐した。選手たちは話し合い、募金活動をやろうと言い出した。二日間、その日の競技が終わったあと、客席の通路に立って、「募金をお願いします」と頭を下げた。

ただいま、シンクロの日本代表はリオデジャネイロ五輪にメダル奪還をかけ、まい進している。他のことを考える余裕はあるまい。でも、こういった震災があれば、被災地を思いやる。それが人として当たり前。それが大事なんです、と井村HCが説明する。声音があったかく変わっていく。

「あの子たち、日々の練習が苦しくて、幸せとか感じていないでしょう。でも、よく考えれば、こういうことができる私たちって、すごい幸せなことなんです。こういうこと(熊本地震)を目にしたら、私たちは、これ(シンクロ)だけやってていいのって考えなくちゃいけない。いまは(五輪に向けた猛練習や試合で)それどころじゃないって。そうじゃないでしょ」

井村HCは1995年の阪神淡路大震災を体験している。だから、より震災の悲惨さを知っているのだろう。2008年、中国チームを指導しているとき、選手たちの出身地で「四川大地震」が起き、選手たちと一緒に泣いた。その時も、選手たちに「ひとりひとり、何ができるか考えよう」と言っている。

井村HCはリオ五輪が9度目の五輪挑戦となる。ずっと鉄火のごとき勝負の世界に身を置いてきた。井村HCは言葉を足した。

「(被災地のことを)考える、そういうあったかさがあることが、大事なんだなと思います。シンクロ選手として、(演技で)表現しているとき、泳いでいるとき、人間性がでるんです。その人間性がみえるのが、シンクロのこわさなんです。だから、(被災地の)そういうことも考える人間であってほしいと思っているんです」

日本代表としてどうあるべきか。いや人としてどうあるべきか。リオ五輪にまい進しながらも、他者を思いやる人であることを大事にする。これって、シンクロに限らず、スポーツ界の人々にいえることなのだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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