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王者パナ撃破。ヤマハスタイルのスクラムとは。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ヤマハスタイルの象徴、スクラム(撮影:2015年12月のTL)(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

あの五郎丸歩はいない。ところが、どっこいヤマハ発動機にはスクラムがある。鍛え抜かれたヤマハスタイルの象徴、塊(かたまり)のごときスクラムが。勝負師の清宮克幸監督はしてやったりの表情だった。「ヤマハはヤマハらしい戦いができました」

ラグビーのトップリーグの開幕戦である。26日。夏の夜の蒸し暑さ、やわらかい芝のグランド。まだ互いに相手を十分に研究できていない初戦という状況の中、ヤマハはリーグ3連覇中のパナソニックを倒すならこれしかないといったゲーム運びで、価値ある勝利を収めた。24-21。一番の勝因はスクラムだ。

「マン・オブ・ザ・マッチ」をもらったのが、34歳の苦労人、我慢強さで13年目の左プロップの仲谷聖史だった。試合後、初めてのテレビインタビューを受け、ヒタイには大粒の汗をうかべた。「(賞には)驚きました。はい。とても驚きました」と顔をくしゃくしゃにする。

「ぼく、スクラムしかないんで。スクラムとタックルしかないんです。ゴロ―(五郎丸)がいた時から、ずっとヤマハは一緒なんです。ヤマハスタイルというのは、セットプレーから相手を崩していくスタイルなんです」

今季のスローガンもまた、『ヤマハスタイル』である。そのスクラムとは、8人で固まって押すスクラム。真っすぐ押して真っ向勝負、それを80分間やり切ることである。これは簡単そうで難しい。

まず第一列のフロントロー陣は、自分が一番つよく押せる姿勢をつくらなければいけない。後ろのウエイトを前に効果的に伝えるため、自分の姿勢を考え、ひざにためをつくる。足の位置から、腕や肩の使い方などすべての面で、細かい部分にこだわってスクラムを組む。これぞ、スクラムの王道。

開始直後、自陣右の22メートルライン上あたりでのファーストスクラムだった。マイボール。特筆すべきは、組む前のロック、ナンバー8、両フランカー、つまりバックファイブの姿勢の低さだった。きっちりひざを着いて、押そうという意識が伝わってくる。

これに対し、パナソニックの後ろ5人はひざを立て、姿勢が高かった。フロントロー陣は同じ高さでも、これだとバックファイブの意識の高いヤマハが組み勝つに決まっている。バックファイブがフロントロー陣をぐいと押し出す。組む。ボール・イン。ヤマハFWが押す。パナFWがずるずると下がる。

ヤマハFWがさらに押し込む。パナFWが崩れる。パナの右プロップのヴァルアサエリ愛がたまらず、スクラムの外にヘッドアップした。コラプシング(スクラムを故意に崩す行為)の反則。これでヤマハはFW戦で心理的にも優位に立った。

ヤマハ右プロップの背番号3、伊藤平一郎は「(ファーストスクラムで)この勝負は勝てると思いました」と笑顔で振り返る。

「これでスクラムはいける。そこでアドバンテージを出さないと、ヤマハスタイルは出せませんから。3番の責任で出し切った。ヤマハの3番で試合に出ることはスクラムだと思うんです。8人でしっかり押すことだけを意識しました」

伊藤は高校時代がナンバー8で、早大時代はフッカーだった。ヤマハに入って4年目、プロップに転向してまだ2年足らずである。でも、スクラム指導では超一流の長谷川慎FWコーチの指導やベテランの山村亮、田村義和らにもまれてメキメキ力を付けてきた。フッカーから転向してきたから実はよく走る。

「もう3番、慣れました。からだ作りから始めたんですけど、ヤマハでは日本一のスクラムを教えていただけるんで。それに亮さん(山村)、田村さんの大先輩の背中を見ながら、練習をできるのがいいですね。ロックやフランカーからもいろいろと教えてもらえる。これだけ押すと気持ちいいんですね」

ヤマハのスクラムの押しは80分間、さほど変わらなかった。マイボールのスクラムは12本あり、うち9本で相手のコラプシングの反則をもぎとった。恐るべき強さである。パナの左プロップの稲垣啓太、フッカーの堀江翔太は日本代表。そのFWを相手にこれほど圧倒するとは。

ついでにいえば、ヤマハの先発のフロントロー陣の身長は1番から170センチ、172センチ、175センチ、パナソニックが1番から186センチ、180センチ、187センチ。これって、フロントロー陣横一列の低さを考えるうえで、無関係ではあるまい。FW8人の平均体重はほとんど変わらなかった。

ヤマハのスクラムの押しに、パナの1番の稲垣はひとり弾き飛ばされるように切り離されたシーンもあった。後半8分にはヤマハがゴール前5メートルスクラムをぐいぐい押し込んで認定トライをもぎ取った。ゴールも決まって、24-7とした。

伊藤が振り返る。

「ぼくの前がいなくなるような感じがしたのでもう、いくしかないなって。ははは。(マン・オブ・ザ・マッチは)FW8人がもらってもいいんじゃないでしょうか。スクラム、楽しいです」。

なぜ、こうも強いのか。日々の鍛錬とチーム内の切磋琢磨がすべてだろう。Bチームも強い。煙がでるほどの熾烈なスクラム練習が繰り返される。負荷を加えるため、グラウンドには10度ぐらいの傾斜のスクラムの練習エリアも8月にできたそうだ。長谷川コーチは言った。いつもながら、言葉には含蓄がある。

「スクラムは8人でどう押すかが大事です。ただ8人で押しても強くはならない。大事なのは、どう押すかです。きょう(スクラムが)うまくいったのは、ずっと春から練習してきたことを、80分間、同じルーティンでできたからじゃないでしょうか。きつい時でも、ルーティンで何回もできる、それが日本のスクラムでしょ」

もちろん、勝因はスクラムだけではない。ふたりがかりでタックルにいくディフェンスも、ブレイクダウンでのファイト、はやいテンポのつなぎも王者パナソニックを苦しめた。なぜスクラムがこんなに強いのかと聞かれ、清宮監督はこう、冗談口調で言った。

「(本拠地の)磐田に来てください」

ヤマハの闘将、三村勇飛丸はこうだ。

「スクラムにかけてきた時間が違います。その差ですね」

勝因を聞かれると、こう胸を張った。

「スクラムとディフェンスと気持ちの勝利だったと思います」

そういえば、開幕前のプレスカンファレンスの際、清宮監督はこう言っていた。「パナソニックに勝って優勝できないのと、パナソニックに負けて優勝できるのであれば、当然、前者を選ぶ。パナソニックに勝ちたい」と。

この試合の勝利後、記者からこの言葉について聞かれると、その言葉を途中でさえぎって、清宮監督はこう、本音を漏らした。

「だから、もうひとつ、じつは言っていないことがあって…。それは(パナに)勝って日本一になるということです。でも、それはあまり…。これから、もうほんと、どうなるかわからないですね。次のキャノンさんとも難しい試合になると思います。いい準備をして、ヤマハのラグビーをやる。それだけです」

でも、この勝利は大きい。何といっても、選手たちの自信になる。「ヤマハスタイル」が熱を帯びるのである。

パナソニックに勝ったことでチームへの影響は?と聞かれると、清宮監督はこう、言い切った。

「もうエナジーでしょうね。彼らに勝ったエネルギーがヤマハの持っている力を2倍、3倍にしてくれるはずです」

ラグビー、とくにスクラムの醍醐味が垣間見えた開幕戦だった。これで、今季のトップリーグが俄然、おもしろくなった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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