Yahoo!ニュース

森金融庁長官の熱き思いに金融界も熱く応えよ

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

金融庁は、森長官のもと、金融行政の革命的転換を、強力に、かつ急速に、推進しています。そのなかで、金融規制がはたすべき機能も大きく変わろうとしているのですが、逆に、被規制側の金融界は、この変革に十分に対応できていないようにみえます。さあ、金融界よ、森長官の燃えたぎる情熱に、もっと熱き思いで応えようではないか。

画期的な2014年の「金融モニタリング基本方針」

画像

日本の金融行政の歴史において、また世界の金融行政においてすら、森長官ほどに、大きな視野と深い洞察をもたれた方は、稀有なのではないでしょうか。もはや、森長官にとって、金融規制という概念は、古く、かつ狭いのです。金融システムの安定と経済成長の二つの目的を目指すものとして、それは、総合的な金融行政へと拡大し、深化しなくてはならないのです。

森長官の思想が初めて明確な姿をもって現れたのは、2014年9月に公表された「金融モニタリング基本方針」でした。ここでは、金融機関は、「経済の成長や国民生活の安定に寄与することが、ひいては、金融機関自身の安定的な収益にもつながっていくような「好循環」の実現を目指す必要がある」との認識が強く打ち出されたのです。

つまり、この時点において、既に、金融庁は、金融規制という狭い視野を完全に脱却し、政府の大きな政策課題、特に経済産業政策のなかに、金融行政を位置付けるに至っていたのです。そして、金融行政手法として、監督と検査という用語に付き纏う上からの取り締まり的な印象を払拭すべく、両者を統合してモニタリングとし、その実践において、金融機関と建設的な対話を行うこととしたのです。

具体的には、モニタリングの観点として、法令等で規定した基準(ミニマムスタンダード)を満たしているかという視点から、より優れた業務運営(ベストプラクティス)に向けた経営改善が図られているかという視点への転換を行い、しかも、ベストプラクティスは画一的なものではないとして、各金融機関に自主的な創意工夫を強く求めたのです。

いうまでもなく、創意工夫は、顧客の視点にたって、提供するサービスの質の改善に向けた健全なる競争を通じて、金融機関相互の切磋琢磨のなかから生まれてきます。金融庁は、この前提のもと、顧客のニーズに真に応える経営を重点施策の第一位に掲げたのです。

この金融庁の新しい方針は、2015年9月に公表された「金融行政方針」において、さらに強化され、用語面でも、金融規制、また、その手法であるモニタリングに替えて、金融行政が前面に打ち出されます。

「金融行政の目的」と「金融庁の改革」

この2015年の「金融行政方針」では、「金融行政の目的」という章立てが行われています。もともと、「金融モニタリング基本方針」にしても、「金融行政方針」にしても、毎年、金融庁の事務年度における重点施策を述べることが目的となっている文書なのですが、2015年のものは、その中核部分の章を挟んで、前に、「金融行政の目的」という章を置き、後ろには、「金融庁の改革」という章を置いていて、改めて、金融行政の原点の確認がなされるという特殊な構造になっているのです。

本来、金融行政において、目的は自明であるはずであり、その再確認を行うことは、甚だ異例のことといわざるを得ません。おそらくは、この趣旨は、金融庁の行政目的は金融規制であるとの一般の認識を抜本的に改め、金融規制の根底にある規制目的へ遡及する必要性を示したものと思われます。

そして、その「金融行政の目的」は、改めて、「企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成等による国民の厚生の増大がもたらされること」とされました。これは、2014年の「金融モニタリング基本方針」において、「好循環」の実現としていたことを、より明瞭に、経済成長にひきつけて、敷衍したものでしょう。

しかし、この急速な大転換には、金融庁内部の人も、ついていくのが難しいと思われ、故に、「金融庁の改革」ということになるのですが、そこでは、「金融庁職員の一人一人が、省益ではなく「国益への貢献」を追求し、困難な課題にも主体的(プロアクティブ)に取り組んでいくことを目指し、そうした職員を任用・昇格により評価する等の業績評価のあり方の検討をはじめとした取組みを推進していく」と述べられています。

金融行政の執行に当たり、職員に対して、金融規制の枠を超えた大きな視野で、「国益への貢献」を求めたことは、画期的なことといわざるを得ません。

「静的な規制から動的な監督へ」

画像

長官は、4月13日、「第31回国際スワップデリバティブ協会(ISDA)年次総会」において、講演され、その内容が金融庁のウェブサイトに公開されていますが、このISDA総会講演録は、「静的な規制から動的な監督へ」と題されています。講演内容は、バーゼル銀行監督委員会の国際的な金融規制の枠組みとの関連において、長官の自説である金融規制(というよりも、金融行政)の本来の目的の再確認を求めたものです。

この長官の問題意識は、「金融システムの安定と経済成長という二つの目的を目指す上で、こうした防護壁だけで十分でしょうか」という問いかけにつきていると思われます。ここで、「こうした防護壁」とは、銀行に対する高度かつ厳格な現行の規制のあり方を意味します。

つまり、金融規制によって、金融システムの安定という目的を実現しようとしても、同時に、経済成長という目的も実現できるとは限らないのではないか、むしろ、逆に、経済へ悪影響を及ぼす可能性もあるのではないか、という問題提起です。

講演では、複雑で高度な規制の体系(「何重もの分厚い防護壁」)は、一つ一つの要素が有効に機能し得たとしても、その全体の累積的効果においては、集積による意図せざる矛盾の出現として、規制効果をうち消してしまったり、抑制しようとしたことを増幅させてしまったり、規制を前提とした銀行の行動が規制効果を削いでしまったりする可能性のあることが述べられていて、その結果として、実体経済へ悪影響を与えてしまうならば、むしろ、銀行の経営を不安定にさせ、規制目的に反したことになる可能性が論じられているのです。

こうした弊害は、規制の適用のあり方として、規制当局が一方的・画一的に銀行に対して遵守を求めるものとされ、静的に不動のものとされていることに起因するわけですから、規制当局としては、弊害是正のためには、規制が機能すべき生きた具体的な局面において、動的な適用を工夫していくことが必要だということです。それが「静的な規制から動的な監督へ」の意味だと思われます。

「動的な監督」の具体像

画像

「動的な監督」の具体像について、森長官は、講演末尾において、「夏前にも全体像を日本語と英語の両方で公表し、パブリック・コメントに付したいと考えています」と述べていますので、その公表を待つほかありません。もっとも、夏前というからには、6月頃のことでしょうから、もうすぐです。

しかし、具体像を予想させるものは、本講演においても、既に、「銀行と顧客がどのような共通価値を創造できるのか、銀行との対話を進めていきたい」と述べることで、十分に示されているように思われます。即ち、「動的な監督」の要点は、長官の一貫した思想の凝縮であって、徹底した顧客の利益の追求なのだと考えられます。

結局、「静的な規制」を重視すれば、経済への悪影響の可能性があり、それが、結果的に、銀行の収益基盤を損なうので、規制目的に反した結果を招きやすいわけです。それに対して、銀行と顧客の関係を重視し、銀行として、顧客の付加価値創造、即ち、経済の成長に、どう貢献できるかについて、金融庁として、できるだけの支援を行うこと、即ち、「動的な監督」を重視すれば、結果的に、実体経済の成長をもたらし、ひいては、金融システムの安定に寄与し、本来の金融規制の目的に適うことになるはずだということ、これこそ、森長官の思想の核だと思われます。

また、今回の講演は、ISDA総会でのものであり、世界に向かって、国際金融規制の問題性を指摘し、日本としての独自の思想を打ち出したものですから、非常に大きな意味があり、もとが英語のもの(上記引用は金融庁が公表している「参考仮訳」からのものです)だけに、世界の受け止め方が注目されます。

また、「動的な監督」の具体像も、異例のことに、英語と日本語とで、同時に公表されるということですから、世界への日本からの発信という意味で、画期的なことです。

金融行政とは、金融規制ではなく、経済成長における金融機能の発揮にかかわる政策だという思想、これは、世界の金融規制当局のなかでは、極めて異色で、日本が誇るべき見識の高さだと思います。森長官には、日本を超えて、ぜひとも、世界規模で活躍していただきたいものです。

金融界からの応答

画像

では、日本の金融界の受け止め方はどうか。かつて、金融庁は、金融機関に対して、極めて厳格な規制の適用を行いました。森長官の表現でいえば、「静的な規制」の一つの極致を実現していたのです。それが、僅か数年前のことです。今、急激に「動的な監督」への転換が進んで、最も当惑しているのは、金融庁内部の人よりも、被規制側の金融機関だろうと思われます。

森長官の改革が始まった初期には、これで、本当に金融庁は変わったのだろうか、すぐに、元に戻ってしまうのではないか、そのような猜疑的見方も根強かったようです。しかし、今回のISDA講演のように、世界に向かって日本の新しい金融行政のあり方を発信した以上は、もはや、後退はあり得ないでしょう。

今、金融界としては、森長官の先進的改革へかける情熱に対して、同じ情熱をもって、呼応すべきです。金融界として、顧客との間で、「どのような共通価値を創造できるのか」について、真剣に考え、大胆に行動すべきです。そして、よりよい金融行政のあり方について、積極的に、提言すべきです。

日本の金融の未来は、金融庁によってではなく、民間の金融機関によって、作られるのです。金融機関として、金融庁との対話を通じて、金融庁からの適切な支援のもと、顧客のために、付加価値の創造へ向けて、邁進しなければならないのです。

最後に、4月7日の「日本証券アナリスト協会 第7回国際セミナー」における森長官の基調講演「資産運用におけるパラダイム」にも言及しなくてはなりません。これは、資産運用という一つの金融の分野に限った講演なのですが、森長官の金融行政全体に共通する理念を明瞭に示しています。内容については、この講演の最後を引用するだけで、十分です。

「運用、販売、資産管理など資産運用に携わる方々が、顧客のBest interestのために行動すること、そうして、提供する商品やサービスの質を高くするための正しい競争が行なわれることは、顧客である国民のみならず、わが国市場や経済全てにとって利益となるものであり、わが国の資産運用業の大きな発展につながるものです。本日ここにおられる方々は、それを実現する能力をお持ちだと思います。それが、会社のこれまでの慣習や短期的利益などのため実現しないことは、あまりにももったいないことです。

資産運用の高度化の実現は私にとってのライフワークです。皆さんと一緒になって必ず実現させていきましょう。」

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

森本紀行の最近の記事