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甲子園の「まだ見ぬ強豪」とは

森本栄浩毎日放送アナウンサー
奈良大付は毎年、奈良大会でいいところまでいくが、あと一歩で甲子園にたどりつけない

甲子園で勝つことは大変である。何度も出場して白星に恵まれないチームはいくらもある。しかし、出場できなければそんな悩みさえ持てない。甲子園に出場することは、もっと大変なことである。ファンの間で、「まだ見ぬ強豪」と呼ばれるチームは全国にいくつもある。予選にまで足を運ぶ熱心なファンは、そのチームが甲子園で躍動する姿を想像する。そして噂に聞く遠方のチームには思いを馳せている。

富山第一は富山を牽引する

昨夏、富山第一が初出場でいきなり8強の好成績を収めた。同校は富山でも有数の私学で、各スポーツにおいてもリーダー的存在である。時系列では甲子園の後になるが、正月の全国高校サッカー選手権では劇的な同点、延長での優勝で県民を熱狂させた。野球では、春の北信越大会で優勝するなど、毎年のように優勝候補に挙げられていたが、出場は叶わなかった。富山は公立が粒揃いで、名門の富山商と高岡商を頂点に、新湊、桜井などが絡み、夏の代表はこの10年、毎年入れ替わっている。多くの学校にチャンスがあるとは言えるが、継続して甲子園で活躍できる下地がないことでもあり、決していい傾向ではない。公立は、学区や入試、通学の問題などがあり、強化策には限界がある。その点私学は、学校の方針次第で、寮を備えたり特待生を迎えたり、本腰を入れれば強化はいくらでもできる。富山第一は、地元出身監督と地元選手で結果を出した。今後、富山の野球少年がこぞって入部を志す環境が整っている。主砲・幸山一大(3年)が健在の今チームが連続出場で活躍できれば、名実ともに富山のリーダーになれる。

今春、豊川と広島新庄が初陣飾る

近年、富山第一のように雌伏の時を経て初出場を果たしたチームを挙げる。まず、今春、4強に残った豊川(愛知)だ。

センバツ初出場で4強入りした豊川。夏も激戦、愛知の先頭を走る
センバツ初出場で4強入りした豊川。夏も激戦、愛知の先頭を走る

プロ球界に有名選手を多く送り込んできたが、もともとレベルの高い県で、強豪私学は十指に余る。印象的だったエース田中空良(そら=3年)の力投など、初出場でこの成績は十分であるが、強豪としての地位を確固たるものにするには、これからが大事。この夏、激戦区を突破できれば再度の旋風が期待できる。昨夏の県決勝、田口麗斗(巨人)の奮闘むなしく延長引き分け最試合で敗れた広島新庄も、今春、価値ある初出場初勝利だった。通常、このような千載一遇のチャンスを逃すとなかなか次の機会には恵まれないものだが、その悔しさを知る選手たちの頑張りが甲子園を呼び込んだ。ただ、新庄が本格的に力をつけたのは、迫田守昭監督(68)が就任した07年以降である。その点、昨夏に出場した上田西(長野)は半世紀を超える部の歴史がある。春と秋の県大会優勝はあったが、どうしても夏に勝てなかった。夏の決勝3度目の挑戦でようやくつかんだ夢舞台。初勝利はおあずけとなったが、私学として環境面で恵まれた同校は、今後も明るい未来が開けている。長野では、東京都市大塩尻も苦難の歴史があった。かつて、信州工、武蔵工大二高の名で甲子園まであと一歩に迫ったが、念願を果たせぬまま09年に校名変更。ほどなく(11年夏)初出場したのは皮肉だった。広島で日の出の勢いの菊池涼介(24)は武蔵工大二高時代の選手である。昨年のセンバツに初めてやってきた創成館(長崎)も、比較的短期間ではあるが高い壁に跳ね返された印象がある。夏の県決勝敗退、秋の九州4強でのコールド敗退でセンバツ漏れなど、運にも見放されたかのようだった。それが昨春は、同様に九州4強コールド負けを喫しながらの選出で、稙田(わさだ)龍生監督(50)はじめ全員がうれし涙に暮れたという感激の初出場だった。今春も神宮枠の恩恵で連続出場するなど、運気は確実に上向いている。5年前の夏に初出場した鳥取城北もファンの間では「いつになったら」とささやかれていた。阪神のエース能見篤史(35)を擁した時でさえ、わずか20数校の代表になれなかった。短期間に4回の出場で、一昨年には甲子園初勝利もマークしている。

甲子園に愛された横浜隼人

今夏も最激戦となる神奈川から09年夏に初出場した横浜隼人は実に好感の持てるチームだった。

最激戦の神奈川を勝ち抜いて、09年に初陣を飾った横浜隼人。再度の出場が待たれる
最激戦の神奈川を勝ち抜いて、09年に初陣を飾った横浜隼人。再度の出場が待たれる

水谷哲也監督(49)が大の阪神ファンということでタイガースそっくりのユニフォームで話題になったから、記憶されている方も多いだろう。甲子園に詰め掛けたファンから、「阪神が高校野球に出てるで」と声援を送られたとか。私学ながら「神奈川の選手で戦う」という信念のもと、横浜や桐蔭学園の後塵を拝し続けた。甲子園初勝利を挙げた後、アルプスの隼人応援団はそのまま残って、次の試合に登場する花巻東(岩手)を応援した。同校の佐々木洋監督(38)が、大学を出てすぐ隼人でコーチを務めた縁があったからだ。佐々木監督も水谷監督同様、「岩手の選手で甲子園」がモットーで、「私が最も尊敬し、影響を受けた人物」と水谷監督を師と仰ぐ。菊池雄星(西武=23)擁する花巻東は、大瀬良大地(広島=23)の長崎日大に勝ち、両校の対戦が実現することになった。甲子園のキャリアは弟子の率いる花巻東が勝る。ふたりの指導者にとって夢の甲子園対決は弟子に軍配が挙がった。隼人唯一の出場で、お互いが熱望した対戦。まさに恩寵とも言うべきご褒美は、お互いの指導者が高校野球に捧げた真摯な情熱にこそ由来する。隼人の再度の甲子園に期待したい。

奈良大付は若きエースに託す

さて、今夏に甲子園初出場が期待される有力校をご紹介しよう。まずは、奈良大付。昨夏、郡山、天理を倒し決勝進出。しかし、有利と見られた桜井との決勝では打線が沈黙した。

奈良大付は2年生エースの坂口に初出場の期待がかかる。もちろん次チームでもエースだ
奈良大付は2年生エースの坂口に初出場の期待がかかる。もちろん次チームでもエースだ

直後の秋も近畿の初戦で完封勝ちしながら、智弁和歌山にコールド負けし、センバツアウト(タイトル写真は、昨秋、智弁和歌山に敗れ、うなだれる奈良大付ナイン)。3年前の秋は、県1位で近畿大会初戦突破。準々決勝で近江(滋賀)に惜敗した。同県のライバル、智弁学園と天理が決勝に進出したため、選出圏の6番手以内の評価を受けながら選考から漏れた。近畿大会で3回連続初戦突破してセンバツに1度も出られないとは、よほどついていないとしか言いようがない。今チームは速球派の坂口大誠(2年)を軸にした堅守と、賀集琢也(3年)を中心にした打線のバランスがいい。坂口が秋から成長していれば、十分に優勝を狙える。同じ近畿では、大商大堺の出場もファンは待っている。一昨年の秋の近畿では8強に進出したが、準々決勝で報徳学園(兵庫)にコールド負け。近年も強さを維持してはいるが、同校が本当に惜しかったのは80年代である。しばしばPL学園の行く手を阻んで大阪大会に波乱を起こした。しかし、肝心の甲子園へはたどりつけず、「万年優勝候補」は返上できていない。今年の大阪は、大阪桐蔭と履正社の2強のいずれかで決まりそうな気配。間隙を縫って悲願を達成できるか。80年代以前からあと一歩に迫っていたのが向上(神奈川)。今春、関東大会で準優勝し、俄然、注目を浴びた。この校名に初めて接したのは38年前。神奈川決勝で原辰徳(巨人監督)擁する東海大相模に0-19と大敗した。その後もプロで活躍したスラッガー高橋智(阪急)らを輩出し、レベルの高い神奈川での存在感は薄れていない。今春は因縁の東海大相模を延長で破るなど、往時の輝きを取り戻しつつある。鹿屋中央は春の鹿児島大会で優勝し、夏の代表候補1番手に挙げられている。鹿児島では、鹿児島実、樟南、鹿児島商の3強時代が去り、神村学園がリードする状況下、多くのチームが甲子園を狙えるようになった。鹿屋中央の今チームは投手を中心に安定した試合運びが特徴で、波に乗れば強豪撃破もある。在学中、センバツにあと一歩と迫ったOBの亀山努氏(阪神=45)も「今年こそ本当のチャンス」と熱い視線を送っている。公立が甲子園を独占する徳島で唯一の私学強豪・生光学園も虎視眈々。昨秋の四国は、直近の県大会で勝っていた池田にお返しされ、センバツ選出圏を前に涙をのんだ。これまでから何度も最後の最後に、大魚を逃がし続けている。昨夏の鳴門のような傑出したチームがない今年はチャンス十分だ。

これらのチームは、毎年、必ず上位に来る。しかし、あと一つ、二つの壁はあまりに高く厚い。それだけ甲子園の出場は価値あるものだ。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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