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日本代表の山田章仁は、全てを「しょうがない」と受け入れトライを取る【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
記者団の取材に応じる山田。「ワールドカップで活躍するようなプレーを」

場の空気を読むのではなく感じる。

仲間の力を把握する。

そのうえで、貪欲に球をもらいに走る。

これが山田章仁のラグビーだ。

5月2日、最高気温26度の東京の秩父宮ラグビー場。アジアラグビーチャンピオンシップの香港代表戦である。今季の国内初戦を迎えた日本代表で「11」番をつけた山田は、後半8分、流儀に即したスコアを刻む。 

敵陣10メートル線上左中間の密集で味方が球奪うや、その後方から一直線に駆け上がる。スタンドオフ立川理道、センター田村優と左に連なったパスを、トップスピードで受け取る。相手のいない一本道を駆け抜け、インゴールへ飛び込んだ。琥珀の瞳の入った目を細め、笑いじわを刻んだ。

「田村選手があそこで放ってくれる。そのコミュニケーションは取れていたので」

ノーサイド。41―0で勝利。4年に1度のワールドカップをイングランドで迎える9月には、30歳となっている。

慶応義塾大学時代に飛んだり跳ねたりしていた試合映像を、海外プロクラブへ送りまくった。当時は国内の下部リーグにいたホンダへ進むと、長髪を編み込んでグラウンドに立った。

「髪を切れと言われますが…。本当は僕だって切りたいですよ。長すぎる」

興行向けだった。

パナソニックの一員として国内最高峰のトップリーグでトライ王となった12年度は、アメリカンフットボールXリーグへの挑戦でも話題を集めた。ビビッドな話題を振りまく走り屋だった。

しかし、国際舞台とは縁が遠かった。遡って4年前の今頃、前年度のトップリーグプレーオフMVPのタイトルを引っさげて日本代表候補となるも、当時のジョン・カーワンヘッドコーチ(HC)のもとへ行くとすぐに「構想外」だとわかった。

トライ王となった直後の13年春の代表合宿では、いまのエディー・ジョーンズHCに「練習をアグレッシブにやっていない」と怒られた。強制送還。その年の秋に初キャップを取得してようやく定着の兆しを覗かせるも、本人の実感は違っていた。

――指揮官の信頼を勝ち取った自信は。

「ないです」

即答であった。

「いままでのプレーは、エディーさんにとっては『ま、いい時が出たんじゃない?』くらいのところ。僕のだめなところも知っていると思うので…。一度ついたイメージを取り払うのはパワーがいります。イメージは怖い。気が抜けないですし」

群馬のファーストフード店でこう漏らしたのは、いまから約半年前のある日中のことだった。コーヒーを片手に、直近の出来事を語っていた。14年秋のツアーで4戦中3戦に先発も、「自分はいつ外されてもおかしくない」と認識していたのである。

「今回も怪我人もいたことで運よく試合に出させてもらいましたけど、最初に選ばれるようなメンバーじゃないので」

代表合宿に行けば、同じウイングのポジションを務める年下の選手が明らかに大事にされていたようだ。早稲田大学の藤田慶和と、筑波大学の福岡堅樹である。2人とも、山田が代表入りする前からジョーンズHCに認められていた。2人とも、指揮官に「ワールドカップでの理想のベストメンバー」とされたことがある。2人とも、事あるごとに「ホープ」と書きたてられてきた。

「僕は全然、(置かれた立場が)違いますよ。合宿中の(周囲の)2人への対応だったりを見ても…」

もっとも山田は、境遇に異を唱えることはない。

――本当は、ボールを持つ前の姿勢と動きでは誰にも負けないと思っているのではありませんか。

「…しょうがないです。僕よりもキャリアがあるし、スタッフやプレーヤーと一緒に過ごした時間も僕より長いので」

ふふふ、と笑うのみだ。

「しょうがない」。突き放した言い方に聞こえるだろうか。ただ、目の前の全てのものごとをありのまま受け入れ、心の底から「しょうがない」と言い切る。あるいはそうあろうとする。結果、山田は山田のラグビーができる。

「自分のことはコントロールできるけど、人のことはコントロールできない」

場の空気を読むのではなく感じる。

仲間の力を把握する。

そのうえで、貪欲に球をもらいに走る。

練習でも、試合でも、その「コントロールできる自分のこと」を誠実に取り組む生き様を、あの時のトライの背景に据えているのだ。

「ボールが回ってくるように。僕がボールを持つチャンスを作ってもらえるように。毎試合、やることをやらないといけない。やっぱりトライは、ウイングだけで、とかでは取れないですから」

この日2トライを挙げた山田は、3日、オーストラリアへ発つ。南半球最高峰であるスーパーラグビーのウェスタン・フォースに在籍中で、いまだ叶わぬ現地での公式戦デビューを目指すのである。

――手応えは、いかがですか。

「やれる自信はあるので、チャンスが回ってきた時にはしっかりと。焦って試合に出れたら焦るんですけど、なかなかそういうものでもなさそうなので。やれることをしっかりやって、その時を待ちたいですね」

――「自信はある」。でも、出られない。ジレンマですね。

ここでもこう、息をついた。

「…しょうがないですね」

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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