嵐・櫻井弟だけじゃない、というより…。 国内最古豪、慶應義塾大学のタレントたち【ラグビー雑記帳】
黄色と黒は伝統の印。
ボーダー柄の「タイガージャージィ」をまとう1899年創部の慶應義塾大学ラグビー部(慶大)は、日本で初めてこの競技を始めたクラブである。4年に1度のワールドカップを狙う現日本代表の元キャプテンである廣瀬俊朗ら、最近のOBの活躍も目覚ましい。
伝統的な代名詞は、ボールを持つ相手の足元へ突き刺さる「魂のタックル」。卒業後にスパイクを脱いで大手企業に進む面々には、恐ろしいほどにぶっ刺さっていた鬼も少なくない。高校ラグビー界の有力選手を集めづらい入試制度と相まって、耐えることと考えることが生命線となってきた。
攻撃的スタイルを唱える日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチとて、同大系列の慶応高校の選手を前にはこう口にしたものだ。
「私がこのチームを指導するなら、ディフェンスチームにします。それがこのチームのデントウ(この一語のみ日本語)だからです」
この春は、レギュラー定着を狙う3年生スクラムハーフが意図せずに注目を集めた。
桜井修。人気アイドルグループである嵐の櫻井翔の弟である。本人の意思から「ノーコメント」を貫いているが、関連の記事が『Yahoo! ニュース』の「スポーツ」でははく「エンタメ」にアップされ、不出場の試合でも「松葉杖をついて試合を見守った」旨が新聞に書かれる始末である。
5月10日、神奈川県は横浜市港北区日吉の慶大グラウンド。
関東大学春季大会Bグループの大東文化大学(大東大)戦を52-40で終える。乱打戦だった。
「慶大は伝統的にディフェンスチームで、僕もそうしたいと思っている。それなのに失点が多かった。そこは反省ですね」
新任の金澤篤ヘッドコーチが公式談話を残して去ろうとしたところ、ジャーナリストが追いかける。
「ちなみに、櫻井君の怪我の状態は…」
翌日のスポーツ各紙には、大器の新人である辻雄康が「元テニスプレーヤーである松岡修造のおい」として掲載された。
「にわかファンが競技人気を支える」という論旨に沿えば、これらも貴重な普及活動ではある。ただ、現場には、現場の空気もある。
「部内では、普通です。そういえば、弟だったなということを思ったくらいで。あいつは気にしているかもしれないですけど、僕らにはそういうところは見せないので、僕らも普通に接しています」
やや斜め下を向いてとうとうと語るのは、桜井と同じ3年の廣川翔也である。一般学生のなかでも大きくはない身長166センチの哲学者にして、おもにぶつかり合いで泥にまみれるフランカーというポジションを務める。
高校ラグビー界の強豪である東福岡高校でプレーしていた頃、「慶大の試合の前座をやらせてもらったことがあって。それで、ロッカールームですれ違った選手たちが、僕と身長が変わらなかったんです」。背中を押されて門を叩けば、「練習で当たれば吹っ飛ぶ」からと食べて鍛えてを繰り返した。上京時は70キロ弱だった体重を、90キロまでに引き上げた。2年生からレギュラーに定着した。
持ち味は慶大の代名詞たるタックル、さらには密集で相手の持つ球に絡みつくジャッカルだ。
日本最高峰のトップリーグでタックルとジャッカルの達人とされるNTTコムの小林訓也は、かつてNTTコムのコーチだった金澤ヘッドコーチに請われ、慶大の指導を手伝うことがある。大東大戦後は、先発したバックロー(フランカーを含めたポジション群)の居残り練習の「台」になっていた。
――廣川選手、どうですか。
名手、名手を語る。
「タックル、いいですね。きょう観たところ、ジャッカルも上手い。タックルして、起きて、逆側から、ジャッカルに行ける…。あ、すいませんね。こんな専門的な話になってしまって」
相手をタックルで倒し、周りが寄ってたかる前に起き上がり、そのまま最小限の動作で相手のいる側から球に飛びつけるのが、廣川の凄みなのだという。原則、お互いにボールより後ろでプレーするラグビーにあって、それは「高等技術」だと強調する。
「(密集に横入りできないというルール上)グレーといえば、グレー。しかも相手に背中を向けていて、後ろからオーバー(相手チームのサポート)が来るという恐怖を感じながらなので…。ありゃあ、すごいなと」
小林の特別講座の後も、廣川は走っては当たっての個人鍛錬を繰り返していた。「グレー」を合法化する。常軌を逸する。大物を喰う人のあり方を体現しているようだった。
「チームには日本一という目標があるんで、僕も日本一に向かって頑張っていかないと」
攻撃に目を転じれば、速く、大きく展開する意図が垣間見える。
同じ関東大学対抗戦A所属で筋骨粒々、大学選手権6連覇中の帝京大学(帝京大)を倒すにあたり、指揮官はやることの差別化を打ち出したいようだ。
体現者の1人は、2年生センターの青井郁也だ。
スタンドオフの矢川智基キャプテンとともに「ダブル司令塔」を任され、相手の守備陣形に応じて立ち位置を変える。「相手のディフェンスが前に出てくるなら深く(十分な間合いを持つ)」。余裕を持って、敵の本当の死角を見定めたいらしい。
大東大戦では突破役のセンター田畑万併、フランカー鈴木達哉らを引き立てた。グラウンドを俯瞰で捉え、スペースへのキックでも仲間を前に押し出す。矢川キャプテンにはこう信頼される。
「外、裏(のスペース)を見てくれる。僕の負担が減るというか、色々と任せられる」
祖父の達也氏(故人)も父の博也氏も、かつて慶大のスター選手だった。水で溶かしたプロテインに「不味い」と顔をしかめる「身長172センチ、体重77キロ」の闊達なサラブレッドは、チームのベクトルを前向きかつ飾らぬ言葉でまとめた。
「ディフェンスでは低く刺さるのが当たり前なんですけど、アタックでもテンポをよく。練習では日々、えぐいくらいに走っているので、相手を先に疲れさせる」
人気者と血縁関係があるがための面倒も、他のクラブでは作れない群像劇のひとこまにはなりうる。慶応義塾大学ラグビー部について真に向き合うべき項目は、おそらく帝京大との現実的な力量差かもしれず、間違いなく有名人の名前が出る新聞の見出しではなく、何よりこの人たちの取り組みそのものである。