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「小さな差が大きな差」 東海大学の藤田貴大キャプテンが観る、目標到達への道【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター

東海大学ラグビー部のキャプテンである藤田貴大が、トレーナーに「ストレッチ、して下さい」と声をかけられた。

2015年5月24日、東京都日野市の帝京大学グラウンド。大学選手権6連覇中の帝京大学との公式戦(関東大学春季大会)を19-59で落とし、木村季由監督による円陣が解けた後のことだ。

アスリートである。筋肉に疲れを残さないためにも、整理体操するのは自然な流れだった。ただ本人は、違う行動を取った。

「先、いいですよ」

まず先に、近くにいた記者の質問を受け付けた。この後は教育実習のため地元の青森へ向かう予定で、クールダウンの後はすぐに東京駅へ向かわねばならなかったのだ。スパイクは脱いでグラウンドの脇に揃え、ストッキングもその隣に折りたたんで並べている。身体を圧迫するものは、すでに外していた。

「このチームから、この状態で離れるのが悔しいですね…」

大敗の翌日から成長するプロセスに加われないことを悔やみつつ、試合の感想をこうまとめた。

「小さな差なんですけど、それが大きい差かなって」

青森北高校出身。「175センチ、95キロ」。密集で身を挺するフランカーの選手にあっては、特に上背では小柄の部類だ。低さ、しつこさ、がむしゃらさで魅せる。

私生活がグラウンドでの働きに直結すると、本気で信じている。

大学1年時、寮の同じ部屋で過ごしていた宮田一馬(現近鉄)が下級生に雑用を押し付けない優しい人で、自分も自分を律する選手になりたいと思った。

「ごみが一つ落ちている。拾う。そうしたらきょうのプレーはよくなるかな、よくなればいいな、って」

細やかさを旨としていながら、悲壮感とは、無縁だった。

5月5日、東京・秩父宮ラグビー場。来日中だったニュージーランド学生代表(NZU)と試合を行う、関東学生代表のキャプテンに選ばれていた。

キックオフ直前。NZUは、相手を威嚇する「ハカ」という儀式を披露する。

ラグビー王国であるニュージーランドにとって、「ハカ」は特別な意味がある。本家の同国代表と2013年秋に対戦した日本代表は、何よりもまず「ハカ」への対策を考えたほどだ。この日のNZUは新たな「ハカ」をお披露目。精神を充実させていた。

気圧されたか。いや。藤田はチームメイトに笑みを浮かべた。

「逆に、気合い、入ったな」

厳しさと明るさを、絶妙にブレンドさせていた。

2年になった頃にはすでに、木村季由監督から「将来のリーダー」と言われていた。チームの船頭になったのも必然で、日本代表の練習生になった同級生の石井魁にも「(キャプテンは)藤田じゃないと、成り立たない」と謳われた。NZUとのゲームでは35-50で敗れながら、溌剌とした哲学を残したのだった。

「最高のパフォーマンスを、どう出すか。どのレベルであっても、そういう自分の取り組み方は変わらない」

さて、帝京大学戦。他大学が苦しんでいた身体のぶつかり合いはある程度は互角で、自身も何度か相手選手の束を跳ね返していたが、結果的には大差で屈した(関連記事)。

「小さな差なんですけど、それが大きい差かなって」

キャプテンの実感は、そこかしこに見え隠れしていたようだ。

例えば。東海大学は要所で反則を重ね、相手ボールの場面を多く作ってしまった。「立ってプレーする」という競技原則があるなか、ボールを持たない選手が接点で簡単に倒れ込んでしまったからだ。

かたや帝京大学のサポート役は、地面に倒れる際には必ず東海大学の選手を巻き込んでいたらしい。要は、倒れる前に「立って」格闘していた。

ここが「15:7」という反則数の差に繋がったと、藤田は感じた。味方が一時退場処分を受けていた前半24分からの10分間で、19失点を喫した。

また、例えば。後半初頭、もともと頑張れていたはずの1対1で劣勢となる場面があった。「攻撃対守備」の人数は同じだったのに、「身体的にきつくて、あぁ、やばいやばいやばいって…」。声の掛け合いが不足する間に、自信満々の相手ランナーに守備網を破られたのである。ここでも14失点。

さらに決定的な、例えば。それは、藤田が何より大切にするグラウンド外にあった。

「試合に出ないメンバーが、どこにモチベーションをもっていくか。『きょうは試合がないし』となるか、試合を観て『このプレーは、いいな』などと思えるか…。そこが難しくて。帝京さんは、全員が、帝京大学ラグビー部なんです。1人ひとりが周りを観ている。ごみが落ちていたらぱっと拾って。そういう、人間的な強さもある」

普段がだらしないからプレーも…などと、説教臭いことを言うつもりはない。ただ、大差のスコアの根っこに細部のプレーの違いを見つけ、その違いを埋めるには普段の練習の質を上げるしかないと具体的に見据えているのだ。

そして、練習中の意識を支えるのが、グラウンド外での居住まいをはじめとした無意識的行動である、とも。

――このチームのいいところは。

一見、明るい答えが出てきそうな質問にも、ひたすら内省する。

「横のつながりが強い。フレンドリー。ただ、それがいいのか悪いのか…。こういうなかでも厳しさは必要で。ペナルティーがあった。ここで『次、次』と言うのか、だめなものをきちんと『だめ』というか…。ここにも差が出る。きょうは、色々と勉強になりました」

頂点との差は、ある。ただ、それを具体的に認識しうる位置にはいる。スパイクとストッキングを大事そうに抱え、藤田はロッカールームへ走った。ストレッチも、そこでするのだろう。

「課題は明確というか、足りないところがはっきりわかった。それは収穫でもあります」 

東海大学は続く31日、こちらも上井草の相手の練習場で早稲田大学と戦う。藤田のいないチームは、藤田が思いついたロードマップを描けるだろうか。それを確認できないのが、本人は「悔しい」と言った。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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