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原爆投下から70年の広島を訪れて思う、終戦記念日のラグビー日本代表戦【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
当日の原爆ドーム。鳩が舞う。(写真:アフロ)

2015年8月6日、広島市に原子爆弾が落とされてちょうど70年の朝を迎えた。平和記念公園では記念式典があった。

内閣総理大臣が「帰れ」と野次られながら、「非核三原則」という文言の入っていないスピーチ原稿を読み上げる。式典が終われば、年を重ねたであろう参加者が新聞記者や有名なアナウンサーの取材を受けていた。

夜はマツダスタジアムで、プロ野球の試合があった。

5日から続くセ・リーグペナントレースの広島東洋カープ対阪神タイガースの2連戦は、「ピースナイター」と銘打たれていた。6日の2戦目は、ホームである広島の背番号が「86」になった。5回裏には、スタンド全体が緑の紙(上段のみ赤。原爆ドームの高さに合わせたようだ)を広げ、ジョン・レノンの『イマジン』に合わせて左右に揺れる。一部報道によれば、対する阪神タイガースのマット・マートン外野手は試合前に例の式典へ参加。被爆者の遺品などで当時の悲惨さを伝える平和記念資料館へも、足を踏み入れたようだ。

筆者は、5日の1試合目を観戦した。広島駅から球場へ続く長い一本道では、広告とタイアップされた新旧選手の紹介ポスターが並ぶ。スタジアムが視界に入ってきた折の上り坂では、手すりの柱に引退した名選手のレリーフが飾られていた。何も張られていない柱には、いずれ「黒田博樹」や「前田健太」が並ぶのだろう。入場すれば、オーロラビジョンで応援歌の『それ行け! カープ』が流れる。ミュージシャンの奥田民生さんを筆頭に、同球団のファンとして知られる芸能人がリレー形式で歌っていた。

昨今の広島人気は、おそらく「カープ女子」なる発生元不明のムーブメントだけが理由ではない。ムーブメントと無関係なオールドファンを高ぶらせ、ムーブメントに乗った人たちを掴んで離さない。そのための仕掛けが各所で施されているのも大きい、と感じた。

この夏、一冊の本が発売された。『人類のためだ。 ラグビーエッセー選集』。鉄筆が出版した、スポーツライターの藤島大さんによるコラム集である。過去に発表された豊穣な文体の一遍ずつが「春、夏、秋、冬」ではなく「夏、秋、冬、春」の順にカテゴライズされている(ちなみに続く「鉄」という章には、支持者の多い早大ラグビー部に関するコラムが集まっている)。

「夏」の章は、おもに戦争や平和に関する作品が並ぶ。最初に紹介されるのは「身体を張った平和論」。元日本代表監督である故・大西鐵之祐さんの至言が紹介されている。大西さんが1987年1月17日におこなった最終講義での言葉が並ぶのである。

「わたしは(略)8年間戦争にいってきました。人も殺しましたし、捕虜をぶん殴りもしました。(略)そのときに、こうなったら、つまり、いったん戦争になってしまったら人間はもうだめだということを感じました。そこに遭遇した二人の人間や敵対する者のあいだには、ひとつも個人的な恨みはないんです。向こうが撃ってきよるし、死んじまうのは嫌だから撃っていくというだけのことで、それが戦争の姿なんです」

「権力者が戦争のほうに進んでいく場合には、われわれは断固として、命をかけてもそのソシアル・フォーセスを使って(選挙で)落としていかないと、あるところまでウワーッと引っ張られてしもうたら、もう何にもできませんよ、わたしたちがそうだったんだから」

「私たちは、平和な社会をいったんつくり上げたんですから、これをもし変な方向、戦争のほうに進ませちゃったら、戦死したり、罪もなく殺されていった人々、子供たちに、どうおわびするのですか。(略)ぜひそのことをお考え願いたい」

藤島さんはこの話を、「新聞の取材」「講堂の隅」で聞いていたという。コラムでは「ジャパン、早稲田大学で、峻厳に勝利をめざし、満々の気迫で勝負の醍醐味と深さを説いた人物が、その先の平和を語っている」と記し、こうも続けた。

「弱腰でなく、闘争に邁進してきたゆえの反戦論。(中略)当時、ラグビーの名監督の格調高い講義は話題を呼んだ。本稿筆者もこれまで何度か各媒体で紹介してきた。それでも、いま、この夏、原爆投下の決まった日(筆者注・『J SPORTS』公式サイトの「be rugby~ラグビーであれ~」に初出時の2013年7月25日。1945年の同日、米国で原爆投下指令が承認された)にもういっぺん書いておきたい」

何度でも紹介したくなる取材成果があることを同業の後輩として憧憬の念を抱く以上に、ずっと取材するラグビーフットボールへの敬意を再認識した。もちろん、ラグビーはただラグビーだからラグビーなのであって、そこに深い意味など存在していなくたっていい。ただ、観方次第では「戦争をさせないための装置」となりうるのだ、と。コラムにはこうも続く。

「走って、倒して、粘って、それを繰り返す大接戦、どうしても勝ちたい相手に対して、たとえルールの範疇にあっても、本当に汚い行為はしない。ジャスティス(順法)より上位のフェアネス(きれい)を生きる。すると社会に出ても、ズルを感知する能力が研ぎ澄まされる。「変な方向」がわかる。明日の炎天の練習が憂鬱な若者よ、君たちは、なぜラグビーをするのか。それは「戦争をしないため」だ」

いまの日本代表は、4年に1度のラグビーワールドカップに向け鍛錬を重ねる。2012年に就任した気迫と知恵は十分なプロ指導者、エディー・ジョーンズヘッドコーチは「私はワールドカップで勝ちたい。準々決勝へ行きたい」と連呼し、人材と予算を集め、ややナーバスさを覗かせながらも、一発勝負での満額回答を狙っている。

チームは近く、世界選抜戦をおこなう。

集客計画を練る方や約3か月ぶりの国内戦を楽しみにする方には申し訳ないが、はっきり言って、この試合の結果そのものに大きな意味はない。指揮官自身も、それに相応する談話を発表している。

「すべてはワールドカップのための準備です」

権力者の意見を真に受けることは危険だが、今度の言葉は「当日に負けた時の言い訳」とは違うだろう。この人に日本協会が課したミッションは、あくまでワールドカップで勝つことからである。プロなのだから、ミッションを遂行するためだけに呼吸をしているのが真っ当というものだ。

勝っても選手の「自信がついた」というコメントと「相手は寄せ集め集団だから(一般論として、コンバインドチームは選手の力量と無関係に敗れる傾向が強い)」という注釈で戦評の紙幅は埋まるだろうし、負けたところで4年間かけて作り上げた「JAPAN WAY」の最終的な微調整の材料として昇華できる。「前哨戦!」とか「豪華メンバー(これは本当)と戦って、ジャパンは大丈夫?」などとあれこれ考えるより、「好きな選手の好きなプレーを観る日」として心待ちにするくらいがちょうどいいのかもしれない。

ただ、この日の試合会場は「ラグビーの聖地」と謳われる東京の秩父宮ラグビー場だ。そして試合開催日は、この国の終戦記念日である8月15日である。

試合内容以外の側面で、初めてラグビーを観に来る人の心をどこまで掴めるか。

ラグビー場へ通うファンに、遺産としての日本代表をどこまでアピールできるか。

そして、政治的コメントではなく本心として平和へのメッセージを伝えられるか。

ラグビー日本代表のというより、日本ラグビー界の力も問われそうだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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