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ワールドカップ・アメリカ戦の鍵握る? 日本代表、スクラムの絆(3)【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
サモア代表戦でのジャパンのスクラム。低い位置で背骨が地面と平行に伸びる。(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

2の続き)

スクラムは、前列の3人だけで組むものではない。少なくとも、元フランス代表のマルク・ダルマゾが指導した日本代表では、フォワードの8人がまとまって組む。

2列目のロックの2人が攻守ごとに膝の高さを変え、前方に多彩な圧力を加える。「とにかく気合いです。前の3人から絶対に離れないで思いっきり押す」とは、熱き理論派ロックの伊藤鐘史である。

以前ならばスクラムの後のプレーに意識を注ぐ傾向のあった3列目のフランカー、ナンバーエイトも、まずは「8人で押す」に注力する。フロントローは、後ろからの力感をどの方角へ与えるかを決める羅針盤だ。

10月3日、ミルトンキーンズmk。4年に1度あるワールドカップのイングランド大会での予選プール第3戦があった。前半21分。サモア代表を向こうに、ジャパンは敵陣ゴール前左中間で自軍ボールスクラムを獲得する。

ここではレフリーが「エンゲージ」と組み合う合図を出した瞬間、大野均とトンプソン ルークの両ロックは膝を地面につけてスタンバイした。低い姿勢で確実にボールを確保しつつ、じりじりと圧力をかけるためだ。

フロントローの舵取り方法は、チームの事前のイメージ通りだった。相手の「190センチ、135キロ」の右プロップ、センサス・ジョンストンを、左プロップの稲垣啓太とフッカーの堀江翔太で挟み込む。塊はぐい、と左から右へ進む。

相手のジョンストンは稲垣を掴んでいた右腕を地面の位置に下げ、そのまま引きずり落とそうとする。故意に塊を崩せばコラプシングの反則を取られるが、どちらの側に笛を吹くかはレフリーの見方次第だ。

なかば向こうの苦し紛れの策を前に、稲垣は、耐えた。

ジョンストンが膝を地につける一方、稲垣は自立したままだった。レフリーはそのままゴールポストの真下へ走る。ジョンストンのコラプシングがなければジャパンにトライが生まれた、との見立てから、ペナルティートライの判定が下る。10-0。今季は南半球最高峰のスーパーラグビーでもデビューした稲垣が、耐えて点を取った背景を振り返った。

「相手が落としてきた時、前までなら『あ、ペナルティーがもらえる』と感じていた。ただ、海外で経験を積むうちにスクラムを組む場所、時間帯のことも冷静に考えるようになって。あそこは『もう少し押せば認定(ペナルティートライ)』が取れると思いました」

続く後半10分頃、自陣ゴール前での自軍ボールスクラムも圧巻だった。稲垣と堀江がジョンストンを抑え込むなか、右プロップの畠山健介がひるんだ相手を押す。8人が一体となり、右側からせり上がる。

相手スクラムハーフのカーン・フォトゥアリイは、最初こそスクラムの後ろに構えていた。しかし、その場を動けぬまま、迫りくるジャパンのスクラムに手を出した。攻防戦の横からプレーに参加する、オフサイドの反則を取られた。ジャパンは勝ち取ったペナルティーキックを前方へ蹴り出し、一気に敵陣へ進めたのだった。

畠山の述懐。

「前半でいいスクラムでトライが取れていた。イケる、悪い賭けではなく、高確率でペナルティーが狙える、と。始まりは、稲垣がしっかり押してくれた」

いわばこの1本は、ペナルティートライが呼んだ副産物だった。ベンチにいた左プロップの三上正貴も、「ヒットした段階で、押せるだろうなと思った」ようだ。

日本代表はここまで予選プールBを2勝1敗とし、11日、グロスターでアメリカ代表のプール最終戦に挑む。8強進出の可否と関係なく、勝ちにゆく。ジャパンはそう考える。少なくとも、そう考えようとしている。

数年来、アメリカ代表のスクラムはほぼコントロールしている。センターの立川理道も、「セットプレー(スクラムなどの攻防の起点)は圧倒できると思うので、そこを基盤に置いて…」と期待する。しかし、ベンチスタートの三上は警戒する。

「ダルマゾも言っていたけど、アメリカ代表のスクラムはワールドカップを通じて進化している。前は相手の1番(左プロップ)が(塊から)外れやすかった。ただ、そこは修正されてきている。そんなに簡単だとは思っていない」

エディー・ジョーンズヘッドコーチは、9日の会見で「メンタルは十分ではない。試合のある日曜日までには、完璧にする」。他の談話は例にならって景気のいい内容だったが、それを包む声色に張りがあったかどうか。スクラムハーフである田中史朗はいつだって言う。

「ワールドカップは何が起こるかわからない」

ポジティブな要素の1つは、優勢と見られるスクラムを組む本人たちが「甘くない」と思っていることか。危機感と高揚感のバランスが取れれば、ジャパンの3勝目は見えてくる。

(終了。1はこちら

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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