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なぜサンウルブズは、ワールドカップイングランド大会日本代表のように勝てないのか?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ファンが見つめるなか、エース格の山田が仕掛ける。(写真:アフロ)

南半球主体の国際リーグであるスーパーラグビーに、今季から日本のサンウルブズが参加している。

遡って2015年秋。4年に1度あるワールドカップのイングランド大会で、日本代表は過去優勝2回の南アフリカ代表を破った。予選プールで3勝を挙げながら8強入りできなかった初めてのチームとして、列島における競技人気を高めた。

やはりこの国を代表するサンウルブズも、他クラブより約2か月は遅い始動ながらも善戦を重ねる。オーストラリアはレベルズのショーン・マクマーンキャプテンからも「タフで印象深い」と驚かれた。26日には優勝経験のあるブルズを向こうに27-30とクロスゲームを演じた。

しかし、試合のなかった第2節を挟んで開幕4連敗中だ。歴史的な初勝利にはまだ届いていない。

2月27日に東京・秩父宮ラグビー場でおこなわれたライオンズとの開幕節では、決死のタックルで相手の落球を誘うも13―26で黒星を喫した。3月12日にシンガポール・ナショナルスタジアムであったチーターズとの第3節は、最大18点リードを奪いながら31-32と逆転負けした。秩父宮での第4節では、レベルズの堅い防御を崩せないうちに自軍の防御を崩す展開に持ち込まれた。9―35。そして26日、シンガポールであったブルズとの第5節も落とした。心身ともきつい状況に追いやられるなか、南アフリカに遠征する。

イングランド大会をきっかけにラグビーに興味を持った観戦者の疑問は、「いったいなぜ、サンウルブズは日本代表のように勝てないのか」だろう。ふたつの組織の背景を観察すれば、その解が見え隠れする。

量より質

サンウルブズは発足前から消滅の危機に瀕していた。リーチ マイケルや五郎丸歩ら人気と実力の両面で昨季のラグビーブームを支えた代表組は、早々と契約を断った。昨年8月末まで選手を揃えられなかったからだ。組閣の遅れは明らかで、契約選手の初顔合わせは開幕4週間前。チーム専用のクラブハウスは、いまだに建築されていない。

それでも、日本代表としても躍ったフッカーの堀江翔太キャプテンは言う。

「始まったら、自分にベクトルを向けてやらなぁ、しゃあない。それは皆がわかっている」

今回が初来日となるマーク・ハメットヘッドコーチ、国内では堀江と同じパナソニックで活動する田邉淳アシスタントコーチらは、ジャパンの時ほど持久力を要さない攻撃フォーマットを提案。フレームワークに微調整を加えるのが、堀江やサモア代表スタンドオフのトゥシ・ピシら、「ストラテジーリーダー」たちだ。

海外からのオファーを蹴ってサンウルブズ入りした船頭は、「皆の意見を引き出したい」と、仲間との対話を重視する。トレーニングの合間に控え選手が意見を述べた際も、周りの主力組が「うん、次、気を付けよう」と素直に反応する。風通しの良さで、選手ごとの理解度の差を最小限に止めようとしている。

「選手に自ら考えるように、コーチ陣の方からも促してもらった方がいいですよ」

ハメットヘッドコーチとの面談でそう話していたのは、プロップの稲垣啓太だ。こちらもイングランド大会の代表組である。経験者の細やかな配慮が、チームが結束する速度を上げた。

実力未知数とされていた外国出身選手の大半が、いわゆるチームマンだったことも好都合だった。

チーム最年長のロック、大野均は、オーストラリア人ナンバーエイトのエドワード・カークを「普段は面白い奴ですが、グラウンドに入ればチームで求められるプレーを黙々とやってくれる」と評している。他にもアンドリュー・ドゥルタロ、トーマス・レオナルディと、ぶつかり合いが連続するロック、フランカー、ナンバーエイトの位置には、職人肌のハードワーカーが揃う。

この調子でサンウルブズは、準備時間の不足を準備の質でカバーした。だからこそ、スーパーラグビーの先輩格にあたるチームとも善戦ができる。

惜敗した第2節でも、攻められている方向と逆側の守備が乱れるチーターズの弱みを突いた。左から右へのキックパスなどで、ウイングの山田章仁の3トライを導いた。事前に分析した内容と、自前の戦術を照らし合わせた結果だ。

どうしても時間が必要な項目が敗因に直結?

突貫工事で挑む寄せ集め集団が、準備内容の高質化で老舗チームを慌てさせる…。判官びいきの心をくすぐるサンウルブズだが、やはり、準備時間の短さに足を引っ張られている。質では補えぬ領域は、どうしたって存在する。

茂野海人。開幕から3戦連続で交代出場(第5節は先発)したスクラムハーフは、グラウンドに出た際のチーム状況を「後半にテンポを上げようとしても周りのワークレート(仕事量)が落ちて、難しいところもある。考えながらやらないと」と捉えている。

イングランド大会で3勝したジャパンでは、2012年に就任したエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチが「世界一のフィットネスを身に付ける」と提唱していた。長期合宿のたびに1日複数回の練習を続け、2013、14年には、蒸し暑い6月の東京へ欧州の強豪を呼び寄せ、走り勝ってきた。熟練の指揮官がメディカルスタッフの職務を掌握したことで、選手のパフォーマンスを保つ準備が万端だった。2013年のウェールズ代表戦でスタンドオフだった立川理道は、「後半どうしようという話をした覚えもあまりなくて、まず回復、でした」と振り返ったことがある。

サンウルブズにも、当時の日本代表のスタッフが何名か揃っている。しかし、その絶対数は不足している。蒸し暑いシンガポールでのチーターズ戦では、何人かが脱水症状を起こすなどスタミナ切れを起こしていた。走り込みのメニューを採り入れたのは、レベルズとの第4節を終えてからだった。集まって間もないチーム事情を鑑み、茂野も「最初はフィットネスをやるより、組織的なところを(注力)したので」と納得するほかない。

シーズン序盤のサンウルブズが苦しんだセットプレーも然り。タッチライン際から投入されたボールを空中で競り合うラインアウト、さらにフォワードが8対8で組み合うスクラムは、複数人が呼吸を合わせることで初めて成功する。「そのチーム内で練習を重ねないと、上達しない」と、多くの指導者が口を揃える。

イングランド大会のジャパンには、セットプレーのエキスパートコーチが存在していた。

ラインアウトでは、元イングランド代表ロックのスティーブ・ボースヴィックが熱血指導した。当時のジャパンとサンウルブズの両方を経験する真壁伸弥も、こう解説する。

「ボースヴィックは、普通のコーチなら誰でもできることを、ちゃんと、覚え込ませてきた。毎回、毎回、やらなくちゃいけないことを動画で送ってくれて、よかったプレーはよかったと言う…」

相手が邪魔してこない区画を素早く見つけ、素早くその地点へ到達し、素早く跳躍する。その周りを支える選手も、素早いモーションでジャンパーの足を持ち上げる…。かような「誰でもやること」の大切さを、口を酸っぱくして強調してきた。対戦相手の隊列もつぶさに分析し、相手のサポートが来ない場所で素早くモール(複数人による塊。ラインアウトの捕球後に用いられる攻撃手段)を作るなど、ゲームごとの明確なロードマップも示した。

スクラムは、元フランス代表フッカーのマルク・ダルマゾが精査した。各ポジションの選手の足の向きまで細かく設定し、低い姿勢でまとまり、押し込むメソッドを確立。そいつを、古典芸能の稽古のごときセッションで選手に落とし込んだ。

2013年、スクラムのルーリングに改正が施され、両者がより近づいた状態で組み合うこととなった。そこでレフリーの人脈も豊富に持つダルマゾは、相手を掴んだ際にどれくらい体重をかけてよいのかを各所で確認。新ルールのもとで自分たちのスタイルを貫く手立てを、先んじで編み出した。

各強豪クラブが対策に苦慮したルール改正から、約3年の月日が流れた。サンウルブズのジャパン組プロップである三上正貴は、強豪国のルールへの理解度をこう警戒する。

「ルールが変わった瞬間は、(強豪国代表に対し)付け込む隙はあった。力は強くても、その強さがまとまっていないところがあって。ただ、それが何年か経って、力を発揮させやすいようになっている。(相手はサンウルブズより)一緒にやっている期間も長い。ワールドカップを終えて向こうも(各チームにとっての)いい組み方を考えていて、練習試合で試したり、しのぎ合ったりしてきたと思う」

分析内容を上手く活用したり、ルールへの対応策をすぐに作り上げられるコーチは、何もボースヴィックとダルマゾ以外にも存在する。ただ、サンウルブズのスタッフは急造のタスクフォースだ。ハメットヘッドコーチも開幕後に「選手を吟味している段階」と言わざるを得ない状況だ。セットプレーの熟練指導者と契約する時間など、用意されていなかった。

試合終盤に重ねる反則の背景にも、準備時間の不足は横たわっている。接点でのプレーの判定は、その日の担当レフリーやその時々の状況で多少の誤差が生じる。そんななかハメットは「新しいチームは、レフリーに味方をしてもらえないこともある」と証言している。

老舗のライバルチームがレフリーを「味方」にしているかは未知数だ。ただ、レフリーと最低限のコミュニケーションを取ってきているのは確かだ。

現神戸製鋼ヘッドコーチのアルスター・クッツェーは、かつてストマーズを率いていた頃にしばし「一席」を設けた。当時のキャプテンだったスカルク・バーガーと、どうも馬の合わないレフリーを同じテーブルに呼び、腹を割って話し合わせた。「お客様が観る試合というプロダクトを成立させるためには、キャプテンとレフリーのコミュニケーションは大事です」と笑って振り返った。

なおジョーンズ率いる日本代表も、歴史的勝利を挙げた南アフリカ代表戦のレフリーを直前の長期合宿に呼び寄せている。当時のキャプテンだったリーチ マイケルは、「俺がよく取られる反則の理由も聞けた」と喜んでいた。

改めて「自分にベクトル」

むろん、ジャパンとサンウルブズの差異は、サンウルブズの選手にとっては端からわかりきっていたことではある。求められるは、堀江の言う「自分にベクトル向けて」の心意気だ。

プロップの浅原拓真は「チームもどんどんスクラムにフォーカスするようになっていて、後ろの選手がしっかり押してくれる」と顔をほころばせる。第4節でぶつかったレベルズもスクラムワークに定評があったが、浅原は負けなかった。東芝で一緒に組んでいる大野に真後ろから支えられ、膝を落とし、相手の左プロップの押し込みを耐えに耐えた。

サンウルブズは開幕節で敗れてから、ジャパンがダルマゾとおこなっていたスクラム練習を始めていた。

「1、2、3」

「1」の際に腰を落とし、「2、3」の際は決められた方向へ足を運ぶ…。本番で足場が乱れても、低い姿勢での一体感を保つのが目的だ。三上はこう言葉を足す。

「いままでは敵がどうこう以前に、プレッシャーを受けた時に自分たちの姿勢が崩れてしまっている。まず、僕らがチームとしてまとまる練習をしていきます」

ラインアウトについては、「自分たちの持っているもののクオリティを上げるしかない」と大野は言う。さらに遠征に行かないメンバーは、それぞれの拠点でチームに渡されたフィットネスメニューをこなすこととなった。持久力強化の成果は、継続した先に現れる。遠征に帯同もブルズ戦はメンバー外だった木津は、「南アフリカでの試合に向け、きっちり走り込んでくれと言われています」と言った。

某日。練習後のロッカールームで、大音量のBGMと歌声が響いた。

フィロ・ティアティアアシスタントコーチが、チームのフォワード陣が団結するための「フォワードソング」の作成を提案。選手が賛同した。

どの国の出身者も口にしやすいフォークダンスの定番曲「オクラホマミキサー」をベースに、オリジナルで作った詞をローマ字でカードにまとめた。4月1日、ポートエリザベスでの第6節では同じく新興チームのキングスとぶつかる。凱歌は、奏でられるだろうか。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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