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大学選手権7連覇中の帝京大学、元部員の事件報道を考える。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
古豪人気に押されながら、徐々にファンも獲得。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ラグビーの大学選手権で7連覇中の帝京大学が、週刊誌上を賑わせた。

6月6日に発売された「週刊現代」によるとこうだ。

今年の3月31日に当時3年生部員だった青年が帰省中、自動車の無免許運転による追突事故を起こした。部員の父親が「ケジメ」として学校およびクラブに退部届と退学届けを提出。クラブは5月中旬になって、ようやく加盟する関東ラグビー協会に一連の事件について報告した。そのタイムラグについて取材をかけた記者に向け、岩出雅之監督は「(収監中の)本人は話もできてない」など、なかなか報告に至らなかった背景を語っている。

また記事では、「日本ラグビー協会幹部」が「対外試合自粛、公式戦出場停止にまで処分が及ぶ可能性も」とコメントしている。岩出監督が「人間教育」を謳っていながら、帝京大学から代表チーム(各年代別代表も含まれるか)に招集された選手の「非常識な行状」があったなどという物騒な談話もある。

チームは5日、奈良県天理市で天理大学と練習試合をおこない、雑誌が出た6日はオフ。7日に練習を再開する。

現場の言い分を直接聞いていない以上、記事の事実関係が正しいかどうかさえも断定できまい。記事が指摘している事件発生から報告までのタイムラグについても、同じである。

しかしこの時点で、帝京大学ラグビー部というチームの歴史や、この国のメディアリテラシーについて考えることならできる。記事にあった要素をもとに着眼点を整理する。

「コメント」の恐怖。

メディア関係者が他のメディアの仕事ぶりに口を出すのは、ご法度だろう。とはいえ週刊誌のコメントを読み解くには、いくつかのハードルを乗り越えなければならないのは確かだ。

ひとつの記事を複数人で作るシステムがそうさせるのか。伝えた話が本来の真意や事実認識と異なる形で構成された経験に困惑する関係者は決して少なくない。なかには生真面目に作られた原稿もあるので一概には言えないが、多くの関係者談話とは一定の距離感で接する必要がある。

もし発言内容がそのまま掲載されているものだったとしても、匿名の談話である以上はその発言の背景は不明瞭だ。

結果を出し続ける人ほど、全面肯定されやすくなる。そこに反対意見を持つ者は、鬱屈とした気持ちを抱えるだろう。かような人物が今度のような件で談話を求められれば、その鬱屈とした気持ちは一気に爆発する。こういう時に何も言われない、指摘されない組織は、よほどの聖人君子の集まりである。

帝京大学の強さの背景

帝京大学ラグビー部は、岩出監督の勝利への執念の結晶でもある。

試合当日のレフリングの傾向や突然の主力選手の怪我など、コントロールしえない要素に屈せず戦えるよう、グラウンド内外で多角度的な準備がなされてきた。

徐々に拡大したウェイトトレーニング施設と大学と連携した医療、栄養の指導をフルに活かすべく、誠実な態度で練習をする資質も重視。その延長線上で「挨拶は次に繋がる行為だよな」など、記事上で「人間教育」と書かれるような指導にもこだわった。指揮官自ら、チームの最大の魅力を「誠実であること」と語ったことがある。4年生が率先して、面倒なことに取り組む。

以下、いわゆる「不動の地位」を確立した後の岩出監督の談話だ。

「もう、挨拶をしろなんて言ったことはない。一番のロールモデルは、尊敬できる先輩だから」

講演や取材の場で、岩出監督は「学生を幸せにしたい」と強調する。試合出場時間に関わらず、部員の就職活動も手助け。卒業後もラグビーで身を立てる選手へもオーダーメイドのまなざしを向ける。1年時からウイングでレギュラーとなった尾崎晟也を3年目の今春からフルバックに転向したが、それは社会人チームの採用担当者に「使い勝手がよさそうだ」と印象付けるためでもある。

常勝集団となったいま、その練習を覗いた者は驚くだろう。「集合!」と呼ばれた直後のスピードに。3軍以下のチームの練習のテンポのよさに。セッションの合間に行われる3名程度のグループによる密な話し合いに。誰が出場しても高質なプレーが保たれる選手層の厚さは、テレビ映像を通してもわかる。

「人間教育」の実相

記事でカッコつきで説明された「人間教育」そのものにも、偽りはあるまい。

森田佳寿。3連覇時のキャプテンでいまは東芝で同じ役割を果たす司令塔は、昨冬、練習場からクラブハウスに帰る折、足元のごみを順に拾い集めていた。その姿を追いかけていた取材記者が1人だけだったことなどを鑑みても、自分を良く見せるためのポーズとは考えにくい。そもそも東芝内でも、森田は真面目さと聡明さを買われていた。キャプテンを任されたのは、レギュラー定着前の2014年度からだ。

NEC入りが叶った5連覇時の4年生、大和田立は、スーパーサブの立ち位置だった大学4年時、いつもトイレやクラブハウス周辺の通路を掃除していた。

その意味では、今度の記事であった「非常識な行状」が誰の何を指すのかは不明だ。

少なくとも筆者の手元には、著しい規律違反で代表離脱を命じられた選手がいたという情報はない。ちなみに昨秋のワールドカップイングランド大会時の日本代表に、連覇が始まってから帝京大学に入ったOBは1人もいない。

もし、周囲を慮る資質が欠落したために年代別代表から外れた選手の1人や2人がいたとしても、そこは20歳前後の若者だ。世界中のスポーツチームを見渡せば、決して珍しい話ではなかろう。

高校時代からその名を馳せた他大学出身のあるトップリーガーは、「高校1、2年の時は少し天狗になっていたところもあったけど、いまはラグビーができることに純粋に感謝している」と話したことがある。

本当の勝負はこれから

この国のラグビー界の歴史上、ひとつの大会で8連覇以上を果たしたチームはひとつもない。帝京大学の本当の勝負は、ここから、ということか。

日本には何かと連帯責任を問う風潮があるが、ラグビーの指導者や部員からラグビーを取り上げて世間にもたらすものは限られている。詳細は省くが、それは学生ラグビー界の歴史に証明されている。

今度の事件がもし事実だったとしても、そこで問われるべきは、事件を起こした当事者の想像力や思慮の問題のみだ。

快勝続きだった今季の春季大会では、肉弾戦で相手を引きはがす動作や攻守逆転時のスムーズな連動が光った。大敗した側は、すべきプレーの徹底のされ方に舌を巻いていた。勝った側は、「同じ画が見えている」「何をするかを理解している」を強調した。いずれの境地も、一朝一夕ではたどり着かない「積み重ね」の結果である。

頂点に立つ何年も前からの「積み重ね」が、まさかたったひとつの出来事で崩壊するわけはあるまい。ただただ完敗してきたライバルのためにも、崩壊してもなるまい。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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