Yahoo!ニュース

先生を「好きになってしまった」エースの話。石見智翠館高、2季連続全国4強へ…。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
花園ラグビー場。第1グラウンドバックスタンド裏のうどんが名物。(写真:アフロスポーツ)

生駒山からは冷たい風が降りてきて、青い空からは白い光が注がれる。大阪の東大阪市花園ラグビー場の芝の上では、元日から全国高校ラグビー大会の3回戦がおこなわれていた。「ノーサイドです」という場内アナウンスがこだまするなか、涙が一粒ずつ落ちては消える。

第1グラウンド開催試合の3つ目では、島根・石見智翠館高校が登場した。

前年度にクラブ史上初の4強入りを果たし、今回もシード校として2回戦から参戦。群馬県の東京農大第二高校を39-0と完封するなど、堅守が光る。身体を張る。

安藤哲治監督は、記者との問答を通してこう語る。

「実際のところは、毎日バチバチ(身体を当てる練習)とはやっていない。大会期間中に1対1の当たりをやるんですが、その時も皆、嫌がるんです。テンションも上がらず。ただ、花園くらいの時期にはとそう(しっかりとタックルし続けられるように)仕上がってくる。伝統と言いますか…」

ちなみに安藤監督は、コーチから昇格して16年目の指揮官である。いまは広島・尾道高校へ移った梅本勝前監督の熱血指導をサポートし、いざ自身がボスとなるや、選手へのアプローチ方法を試行錯誤。そこにいる1人ひとりの心を注視した先で、懸命に働く組織を作る。

穏やかな語り口は続く。

「シードクラスのチームとは(対外試合を)やっていまして、そういう相手にディフェンスで圧力を与え続けられた。今年のチームには、その、自信があるとは思いますね…」

3回戦では、兵庫・報徳学園とつばぜり合いを演じた。12―7とリードして前半を折り返しながら、後半5分には同点に追いつかれる。一進一退の攻防を経て20、23分と加点も、試合終了間際にはスコアを24―12から24―19と縮められた。

心境やいかに。そう問われた安藤監督は、ここまでの歩みに基づく実感を述べた。

「まぁ、ヒヤッとはしましたけども、向こうの足も止まっていましたので、それほど焦りはしなかったです。やってくれるかな、と。ベスト8を越えられなかった時代だと、ここで不安になったのでしょうけど、やっと近年はその壁を越えてこれた…。自信には繋がっているのだと思います」

チームはそのまま逃げ切り、8強入りを決めていた。

エースとボスの物語

2009年に「江の川高校」から現校名となった石見智翠館高校では、大阪などからやって来た選手が寮で生活。今季も、『ラグビーマガジン 2月号』の付録である「全国高校大会完全ガイド」に載った25名すべてが県外出身者だ。安藤監督が各地の中学生の大会に足を運び、丹念に声をかけてきた。

越境戦士の集団におけるいまのエースは、ウイングの仁熊秀斗だ。身長173センチ、体重77キロ。大柄ではないが、強気のランで相手防御に亀裂を入れる。走り切る。兵庫の報徳学園高校戦でも、後半の2トライをマークしていた。

「相手の陣形、スペースを常に見続けて、チャンスがあれば仲間に伝えて、早くボールを回してもらうようにしています」

スピードやランニングスキルに定評がありながら、それを活かすための目配り、声掛けにも意識を傾ける。2016年は20歳以下7人制日本代表にも名を連ねた。

岡山ジュニアラグビースクール出身。安藤監督と出会ったのは、中学2年の頃の関西地区での大会中だった。大きく外へ弧を描くような仁熊のランニングに、指揮官が惚れた。「面白い走りをするなぁ」。すぐに声をかけ、何としても一緒にラグビーがしたいのだと伝えた。

間もなく中学ラグビー界でその名を知らしめた仁熊のもとへは、他にもスカウトの声が届いた。それでも最初に声をかけた安藤監督が、この大器を預かることとなった。

背景には、誘った側の情熱があった。以下、仁熊本人の弁だ。

「やっぱり、安藤先生の強い気持ちというか、そういうので、好きになってしまったので」

中学生の男子が、まだ直接指導を受けたことのない男性教諭を「好きになってしまった」。人のハートが人のハートを掴むという、どこまでもシンプルな人間の繋がりがそこにはあった。

いったいなぜ、このような関係が生まれたのか。それを第三者が知るには、相応の時間や労力や想像力が求められよう。

確かなことは、ふたつだ。ひとつは、仁熊が当時を思い返して「人を思いやるところ、熱い言葉に対して(惹かれた)」と話していたこと。もうひとつは、その言葉を伝え聞いた安藤監督が照れたようにこう応じたことだ。

「そうですか…。あまり記憶はないですが、まぁ、褒めちぎったようなことは覚えていますけども。はい」

僕が嫌われても

仁熊は3年生の今季、副将を務める。「あまり細かいことを言われたくないような感じもする」と言って見守る安藤監督は、この人の気質を「一言で表すと、俺様、ですね」と笑いながら評す。

「でも、今年はリーダーとしていろいろなことに気遣いながら、皆の前で声も出しています。キツいことも言うんですが、そのことで自分にプレッシャーをかけるようなキャラかな、と思います。周りにも言いますけど、その分、やる奴なんですよね」

当の本人も認める。

「勝つために、チームをいい方向に持っていく。僕が嫌われても、それでチームが勝ったら、皆はついて来てくれる。大会中に成長していけたらと思います」

1年時からレギュラーを張り、他の同級生よりも多くの悔しい負けを直に経験してきた。だからこそ、1日でも長く仲間と一緒にプレーするためには一時的に「嫌われても」いいのだという。覚悟する青年。その背後には、「好きになってしまった」という安藤監督がじっと立っている。

1月3日の準々決勝では、過去準優勝3回の奈良・御所実業高校とぶつかる。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

すぐ人に話したくなるラグビー余話

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

有力選手やコーチのエピソードから、知る人ぞ知るあの人のインタビューまで。「ラグビーが好きでよかった」と思える話を伝えます。仕事や学業に置き換えられる話もある、かもしれません。もちろん、いわゆる「書くべきこと」からも逃げません。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

向風見也の最近の記事