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恋と革命、インターネットと音楽産業、そしてアーバンギャルド

宗像明将音楽評論家
「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり~いつ病むの?今でしょ!アンコール~」

混沌としたTwitterのタイムラインのようなライヴ

2013年4月20日、アーバンギャルドのワンマンライヴ「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり~いつ病むの?今でしょ!アンコール~」が渋谷CLUB QUATTROで開催された。この長いタイトルのライヴは、3月に名古屋、大阪、東京で開催された「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり2013」が満員御礼だったために急遽開催が決まったアンコール公演だ。オープニングで流れたのも「鬱だ一番!アーバンギャルド音頭」という気の早い五月病ぶりだった。

そうしたブラックなユーモアゆえに、アーバンギャルドは誤解されがちなバンドだ。たしかに初めてこのライヴを見た人は、満員の会場で水玉の旗が振られている光景に驚いたかもしれない。そうした表層だけ見ると奇をてらっているバンドのようだが、たとえばヴォーカルの浜崎容子がその歌唱力と艶やかな歌声をもって歌った「生まれてみたい」のストレートな美しさを耳にしたとき、それは誤解であると気づくはずだ。アーバンギャルドは「トラウマテクノポップ」という看板を掲げているが、実際にはその音楽はすでにテクノポップという枠組の中にもとどまっていない。

とはいえ、ギターの瀬々信、キーボードの谷地村啓、ドラムの鍵山喬一が赤いつなぎにサングラスで登場したときにはクラフトワークやディーヴォを連想した。かと思うと、「病めるアイドル」では曲名通りにアイドルのライヴのようなMIXとコールが起きるし、「ベビーブーム」ではヴォーカルの松永天馬がフロアに降りて、ステージに戻ったかと思えば「近藤向かってこい!」と叫びながら避妊具を投げる。

この日、突然金髪になってファンを驚かせた松永天馬は「メディア・アクティビストを目指します!」と金髪のジャーナリストである津田大介のネタを入れたほか、前日に報じられたニコニコ動画の「歌い手」の逮捕事件のネタも入れるなど、Twitterのタイムラインから素早く取り入れたかのような話題を随所に挿入していた。そう、アーバンギャルドのライヴは、ツイートやRTによって混沌としたタイムラインのようなのだ。

かと思えば、「u星より愛をこめて」は谷地村啓による流麗なピアノ・ソロで幕を開け、ロックバラードの「粉の女」、電子音の向こうに渋谷系の影響を感じさせる「コマーシャルソング」、疾走感に満ちた「四月戦争」と、終盤はツイン・ヴォーカルとバンド演奏の強みを押し出した楽曲で正攻法のステージを展開。二部構成のライヴのうち、一部の本編はここで終わった。

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(写真:松村サキ)

一部と二部の転換の間には、CDに収録するために「ももいろクロニクル」の合唱部分の録音が行われた。その光景にふと思い出したのは、ムーンライダーズがライヴで「月面讃歌」のコーラス部分を観客に歌わせて録音した光景だ。ちょうど15年前の1998年4月、日清パワーステーションでのことだ。

二部では、「鬱だ一番!アーバンギャルド音頭」をメンバーが交互に歌ったり、浜崎容子が「ベビーブーム」の歌詞を自分の愛猫に置き換えた「キャットブーム」を歌ったりと、アットホームな雰囲気に。かと思うと、ライヴで歌うのは珍しい「ヌーヴォーロマン」や「オペラ・オペラシオネル」も披露。そして、SPANK HAPPYの「普通の恋」のカヴァーも演奏された。この楽曲は3月23日の「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり2013」東京公演の二部で行われたカヴァー大会でも演奏されており、そのときに他にカヴァーされた楽曲は、ムーンライダーズの「スカーレットの誓い」、戸川純の「玉姫様」、P-MODELの「美術館で会った人だろ」など。アーバンギャルドのルーツを明快に示す選曲だった。

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(写真:松村サキ)

音楽配信や音楽産業への独自のスタンス

そしてこの日、ふたつの発表があった。ひとつは、松永天馬が4月25日発売の「SFマガジン」6月号に掲載される「死んでれら、灰をかぶれ」で作家デビューすること。もうひとつは、ベスト・アルバム「恋と革命とアーバンギャルド」が6月19日に発売され、7月から全国ツアーが始まることだ。浜崎容子がアーバンギャルドの歌姫となって初めてのアルバムだった2008年の「少女は二度死ぬ」から5年、遂にアーバンギャルドはその歴史を総括するという。

私がアーバンギャルドというバンドに注目してきた理由としては、その楽曲や音楽性、パフォーマンスはもちろんのこと、音楽配信や音楽産業に対する独自のスタンスも大きい。そもそも松永天馬が「映像を作りたい」という理由で結成したアーバンギャルドは、そのビデオ・クリップの多くをYouTubeで公開してきた。そしてファンに対してさえ「応援を目的とするならバンド側が動画の削除を要請しない」というスタンスを示してきたのだ。サービスを終了した音楽配信サイト・mF247では、彼らの代表曲のひとつとなる「水玉病」が2008年から無料ダウンロード可能になっていた。

インターネットを駆使してインディーズでセールスを伸ばしてきた彼らが、2011年に「スカート革命」でユニバーサルJからメジャー・デビューすることを発表したときには大きな波紋を呼んだ。メジャー・レーベルの意義さえ問われるこの時代に、彼らはあえてメジャーへと歩を進めるのか……と私も驚いた。それと同時に、まだ見ぬ世界へと向かおうとするアーバンギャルドの決意も感じたものだった。彼らの活動は、インターネットがインフラと化した21世紀において、自分たちの音楽を届ける方法を模索してきたバンドたちの中でも成功例のひとつだったのだ。

その彼らが、新曲や既発曲のリミックスを含めたベスト盤をリリースしようとしている。しかも新曲である「都会のアリス」と「初恋地獄篇」のプロデュースは佐久間正英が担当。四人囃子やプラスチックスといった日本のロック史に残るバンドのメンバーを経て、GLAYなど数々のミュージシャンをプロデュースしてきた大御所だ。

そして、アルバム・タイトルとしてステージ上で連呼される「革命」という言葉を聞きながら、私はちょうど数列前にいたミュージシャンのPANTAはどんな気持ちでそれを聞いているのだろうか、とも考えた。彼のバンド・頭脳警察は、1972年に発売中止になった「頭脳警察1」に「赤軍兵士の詩」という楽曲が収録されていたように、まさに「革命」が夢見られていた時代に生まれたバンドだ。アーバンギャルドには「あたま山荘事件」という楽曲が存在するが、そのモチーフとなった連合赤軍によるあさま山荘事件も1972年に発生している。

冒頭で「アーバンギャルドは誤解されがちなバンドだ」と書いたが、彼らの表現は悪ふざけと思われがちながら、実際には生真面目でときにポリティカルでもある。2012年にリリースされたアルバム「ガイガーカウンターカルチャー」が、タイトルからして社会性を帯びているように。常に時事への批評性を持つバンドであると同時に、すべてを相対化してしまうノンポリよりは一歩踏み出している――そんなバンドなのだ。

そして「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり~いつ病むの?今でしょ!アンコール~」では、前述したような松永天馬の金髪化のほか、浜崎容子が黒や白の洒落たワンピースを細身の身体で着こなしていたのも印象的だった。

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(写真:松村サキ)

アーバンギャルドは、かつてYahoo!ミュージックの企画によるオーディション「WHO'S NEXT?」にエントリーされた際は「童貞処女日本代表」なるタスキをかけていたし、その後も長らく少女性のアイコンとして浜崎容子はセーラー服を着ていた。ところが、Perfumeなどを手がけてきた内澤研がスタイリングを手掛けた今回のステージからはそれが消えた。アーバンギャルドの代表曲のひとつに「セーラー服を脱がないで」という楽曲があるが、それを自ら脱ぐ日が来たのだ。

音楽雑誌の批評では、アーバンギャルドの楽曲のテーマがさも一発ネタであるかのような言われ方をすることもある。いやいや、彼らが何年この時事への批評的な表現を続けてきたと思っているのだ。その一方で、「鬱だ一番!アーバンギャルドまつり~いつ病むの?今でしょ!アンコール~」では「いつやるの?今でしょ!」という流行のネタもしつこいほど多用されていた。それは、表現の場に立つ刹那に常に強い光を当てようとするアーバンギャルドらしいとも感じられた。

過去と現在が交錯する場所である「恋と革命とアーバンギャルド」で、アーバンギャルドはこれまでになかった表情を見せるはずだ。そのヴィジュアルが、これまでの彼らにはなかったようなものであるのと同じように。「恋と革命とアーバンギャルド」は、インターネットが普及しきった時代を乗りこなしてきたアーバンギャルドの音楽活動の集大成であり、同時に今後の彼らの動向にも目が離せない。なぜなら、そこにインターネット以降の音楽産業の行く末のひとつの回答がアーバンギャルドを通じて示されるはずだからだ。

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音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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