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ヒラリー・クリントンの対IS戦略によってもたらされる変化

室橋祐貴日本若者協議会代表理事
(写真:ロイター/アフロ)

過激な発言が続く共和党候補トランプ氏、民主党候補で若者からの支持を集める民主社会主義者サンダース氏が注目を集める米大統領選であるが、現実的に大統領に最も近いのはヒラリー・クリントン氏で間違いないだろう。予測市場では55%の確率でクリントン氏が大統領になるとされている。

2016年米大統領予測
2016年米大統領予測

出典:http://predictwise.com/politics/2016-president-winner/

しかし、クリントン氏も私用メールの使用スキャンダルばかりが注目を集め、あまり政策に目が向けられていないが、昨年11月19日に行われたイベントでテロ対策について語っており、その内容を紹介したい。

クリントン氏は、イラク開戦を支持し、国務長官時代もアフガニスタンへの増派を支持するなどタカ派として知られている。このイベントは11月13日のパリ同時多発テロ後に行われたもので、約1時間にわたり、スピーチとCNNのザカリア氏との質疑応答を行っている。

それでは今後の米国の外交政策を考える上で重要な部分を見ていきたい。

「封じ込めではなく破壊を」

過去にイラク開戦支持は「明らかに間違いだった」と述べているが、そのタカ派姿勢は今も変わらないことがわかる。

大胆な野望を掲げるISISは、大規模かつ能力を備えた集団だ。我々はこの集団の勢いを食い止め、背骨を折らなければならない。我々の目的をISISの抑止や封じ込めではなく、彼らを打倒し、破壊することに据える必要がある。

出典:Hillary Clinton on National Security and the Islamic State

具体的戦略としては下記のように考えている。

シリアとイラクを中心とする中東地域でのISISの打倒、テロリストの流入、テロ資金、プロパガンダなどテロインフラの破壊、内外の脅威に対するアメリカと同盟諸国の防衛体制の強化

出典:Hillary Clinton on National Security and the Islamic State

また、「同盟諸国の爆撃機の数を増やし、空爆の回数、ターゲットの幅を広げるべきだ。」だとも述べている。

一方、地上軍に関しては否定的でこう主張している。

オバマ大統領同様に、私も10万の米軍部隊を中東に派遣すべきだとは考えていないし、そうするのはアメリカにとっても賢明な判断ではないだろう。イラクとアフガニスタンでの15年に及んだ戦争の教訓とは、現地の社会を守るのは現地の人々と国でなければならないということだ。

出典:Hillary Clinton on National Security and the Islamic State

そして現地の部族との連携が欠かせないと語る。

より多くのスンニ派部族がISISとの戦いに参加しない限り、イラクでの地上戦は成功しない。「自分たちが国への影響力を持ち、ISISとの対決状況の中で自分たちの治安を守る戦闘能力に自信を持てない限り」スンニ派部族が立ち上がることないだろう。

出典:Hillary Clinton on National Security and the Islamic State

また、スンニ派部族に関する過去の成功事例、現在の困難さについても触れている。

2007年の「スンニ派の覚醒」の際には、我々はスンニ派部族を安心させる十分な支援を提供し、彼らをアルカイダとの戦いに向かわせることができた。残念なことに、その後、マリキ首相がスンニ派を排除する宗派政治を行ったために、スンニ派部族は裏切られたと感じている。

出典:Hillary Clinton on National Security and the Islamic State

さらに、アサド政権を止めるべく、「オバマ大統領が承認している米特殊部隊のシリアへの派遣を直ちに実施すべき」、「アサドがこれ以上民間人や反体制派を空爆で殺戮するのを阻止するために、反ISIS有志連合のパートナーや近隣諸国とともに飛行禁止空域を設定すべきだ。」と述べた。

以上がスピーチの内容だ。基本的な路線としてはオバマ大統領と同じだが、その拡大、新しい取り組みも主張している。

では、このクリントン氏の対IS戦略によって、どういう変化がもたらされるだろうか。

ベストシナリオはスンニ派部族との協力体制構築

今回のスピーチ内容で最も重要なのは「より多くのスンニ派部族がISISとの戦いに参加しない限り、イラクでの地上戦は成功しない。」の部分であろう。なぜなら、ISISがイラクで台頭し、シリアへの勢力を拡大できたのは、イラクのマリキ元首相がスンニ派を冷遇し、シリアではアサド政権がスンニ派を弾圧したからだ。スンニ派部族、旧バース党勢力などかつてのイラク増派策の際に米軍と同盟関係にあった勢力が、現在ISISを支援している。当然、ISISを弱体化させるにはスンニ派部族の協力が必要になる。しかし、クリントン氏も述べている通り、スンニ派部族は裏切られたと感じており、そう簡単にはいかないだろう。クルド自治政府同様に、スンニ派部族に自治権を認め、米軍が安全を確保するなど、ISISと戦うインセンティブを提供する必要がある。

ワーストシナリオはイラン・ロシアの勢力拡大

一方、ISISをシリア・イラクから追い出すために、米軍などの空爆がイランの影響下にある武装集団を後方支援するような形になる可能性もある。イランとロシアはアサド政権の継続という目的で合致している。ロシアがアサド政権を支援する理由は東地中海で唯一のタルトゥース海軍基地を守るためだ。

また、シーア派であるイランがイラクで影響力を増せば、スンニ派部族、旧バース党勢力がさらにISISを支援する可能性も高い。そしてイランの勢力が拡大すれば、サウジアラビアがさらに過剰に反応するようになる。そうなれば中東はさらに不安定化していくだろう。クリントン氏の発言にはなかったが、対IS戦略を考える時に同時に考えなければいけないのが対イラン戦略だ。米国は対話路線のロウハニ政権を攻め立てようとはしないだろうが、黙認すればサウジがより強硬な態度をとる。WSJはオバマ政権はサウジを守るべきだとしたが、現時点では、(自らの成果として)イランに核合意内容を順守してもらいたいオバマ大統領はイランの方を重視しているように見える。一方、クリントン氏は「イランを全く信用していない」と発言しており、大統領が変われば態度も変わるかもしれない。ただどちらにせよ、米国が難しい立場にあることに変わりはない。

日本は安全保障での協力を求められる

もちろんこれは日本にとっても関係ないことではない。原油価格にも影響を与えるが、米国は財政赤字を拡大させないよう軍事予算の削減を進めている。つまり、(誰が大統領になろうと)他国に強く介入を求めることになるだろう。日本の場合は、中東ではなく南シナ海など対中国もしくは対北朝鮮である可能性が高いが、それでも安全保障での協力を求められることは間違いない。その時に国民として賛成・反対の意思表示をできるよう今のうちから中東情勢を見ておく必要はあるだろう。

日本若者協議会代表理事

1988年、神奈川県生まれ。若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。同大政策・メディア研究科中退。大学在学中からITスタートアップ立ち上げ、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。文部科学省「高等教育の修学支援新制度在り方検討会議」委員。著書に『子ども若者抑圧社会・日本 社会を変える民主主義とは何か』(光文社新書)など。 yukimurohashi0@gmail.com

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