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アフガニスタン撤退をめぐる英国的「後始末のつけ方」(2)

六辻彰二国際政治学者

「負け勝負のなかで負けきらない」外交とは

ところで、この状況下で英国政府がただアフガニスタンから撤退するだけでなく、アフガニスタン政府、パキスタン政府、さらにタリバンに会合を呼びかけ、和平合意の実現を模索することには、どんな意味があるのでしょうか。これには、大きく2つの解釈ができると思います。

第一に、荒廃したアフガニスタンの和平合意をプロモートすることで、ISAF撤退後のこの地域における安定のお膳立てし、ひいては英国の外交的立場を保つという見方です。ISAFの任務完了が規定路線化されているとはいえ、新生アフガニスタンの軍や警察は錬度や装備がいまだ充分でなく、現在もタリバンによるテロ活動が横行しています。さらに、政権崩壊後のタリバンは「古巣」パキスタン国境付近での活動を中心にしていますが、パキスタン国内でも「反イスラーム的」とみなされた個人が襲撃されるなど、そのテロ活動に広がりがみられます。昨年10月には、女子教育の重要性を訴えていた14歳の少女がタリバンに銃撃されています。このような状況下で後始末をつけずに撤退することは、早期撤退を求める国内世論はともかく、さすがに国際的な立場にかかわります。

一方で、支配した地域が支配しきれなくなったとき、交渉に持ち込んで形式的には円満解決を演出し、そのうえで引き上げるのは英国の十八番でもありました。先述のように、20世紀の初頭、英国は保護国アフガニスタンからの攻撃を受け、その独立を容認せざるを得なくなりました。しかし、近代以降、植民地帝国・英国が本格的な武力衝突の結果として独立を認めたケースは米国やアフガニスタンなど少数派で、ほとんどの場合は、カナダ、オーストラリア、エジプト、インド、(イスラーム革命以前の)イラン、南アフリカをはじめとする多くのアフリカ諸国のように、支配し続けることが困難になったとき、(散発的な武力衝突はあったとしても)交渉を重ね、影響力を残す形で独立を認めてきました。だからこそ、旧植民地の多くが、いまだに英連邦(Commonwealth)にとどまり、緩やかな結びつきを保っているのです。すなわち、ベトナムに象徴されるように、「勝つことに熱心だから勝ち方は非常に上手だが、逆に負け方は非常に下手」と揶揄される米国と異なり、英国は負ける際にも最低限の利得と立場を保持する、しぶとい外交を行ってきたのです。

この観点からすれば、今回の三者会合は、テロ活動が続くなかでのアフガニスタン撤退という事実上の負け戦のなかでも、当事者同士の交渉の場をセッティングすることで、撤退後もこの地域に独自の立場を保つための工作、と捉えられます。いわば、「昔とったきねづか」といったところです。一刻も早くアフガニスタンから撤退したいという姿勢をにじませる米国・オバマ政権もドーハでタリバンとの秘密協議を進めてきましたが、米国-タリバンの二者交渉は、「蚊帳の外に置かれる」という懸念から、カルザイ大統領が反対し、目立った進捗がありませんでした。これと比較すると、アフガニスタン政府だけでなく、関係の深いパキスタン政府をも巻き込んでタリバンとの交渉を進めることは、仮に合意が形成されれば、より実効性の高いものになると期待されると同時に、英国政府にとって内外の批判的な声を抑え、その国際的な立場を保つことができるとみられるのです。

「アリバイ工作」?

しかし、実際にはタリバンが出席していないため、今のところ協議は空振りです。ここから第二の見方、つまり‐第一の見方の裏返しになりますが‐一種の「アリバイ工作」という解釈が出てきます。言い換えれば、タリバンが出席せず、協議が実質的に進まないことを織り込み済みで、しかし「アフガン和平のために英国はこれだけ尽力した」というアピールを内外にした、という見方です。

タリバンのようなテロ組織あるいは武装勢力を相手にした交渉は、国家・政府を相手にするものと比べて、より困難です。まず、国家・政府の場合、「国家の独立・主権を存続させる」ことが大前提になるので、実際の交渉においては、核心的利益を守るためにある程度の妥協を重ねることが一般的です。ところが「イスラーム国家を樹立する」といった大目標があるタリバンのような組織の場合、それを損なう妥協はしにくくなります。生産的な利益のために妥協できるか、できないかはリーダーシップによるところが大きいわけですが、今日のテロ組織、武装勢力では、上意下達の近代的な軍隊と異なり、指導者(タリバンの場合はオマル師)の指示・命令が逐一実施されるわけでありません。タリバンの場合も、「イスラームの地としてのアフガニスタンから外国勢力を追い出す」点は共有していても、末端は地域や血縁で結びつき、それぞれ半ば自前で武装活動を行っている、小さな勢力の集まりです。つまり、一つの大企業ではなく、零細企業が共通の目標のためにコラボしているようなものです。そのなかでは、いかに指導者が妥協を決意したとしても、その方針が即座に隅々にまで行き渡ることは困難です。実際、タリバンの内部には米国との秘密協議に反対する強硬派があり、これがアルカイダとの連携を深め、より過激な武装活動に向かっているといわれます。

テロ組織との交渉の難しさも、タリバンの事情についても、英国政府は熟知しているはずです。にもかかわらず、「6ヶ月」という短期間の目標を掲げたことは、努力目標としてはいいかもしれませんが、実際にどの程度の実現可能性があるかと考えたとき、首を傾げざるを得ません。

もちろん、可能性としては逆のこともいえます。つまり、敢えて「6ヶ月」という目標を掲げ、ISAF撤退までに和平合意の道筋をつけたいという意思表示を行うことで、タリバン上層部の穏健派に交渉へ向かわせるよう「お尻に火をつけた」という見方です。しかし、これまでに接触を重ね、交渉の気運が温まってきていたならともかく、英国が個別にタリバンと接触していたとは、少なくとも伝えられる範囲では、聞いたことがありません。仮に人的ネットワークを通じた情報収集(ヒューミント)が得意な英国外務省が独自に交渉ルートを開拓していたとしても、ISAF撤退はタリバン強硬派にとって活動を一気に加速させる契機になりえるだけに、上層部の穏健派にとっても武装闘争の停止などを強制することは並大抵でありません。言い換えれば、「『6ヶ月』と時期を区切ることでタリバン上層部が交渉に向かう」と読むことは、「当たり」の出る確率が低い賭けとみられるのです。

アフガン和平交渉にみる英国の立場

2つの解釈のいずれが正しいかは、現段階では判然としません。場合によっては、第一と第二の解釈の半々ということもあり得ます。つまり、「ダメかもしれないけどやってみよう。うまくいかなかった場合でも、損にはならない」というレベルなのかも知れません。

ともあれ、いずれの解釈が正しかったとしても、今回の交渉のセッティングからは、英国自身が独自の立ち位置を模索していることを見て取れます。イラク攻撃にフランス、ドイツが反対して以来、米国と西ヨーロッパの間には不協和音が目立ちます。オバマ政権のもと、米国の安全保障戦略が中国を念頭にアジアシフトしていることも、大西洋同盟の結びつきを弱めています。その一方では、ギリシャ債務危機以降、EUの求心力も低下しつつあります。さらにまた、日本にも共通することですが、新興国の台頭によって、西側先進国の発言力は相対的な低下に直面しています。なかでも、米国とヨーロッパの間をとりもつことで存在感を保ってきた英国は、とりわけその方向性を模索せざるを得ない立場にあります。

米国主導では進展がみられない和平合意に道筋をつける取り組みは、米国との役割分担、言い換えれば「補完」関係とみることも可能です。しかし、以上の理由だけでなく、先述の財政負担や反戦世論といったアフガン作戦にともなうコストに鑑みれば、今回の三者会合からは、今後も米国と二人三脚でやっていく意思表示より、米国といかに対照的な役割を演じられるかに腐心するキャメロン政権の図が浮かんできます。言い換えれば、英国政府は「米国とある程度付き合うが、米国とのコントラストをこれまで以上に鮮明にする」方針に転換しつつあるといえるでしょう。

対テロ戦争の行方

これに加えて、もう一つ確かなことは‐第2の解釈で述べたことに関連しますが‐仮に英国政府、アフガニスタン政府、パキスタン政府に、タリバンを加えた四者会合がスタートしたとしても、協議が相当程度難航するであろうということです。1990年代に西アフリカのシエラレオネやリベリアなどで頻発した、もはや内戦と呼ぶことすらはばかられる虐殺や蛮行の収束にあたっては、国連などの仲介のもとで、主に以下の各点が当事者同士で協議されました。

  • 武力衝突の停止と引き換えに、それまでの武力活動に対する免責を保障する
  • 武装解除と引き換えに、職業訓練など社会復帰のプログラムを提供する
  • 全勢力が参加する選挙を実施する
  • 貧困の撲滅のために、産業の育成、インフラの整備、教育・医療の普及などを政府が責任をもって行う

これらの各点が合意されれば、アフガニスタンでも和平合意が成立すると考えられます。しかし、いずれも一朝一夕にクリアできる課題ではありません。特にタリバンの免責には被害者からの反発があるでしょうが、他方でこれがなければタリバンに武装闘争を停止させることは困難です。また、選挙の実施についても、「議会制民主主義がそもそも欧米的」と言われてしまうと、もはやどうにもなりません。ここに関しては、パレスチナのハマースやエジプトのムスリム同胞団のように、「議会進出を通じたイスラームの価値の実現」の方向にタリバン上層部が舵を切れるかにかかってきますが、その実現可能性は未知数です。また、先述のように、上層部の意思決定が末端まで行き渡るには、少なくとも現状においては、長期間を要するとみたほうがいいでしょう。

アフガン攻撃が始まって、今年の11月で12年目に入ります。その間、「戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのが難しい」ということは一貫して言われてきました。今回の会談の不首尾は、はからずもそれを実証したことになります。とはいえ、軍事力のみで対テロ戦争を遂行できないことは、この11年間が示しています。その意味で、これまでみてきたようにその道のりは険しいと言わざるを得ないのですが、タリバンを巻き込んだ交渉の成否は、中国、シリア、アルジェリア、マリといったイスラーム過激派のネットワークに覆われた他の地域にまで影響を及ぼすものであり、ひいては対テロ戦争全体の行方を占う一つの試金石にもなるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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