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ガザ停戦ー「次は何か」

六辻彰二国際政治学者

イスラエルとパレスチナは8月26日、パレスチナ・ガザ地区での戦闘の即時停止に合意し、即日発効しました。7月8日からの7週間におよぶ、パレスチナ側に2,143名、イスラエル側に69名の死者を出した戦闘が、これによって停止することになったのです。パレスチナ自治政府の責任者アッバス議長は、この停戦が「恒久的」なものと述べており、イスラエルの高官も「無条件かつ無期限」と述べています

パレスチナ問題に関しては、以前にその歴史的展開を述べましたが、現在のパレスチナ自治政府には大きく分けて、世俗派と言っていいファタハと、イスラム主義勢力ハマスの二つの派閥があります。形式的には議会多数派のファタハが主流派で、パレスチナ自治政府の最高責任者アッバス議長はファタハを支持基盤とします。しかし、ハマスはこれに必ずしも従わず、特に以下の2点で、両者には方針に大きな差異があります。

ファタハ

  • 1947年の国連決議でパレスチナ人に割り当てられた土地で「国家」として独立することを目指す
  • そのために、同決議でパレスチナ人のものとされた土地を占領し、国民を入植させてきたイスラエルと交渉を進めようとする

ハマス

  • 国連決議は、そもそもパレスチナ人の意向と関係ないところで議決された
  • 武力で争ってでもイスラエルからパレスチナ全土を取り戻す

今回の戦闘は、パレスチナのなかでもガザ地区で行われました。ガザ地区はハマスが実効支配しています。イスラエルとエジプトに挟まれたガザ地区を拠点に、ハマスは越境攻撃を繰り返してきました。これに対して、イスラエルはガザとの境界にフェンスを構築し、物資や人の出入りを基本的に禁じました。

エジプトでムスリム同胞団系のモルシ政権があった2012年から2013年にかけての間、ガザとエジプトの間では人の往来が増えました。ハマスはもともと、ムスリム同胞団のパレスチナ支部から分裂した組織で、いわば親戚関係にあります。ところが、そのモルシ政権が2013年7月のクーデタで崩壊した後、エジプトの事実上の軍事政権はガザとの間に作られていたトンネルを相次いで埋めていきました。ムスリム同胞団を敵視するエジプト現政権にとっては、ハマスもその同類です。その結果、ガザは本格的に干上がったのです。このなかで、今年6月にイスラエル人入植者の少年3人が殺害され、翌7月にパレスチナ人少年がエルサレム近郊で殺害されたことをきっかけに、双方の武力衝突に発展しました。

今回の停戦合意には、ハマス側が要望していた、イスラエルとの境界にある検問の開放が含まれます。これにより、戦闘の発生以前から極度の困窮状態にあったガザに、人道物資や様々な資材が搬入されることとなります。また、6マイルにまで制限されていたガザ沖の漁業域も拡張されることになっています。さらに、エジプトとの間の検問も開放されます。

ただし、これ以上の内容は、停戦発効から1ヵ月以内に開始される協議のなかで取り上げられることになっています。そのなかには、ハマス側が求めているガザでの空港建設や、イスラエルで逮捕されているパレスチナ人の釈放だけでなく、イスラエル側が求めているハマスの武装解除や、ハマスに拘束されているイスラエル兵の返還も含まれています。しかし、これらの協議はさらに難航するものとみられます。

アッバス議長はテレビ演説のなかで、エジプト政府、カタール政府、米国政府の調停に謝意を述べたうえで、「問題は『次は何か』ということだ」と述べました。つまりアッバス議長は、周辺国や関係国と協議していくなかで、長期的な見通しのたつような交渉をしていくことの重要性を強調したと言えます。

しかし、アッバス議長の発言は、「今回の停戦合意がかなり脆い基盤に乗っている」ことを別の言い方で表現したものと言えます。

英紙ガーディアンの報道によると、停戦の知らせに沸くガザの中心地で行われた会見のなかで、ハマスのスポークスマンは今回の停戦を「我々の勝利」と宣言しました。「イスラエルはガザを従わせることはできなかった」というのです。そのうえで、「我々は人々ともにあり、見捨てることはない」と強調しました。アッバス議長の発言との温度差は明らかです。つまり、穏健派ファタハと異なり、ハマスは戦闘を放棄する意思をもっていないのです。

そもそも、ハマスは1980年代にファタハへの幻滅が広がるなかで、反比例するように勢力を広げた組織です。ファタハがそれまでの武装闘争路線をあきらめ、国際社会の支持のもとでパレスチナ独立に舵を切ったことで穏健化していくなか、「イスラエルによる占領地の支配」という現実に何ら変化が生まれないことへの不満がパレスチナ人に鬱積し、その反動として「イスラエル打倒」を叫ぶハマスへの支持が拡大したのです。いわば、ハマスは「敵」であるイスラエルと戦い続けることが、自らの存立基盤になっているのです。

他方、イスラエル側もやはり、停戦への歓迎一色とは言えません。イスラエル国営放送は、アヴィグドール・リーバーマン外務大臣を含む4名の閣僚が反対するなか、その反論を無視するかたちでネタニヤフ首相が停戦合意に踏み切ったと伝えています。リーバーマン外相は今回の協議に参加した3名の閣僚のうちの一人で、連立与党の一角を占める極右政党「イスラエル我が家」の党首です。イスラエルで「極右」と言った場合、それはユダヤ教保守派であることを意味します。「パレスチナの地を神からユダヤ人が授かった」という旧約聖書の記述から、「人間の都合でパレスチナを分割することは許されない」という立場です。第一党のリクードを含め、右派政党が政権を占める現在のイスラエル政府のなかでは、パレスチナ全土を支配することを当然と捉える向きも少なくないのです。

とはいえ、今回の軍事衝突は、これまでになく世界的な批判を呼びました。ナチスとの歴史的な関係で知られ、これまでイスラエル批判にやや及び腰だった中南米諸国で相次いで反イスラエル抗議デモが発生したことは、示唆的です。いかに宗教的な情熱に突き動かされる側面が大きいとはいえ、北朝鮮のように経済的に多くの国と隔絶し、国内の情報統制を徹底することを選択しない限り、こういった国際的な圧力がイスラエルに及ぼした影響は小さくありません。

その一方で、今回の停戦合意は、イスラエルからみて「最低限の目的を達成した」と判断できる状況があったなかで実現しました。ハマスの指導者3名が殺害された他、一連の軍事作戦により、ハマスが保有する兵器は開戦前の3分の1前後にまで減少したとイスラエル軍がみているといわれます。つまり、当面の軍事的脅威を削減したと国民にアピールする材料はあるのです。その意味で、ネタニヤフ首相にとっても、この辺が今回の「売り時」だったとみていいでしょう。

既に述べたように、パレスチナ、イスラエルの双方に今回の停戦を喜ぶ声があるのは確かですが、その一方で相手に対する敵対心や、相手の存在を抹消することへの願望があることも確かです。特にハマスやイスラエル保守派にしてみれば、危機的な状況があることは、対内的にはむしろ、自分たちの勢力を広げるのに都合がいいとさえ言えるかもしれません。これに鑑みれば、1947年の国連決議で定められた、パレスチナとイスラエルの両立、言い換えれば「いずれもが全パレスチナを一手に握れない状況」を受け入れるには、程遠い現状があると言えるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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