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中国の絵本画家展を見に行ってきた

中島恵ジャーナリスト

先日、東京・練馬区にある「'''いわさきちひろ美術館'''」で開催中の「中国の絵本作家」展を見に行ってきました。いわさきちひろさんは柔らかなタッチで子どもを描いた水彩画家として有名ですね。私は子どもの頃、何度かこの美術館に行ったことがありましたが、今回は中国の絵本に興味を持ち、久しぶりに足を運んでみました。

中国の絵本、と聞いてもピーンとくる方はほとんどいないのではないでしょうか? 日本人にとって海外の絵本は馴染みの薄いものですが、東アジア、とくに中国の絵本ならなおさらです。たぶん、1冊も見たことがない、という人が多いでしょう。それもそのはず、解説を読んでみてわかりました。「日本による侵略戦争、その後の内戦、文化大革命と混乱が長く続いた20世紀、中国では日本のようないわゆる絵本というジャンルは思うように育ちませんでした」(ごあいさつより)と書かれています。

1920年代は西洋の影響を受けて、中国にも日本とそれほど変わらない絵本があったそうですが、30年代に戦争になって途絶えてしまったとか。80年代以降、中国もだんだんと豊かな時代になりましたが、急激な経済発展によって、出版界も「売れない本」には見向きもしなくなりました。そうした事情が重なってか、中国の絵本はあまり発達しなかったようです。

日本人にとって、当たり前にあるもの―。それが中国にはないのです

私はここ数年、中国で「80后」(80年代生まれ)、「90后」(90年代生まれ)と呼ばれる若者世代を中心に取材してきましたが、そういえば、彼らからも中国の「絵本」や「昔ばなし」について話を聞く機会はありませんでした。中国は教育重視のお国柄。私が取材した学生たちも、中学・高校になると、進学校でなくとも毎晩10時、11時まで学校に残って勉強するといいますから、勉強以外のことはすべて後回しになっているのかもしれません。

余談ですが、中国では日本のようなクラブ活動もほとんどありません。日本では多くの人が学生時代、野球やサッカー、吹奏楽などの部活に熱中してきたんだよ、と話すと、中国人はみんなびっくりします。過剰な競争社会の中で勉強一筋に生きている中国の若者。彼らにもろい点があるのはうなずける気がします。逆にいえば、日本では音楽や絵画など多方面の教育が充実していることを改めて実感します。

日本と変わりない、ほのぼのとした絵本の数々

さて、絵本展には約70点のすばらしい原画が展示されていました。ここで絵をご紹介できないのが残念ですが、いくつかは日本で翻訳出版されていて、書店でも手に入ります。『チュンチエ 中国のおしょうがつ』(光村教育図書)は、中国のお正月のお話。出稼ぎに行ったお父さんが帰ってきて、一緒に床屋に行ったり、餃子を包んだり、家族だんらんの楽しいひとときを描いています。食べものや風景は違いますが、家族で過ごすお正月の楽しさはどの国も、どんな人も変わりないのだなと思わされて、ほのぼのとします。

舌ながばあさん』(小学館)はちょっと教訓的な内容。舌が長いおばけのおばあさんは人間を驚かせるのが大好き。でも、人間は湖の水がなくなって元気をなくしてしまっていました。そこでおばあさんは水をせき止めていた大木を動かして湖に水を戻してあげます。森の木を切り過ぎると環境破壊になって、人間にも悪影響を及ぼしますよ、というお話。中国人の作家がこうした物語を描いていることに驚く人もいるでしょう。

このほか、日本では『京劇がきえた日』(童心社)、『ちいさなこまいぬ』(コンセル)、『ヤンヤンいちばへいく』(ポプラ社)など、かわいい絵本がたくさん出版されています。絵本は小説のように、必ずしも深いテーマがあるものばかりではありませんが、私が取材している80年代以降生まれの中からも、若手作家が次々と出現し、中国の絵本の世界を広げていることは確かです。ようやく中国でも、こうした分野が充実してきたといえるでしょう。

中国というと、とかく政治的な話題が大勢を占め、日本とは経済的な結びつきばかりが強調されます。日中関係は悪化し、昨年の反日デモ以降、実際に中国人に会ったことがないのに「中国が嫌い」と思う人が増えてしまったかもしれません。国家対国家のつき合いは複雑で難しい問題が山積していますが、個人対個人はそんなに、難しくはないと思います。中国人も日本人も基本的には同じ人間。根っこの部分は変わらないと思います。かわいらしい中国の絵本の数々を見ていて、そのように感じました。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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