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「健康ゴールド免許」は「きれいな長谷川豊」なのか?

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

自民党若手議員による意欲作

10月26日、小泉進次郎衆議院議員らを中心とする自由民主党若手議員20人のグループが、雇用や社会保障に関する大胆な政策提言を行い、注目を浴びています。彼ら彼女らが見据えているのは、IT化、グローバル化、そして高齢化がより進展した2020年以降の雇用と社会保障の在り方であり、多様な雇用形態、ライフスタイルを前提とする社会に最適化されたセーフティネットの確立を、意欲的に提案しています。次世代の政治リーダー候補として、まことに結構なことであり、このように若手政治家の中から新しい政策の枠組みを構築、発信していこうという試みは、望ましいことだと評価できます。

提言の内容には、興味深いものが並んでいます。

  • 社会保険を全非正規労働者に適用拡大した「勤労者皆社会保険制度」
  • 労働者の再就職、再訓練費用の企業負担化、支援強化
  • 低所得労働者の社会保険料本人負担の免除、軽減
  • 在職老齢年金制度の廃止
  • 年金の納付期間の柔軟な変更による年金給付の最適化
  • 年金の支給開始年齢の引き上げ
  • 軽微な疾患、医薬品への公的医療保険適用の見直し
  • 健診履歴等を把握し、健康管理に取り組んできた人への「健康ゴールド免許」付与による自己負担割合の減免

などです。

いろいろな評価はあるでしょうが、人々の多様な働き方、ライフスタイルの展開にあわせて、社会保障制度がしっかりとセーフティネットを張っていくのだ、という意図は見て取れます。また、これまでのように年齢で支える側、支えられる側を区分けするのではなく、稼働能力による区分けに再整理することで、高齢化社会により適応した制度に作り変えていくのだ、というメッセージが込められているのもわかります。

「健康ゴールド免許」?なんだそれは?

これらの政策提言の中で、ひときわ異彩を放つものがあります。「健康ゴールド免許」なる提案です。この点に関しては、小委員会の提案部分をそのまま引用してみましょう。

健康ゴールド免許 ~自助を促す自己負担割合の設定~

2020年以降、高齢化の進展に加え、医療技術がますます高度化すると、医療介護費用が一層高額化していく。

医療介護制度の持続可能性を確保するためには、「病気になってから治療する」だけでなく、そもそも「病気にならないようにする」自助努力を支援していく必要がある。

医療介護費用の多くは、生活習慣病、がん、認知症への対応である。これら は、普段から健康管理を徹底すれば、予防や進行の抑制が可能なものも多い。

しかし、現行制度では、健康管理をしっかりやってきた方も、そうではなく生活習慣病になってしまった方も、同じ自己負担で治療が受けられる。これでは、自助を促すインセンティブが十分とは言えない。

今後は、健康診断を徹底し、早い段階から保健指導を受けていただく。そして、健康維持に取り組んできた方が病気になった場合は、自己負担を低くすることで、自助を促すインセンティブを強化すべきだ。

運転免許証では優良運転者に「ゴールド免許」が与えられる。医療介護でも、IT技術を活用すれば、個人ごとに検診履歴等を把握し、健康管理にしっかり取り組んできた方を「ゴールド区分」に出来る。いわば医療介護版の「ゴールド免許」を作り、自己負担を低く設定することで、自助を支援すべきだ。もちろん、自助で対応できない方にはきめ細かく対応する必要がある。

要は、医療制度の持続可能性を担保するには(つまり医療費を抑制するには)、予防が重要であり、健康管理に努力した方には自己負担割合を低くするなどの誘引を与えて、自助努力を引き出していこう、ということなのですが、これに対してネット上を中心に批判が続出しました。

批判が噴出した背景には、つい最近おこったフリーアナウンサー長谷川豊氏の透析患者に対する暴言と、それに続く炎上騒動がありました。長谷川氏は、人工透析患者の相当な割合が自堕落な生活を続けたことが原因による自業自得の患者であるとし、さらには自業自得の透析患者の費用は全額自己負担にし、無理なら「殺せ(原文ママ)」と自身のブログで主張したことから、猛烈な批判を浴びることとなりました。また、長谷川氏が、これらの過激な主張を、医療費の適正化のための議論と説明したことから、疾病の背景と(公的)保険制度の在り方に関する無理解が露呈してしまい、炎上騒動となってしまった、という顛末です。

今回の小委員会による「健康ゴールド免許」構想は、過激な表現こそ用いないものの、趣旨としては、健康管理努力を怠ったとみなせそうな者に対して価格差別を行う、という意味で同じものであり、ネット上では「きれいな長谷川豊」と評するものまで出てきてしまいました。

健康な者を優遇する制度?

「健康ゴールド免許」構想で、少々不明確なのは、これが結果として健康を維持できた人を優遇する制度なのか、それとも健康診断とそれに続く保健指導を受けた者を優遇する制度なのか、という点です。小委員会の提案では、「今後は、健康診断を徹底し、早い段階から保健指導を受けていただく」とあります。ここだけ読めば、慢性疾患を予防することを目的とした特定健診(いわゆるメタボ健診)を受け、その結果に応じて行われる特定保健指導を受けてもらうことが、「健康ゴールド免許」取得のための条件と読めます。

ところが、そのすぐ後段で、「IT技術を活用すれば、個人ごとに検診履歴等を把握し、健康管理にしっかり取り組んできた方を「ゴールド区分」に出来る」とあります。私の理解では、「健診」とは職場や地域で保険者が実施主体になって行われる健康診断のことであり、「検診」は特定の疾患を想定して、その罹患の有無をテストし治療につなげるものですから、これは、個々の国民の疾病履歴を国ないしは保険者が詳細に把握したうえで、結果として罹患していない健康な人を「ゴールド区分」とする、と読めます。

どちらに解釈するかで、この「健康ゴールド免許」構想の意味するところは、全く異なってきます。もし後者の意味であるとするならば、疾病はある範囲内で予防策が可能であるけども、本質的に確率的な事象であり、自助努力が及ばないリスクであることを理解していない、浅薄な思いつき、と批判することが可能となります。まさに「きれいな長谷川豊」というわけです。ところが、前者の健康診断のことであると解すれば、もう少し丁寧な議論が必要となると思われます。

健康診断の実施と医療費の抑制

健康診断というのは、実に日本的な保健制度であると言って良いと思われます。(学校保健安全法に定めに従って、就学していれば毎年、学校で健康診断を受け、就職すれば、労働安全衛生法の定めに従い、事業者は雇入れ時と毎年1回、労働者に一般健康診断を行わなければなりません。また、職種によっては個別に行わなければならない健康診断も定められています。ここまで徹底して、健康診断を繰り返している国は、おそらく日本くらいのものだと思われます。

また、2008年からは、生活習慣病の予防や将来の医療費削減を目的のひとつとして、40から75歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした特定健診・特定保健指導(いわゆるメタボ健診)が実施されています。先にも述べたように、特定健診の結果に応じて、被保険者は保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることが定められており、その受診率や保健指導実施率によって、各保険者が負担しなければならない後期高齢者医療制度の拠出金額が変動するため、各保険者にとっても重要な関心事となっています。

特に、この特定健診(メタボ健診)について、厚生労働省のワーキンググループによる検証によっても、特定保健指導を受けた被保険者の殆どの検査結果が改善しており、一人あたり医療費も、指導を受けた被保険者と指導を受けていない被保険者の間で年間7,000円程度の医療費の差が生じたことが明らかにされています。この意味で、特定健診・特定保健指導には、医療費のさらなる抑制ないしは適正化効果が期待されているわけです。

ところが、この特定健診と特定保健指導は、その受診率と実施率について大きな困難にぶつかっています。受診率と保健指導実施率は、毎年、改善してきているものの、「平成25年度特定健診・特定保健指導の実施状況」によると、受診率が47.6%、特定保健指導の対象者(受診者に占める割合16.9%)となった人の中で実際に保健指導を受けた割合が17.7%と、非常に苦戦しています。

この状況をそのまま素直に受け入れてみれば、こういう考えにつながります。つまり、健康診断の受診率をもっと高め、保健指導を広く行き渡らせれば、国民の健康意識を高めることができ、医療費の抑制、適正化が期待できるはずだ。そのためには、健診の受診への誘引を医療、保健制度に組み入れることが大事であるし、そのツールとして患者自己負担を使ってみてはどうか、と。こう考えると、「健康ゴールド免許」構想にもそれなりの理があるように思えてきます。ところが、この考えにはいくつもの難点があります。

特に、問題となるのが、この特定健診を受けている人と受けない人の属性です。簡単に言うと、高年齢、低学歴の人ほど特定健診を受診しない確率が高まります。つまり、健康リスクの高い人ほど受診しないということです。これは、先の実施状況による保険者別の受診率・実施率をみても、大きなバラツキがあることに現れています。高学歴、高所得者が多いと思われる組合健康保険や共済組合の受診率は70%を超えますが、協会けんぽでは受診率が42.6%に下がり、国民健康保険にいたっては34.2%、特に大都市の国民健康保険では27.9%となります。したがって、少々、冷たい見方をすれば、現在の特定健診は、健康意識の高い、相対的に豊かな層の中高齢者が、自身の健康を高めるツールとして利用している、見えなくもないわけです(だから特定健診が悪いということではありません、念のため)。実際、国民健康保険に携わっている方にお話を伺うと、保険者としてアプローチしたい健康リスクの高い人たちになかなか受診してもらえないので、さまざまに工夫をこらして懸命に努力されているようです。

健康リスクの高そうな人たちが未受診であるという現状は、もし健康診断の受診率を高めた場合にどういうことが起きるか、という予想にいくつかのシナリオを与えてくれます。考えられるのは、おそらくこういうことでしょう。特定健診の受診、そして特定保健指導の実施により、これまで受診してこなかった人たちの医療サービス需要を高めることで、短期的には医療費が高まる可能性があります。つまり需要を掘り起こす効果があるかもしれないということです。ただし、これ自体は決して悪いことではありません。予防医療というのは、そもそもとして医療費の削減のためにあるのではなく、国民の健康の質を高めるためにあるのであって、そのために費用がかかっても、十分な健康上のリターンがあるならば、それは十分に実施する価値のある予防医療であるからです。ただし、費用の節減を期待して実施するなら、必ずしも期待に沿えるものではない可能例もあるということです。

勿論、短期的には医療需要を掘り起こすとしても、長期的にみれば人々の健康を高め、慢性疾患を抑制することによって医療費の適正化、抑制化に繋がる可能性も十分にあります。ただし、その規模がどの程度のものであるかは、議論の余地のあるところです。慢性疾患の抑制は、当然、その分の医療費を節約しますが、人々の長寿化が望めることによって、生涯ベースでみた医療費は果たしてどこまで減るか不明な面もあるからです。また、殆どの人は、生涯の医療費の大部分を終末期、つまり死ぬ間際に使いますが、その時期が先にくるか、遅くになるか、という違いであると考えることもできるわけです(ただし長寿で死ぬと終末期医療費が少なくなるという効果もあります)。

上記のことをまとめると、「健康ゴールド免許」構想を、好意的に健康診断の促進策として捉えた場合でも、人々の健康の質は高まり、満足度は高まる可能性は高いけれども、医療費の節減効果としては、どこまで期待に沿えるものかはわからない、と言えます。

自己負担割合で医療費の抑制を図るのは適切か

さて、「健康ゴールド免許」構想のもうひとつの問題点は、人々のインセンティブを高めるツールとして、患者の自己負担割合を使おうとする点です。仮に純粋な民間保険であった場合、患者の健康リスクに応じて変化するのは保険料率であって、自己負担割合ではありません。そもそも、民間保険であれは、社会保険であれ、リスクに対して事前に加入者間でリスクシェアしてしまおう、というのが保険ですが、事後的に給付割合が変わってしまう、というのであれば、なんのためのリスクシェアリングなのか、わからないということになります。また、先に述べたように、健康診断を受診しないのは、低学歴、低所得の人たちに見られる特徴ですから、「健康ゴールド免許」は、保険制度に、保険上の再分配と所得再分配のふたつの観点から、逆再分配を入れようという話になります。この点でも、保険の機能を弱める、危険な構想といえます。

もう少し、整理して考えてみましょう。自己負担割合が医療費の抑制につながる、という発想は、価格の変動に対して需要が変化するという経済上の常識に根ざした考えです。これは経済学の用語でいえば、「需要の価格弾力性」という概念で知られています。ところが、医療サービスの需要に関して言えば、一般にこの価格弾力性は低いことが知られています。それは当然といえば当然で、誰も好き好んで病院、診療所に行くわけではなく、体調不良に直面してやむにやまれず行くわけですから、あまり価格のことはかまっていられない、という心境になると考えられます。つまり、健康リスクの高い人たちに高い自己負担割合を課すというのは、ストレートにこの人たちの医療支出をあげるということになります。

さらに細かく考えますと、この価格弾力性は、疾患によってことなることも知られています。つまり、価格(自己負担)をあげることによって抑制できるかもしれない受診と、それでは抑制できない受診があるということです。また、さらに言うならば、一時的に外来受診が抑制できても、その分、人々の健康状態が悪化し、結果として入院確率が高まるという現象があることが、多くの分析結果から分かっています。このように、本来はきめ細やかな対応が必要とされる医療給付の世界において、一律に自己負担を引き上げる、という方法で人々にインセンティブをつけようとすると、いろいろなところでひずみが生じることになります。ノコギリで紙を切るようなことはしないほうがよいのです。

あまり医療、介護を簡単に考えないほうが良い

これは長谷川豊氏の騒動が起きたときも感じたことですが、世の中には、医療という世界の出来事を、おそろしく簡単に考える人が多いということに、驚かされます。人々にこんなインセンティブを与えれば、こうなるだろう、という思考実験というか頭の体操を、いとも簡単に一般化して制度全体に当てはめようとするのは、非常に危険なことなのです。今回の「健康ゴールド免許」構想は、将来の日本の先導していく可能性の高い人たちによる提案でした。できれば、いろんな専門家や実務家の見解を良く勉強されたうえで、より良い未来構想をたてていただければと願ってやみません。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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