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超多死社会の幕開けか 〜医師の対面診察無しで死亡診断書の交付が可能に〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
実際の死亡診断書(著者撮影)

24日、毎日新聞は政府が死亡診断書の交付要件を緩和する方針を決めたと報じました。このニュースについて医師の立場から解説し意見を述べるとともに、現在離島で診療している医師に緊急インタビューした内容を掲載いたします。

毎日新聞の記事はこちらです。(毎日新聞 7月24日(日)8時0分配信)

<死亡診断書>政府、交付要件緩和へ…対面せず、条件付き

このニュースの骨子

対面診察でのみ交付可能だった死亡診断書が、いくつかの条件の元であれば対面でなくても(=医師が直接診なくても)診断してよくなる、というのがこのニュースの骨子です。

もともと死亡診断書は医師が直接患者さんと対面し、診察した結果「死亡している」と判断してから記入するものです。死亡の判断は"死の三兆候"と呼ばれる、「心停止」「呼吸停止」「瞳孔の対光反射消失」の三つをみてから診断するという、医師のみに許されたれっきとした医療行為です。「死」という最も不可逆性の高い診断をするため絶対に間違ってはならず、極めて慎重に診断をすることになります。

死亡診断書とはなにか

実際の死亡診断書(平成28年度版 死亡診断書作成マニュアル p.2より引用)
実際の死亡診断書(平成28年度版 死亡診断書作成マニュアル p.2より引用)

死亡診断書、ご覧になったことはありますか?おそらく無い方が多いのではないでしょうか。

死亡診断書とは、この1枚の書類のことで、人が死亡した時に医師が手書きで記入する公的な書類のことです。これがないと役所で火葬許可証が出ず火葬が出来ないため、とても大切な書類なのです。筆者を含む多くの医師は、自ら手書きでこれを日常的に書いています。

この書類は医学的に死亡を証明する書類である上に、法律的にも死亡を証明する書類であり、さらには統計資料を作成する元のデータとしても活用されています。厚生労働省による「死亡診断書記入マニュアル」には、死亡診断書の意義としてこう書かれています。

1.人間の死亡を医学的・法律的に証明する。

2.我が国の死因統計作成の資料となる。

出典:死亡診断書記入マニュアル

そしてこの死亡診断書は、現在は医師が直接対面して診断し交付することが法律で義務付けられています。

医師法第 20 条(無診察治療等の禁止)

医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。

出典:死亡診断書作成マニュアル

そして「死亡診断書」は「死体検案(けんあん)書」を兼ねています。死体検案書とは、文字通り死体を検案するための書類で、下記の場合の時には医師は死亡診断書ではなく死体検案書を作成します。

1. 診療継続中の患者以外の者が死亡した場合

2. 診療継続中の患者が診療に係る傷病と関連しない原因により死亡した場合

出典:死亡診断書作成マニュアル

なお「検案」とは、死体を診察しよく調べて、その死因を確認する行為のことです。検案の結果「異状死」とされた場合、解剖などを行うことになります。

規制緩和されるのはどんな点?

今回の報道で規制が緩和される点は、対面診察をせずに死亡診断書を交付することが出来るようになるという点です。これはもともと離島医療などの医師がいない場所での死亡診断書交付が困難な場合について、日本看護協会が要望していました(詳細は下記*1)。この要望を受け、政府の規制改革会議において規制緩和する方向で閣議決定されました。この閣議決定の中には、医師が直接会わずに死亡と診断して良い5つの条件が示されています。極めて難解な日本語を使っているので、筆者が言い換えた5つの条件を示します。正確な文言は下記(*2)します。

a.近い将来死亡すると予測される

b.お看取り時の対応について医師・看護師間の連携がとれ、さらに患者や家族の同意がある

c.患者死亡後、医師によるすみやかな対面での診察が困難である

d.法医学を学んだ看護師が、「死亡している」と診断するために必要な情報(死の三兆候など)を医師にすぐ報告できる

e.死亡した患者の近くにいない医師が、テレビ電話などの情報機器を用いて患者の状態を把握し、死亡していることや異状死でないことを判断できる

規制緩和でどんなメリットがあるか?

規制が緩和されれば、まず医師がいない離島などでのお看取りがスムーズになる可能性があります。現在では医師が常駐していない離島などでは、ご遺体を長時間かけて搬送したり、医師の到着を長時間待ったりせねばならないようなことが起きています。そして医療過疎地ではない都市部においても、診療中の疾患での予期された範疇での死亡なのに適正な在宅医療が提供されていなかったため救急病院へ運ばれることや、あるいは異状死とされて警察で検案などをされることが防げるでしょう。これから日本は空前の高齢化に伴う多死社会を迎えます。社会全体で見れば、死亡診断に関連する混乱を避け、さらには不謹慎かもしれませんがコストダウンが可能なのかもしれません。

離島で働く医師に緊急インタビュー

現場の医師はこのニュースをどう考えているのか。現在も離島で勤務中の、舘野佑樹医師にインタビューを行いました。

Q. このニュースを聞いてどう感じましたか。

A. 今回の死亡診断書に関しての想定はおそらく、東京都の離島(すべての島に医師がいる:利島は人口たったの300人ですが医師1名<私>が常駐です)というよりは、瀬戸内海や九州の離島(医師が巡回診療で週2-3日、しかも日中しかいない。看護師は常駐している場合もある)を想定しているように感じました。

Q. 医師が直接会わずに死亡と診断して良い5つの条件をどう考えますか。

A. 気になる点を、条件を抜粋し述べます。

b.お看取り時の対応について医師・看護師間の連携がとれ、さらに患者や家族の同意がある

→とても曖昧な要件であると感じる。特に看護師のみの判断の際に、同意が死後翻される可能性がないか?また、うがった見方かもしれないが、家族による殺害の場合にうやむやにされる危険性がある。また、あまりに医療者と患者・家族が濃厚な関係となると客観的判断ができず、事件性が疑われるのに警察への通報がなされない危険性はないか。

d.法医学を学んだ看護師が、「死亡している」と診断するために必要な情報(死の三兆候など)を医師にすぐ報告できる

→離島勤務の「医師」ですら、法医学の一定の教育を受けたものが少ない。自信を持って法医学的な判断ができると言い切れる医師が多いとは思えない。看護師のみの判断では危険ではないか。

e.死亡した患者の近くにいない医師が、テレビ電話などの情報機器を用いて患者の状態を把握し、死亡していることや異状死でないことを判断できる

→以前「(通常の診療においても)情報機器からの情報のみの投薬や治療方針決定はあまり好ましくない」という判断があったように記憶(筆者注;医政医発0318第6号)している。このような死亡診断というデリケートな分野ではICTでの診療がOKというのは矛盾を感じる。

Q. 他に問題点はありますか?

A. 離島だとただでさえ、周囲が「異状死」としたがらない(=内地に検案で送る手続きが煩雑なので)ため、離島医師が、内地ではありえない状況でも、「検案書」ではなく「診断書」を書くよう圧力をうけることがあります。とすると今回のような方式にして、「完全犯罪をするなら島で」みたいにならねばよいな、と思います。私も、数ヶ月以上診療所に受診がなかった患者さんが家で倒れて死亡しているところを発見された事例で、「鼻血が出ていたから脳出血という死亡診断書を書け」という圧力を周囲から受けたことがあります。このときは、内地へ解剖を依頼し、その結果死因は「心筋梗塞」と判明しました。確かに事件性はなかったのですが、正直不愉快な思いはしました。

犯罪の可能性

インタビューでも言われていたように、規制緩和によって死亡を診断する行為がやや曖昧になり、場合によっては犯罪に用いられる可能性もあるでしょう。ICT技術で医師が診療を行うことについては、筆者は以前の記事(「スマホで診察、ドローンが薬を配達する時代」)でその有用性について述べました。しかし、死亡を診断するとなると話は別です。「のどが痛い」と言う人に痛み止めを出す診療とは、診療のレベルがはるかに違います。

また、政府による死因を究明するという流れがありますが、この規制緩和は完全に逆風になってしまうでしょう。たとえば「80歳のがんの患者さんが家で亡くなっていたら、きっと死因はがんだろう」ということになりかねない、ということです。もちろん確率から考えればほとんどは合っているのかもしれません。しかし死亡診断は最後の医療行為とも言われ、正しく死因を診断することは患者さんの、そして人間の尊厳を守ることだと筆者は考えています。

おわりに

この規制緩和は、「より正確な死因の診断」と「現場でのスムーズな死亡確認」を天秤にかける行為です。残念ながら十分な議論がなされず閣議決定してしまったため、この規制緩和は決定的です。これにより、これから日本はさらに「死因不明社会(海堂尊氏の提唱する用語)」が加速してしまうのかもしれません。押し寄せる超高齢化社会はつまり超多死社会でもあり、その幕開けを印象付ける規制緩和と考えてよいでしょう。

(謝辞)

多忙な診療の合間をぬって取材に答えてくださった舘野佑樹医師に、心より感謝申し上げます。

~~~~~~~~~

(*1)日本看護協会の要望について、引用します。

医師法第20条但し書きの要件を見直し、「終末期の対応について事前の取り決めがあり、医師が終末期と判断した後に死亡した場合」で、かつ「地理的理由等により、医師による速やかな死亡診断が困難な場合」についても、日常的にケアを行っていた看護師が、事前に医師と取り決めた確認事項に基づいて医師に状況を報告することにより、医師が死後診察を経ずに死亡診断書が交付できるよう、要件緩和を図られたい。

出典:在宅看取りの推進に向けた 死亡診断の規制緩和について 資料1−1(日本看護協会)

(*2)医師が直接会わずに死亡と診断して良い5つの条件について、規制改革会議の「規制改革実施計画」から引用します。

在宅での穏やかな看取りが困難な状況に対応するため、受診後24時間を経過していても、以下のa~eの全ての要件を満たす場合には、医師が対面での死後診察によらず死亡診断を行い、死亡診断書を交付できるよう、早急に具体的な運用を検討し、規制を見直す。

a 医師による直接対面での診療の経過から早晩死亡することが予測されていること

b 終末期の際の対応について事前の取決めがあるなど、医師と看護師の十分な連携が取れており、患者や家族の同意があること

c 医師間や医療機関・介護施設間の連携に努めたとしても、医師による速やかな対面での死後診察が困難な状況にあること

d 法医学等に関する一定の教育を受けた看護師が、死の三兆候の確認を含め医師とあらかじめ取り決めた事項など、医師の判断に必要な情報を速やかに報告できること

e 看護師からの報告を受けた医師が、テレビ電話装置等のICTを活用した通信手段を組み合わせて患者の状況を把握することなどにより、死亡の事実の確認や異状がないと判断できること

出典:規制改革実施計画 平成28年6月2日 閣議決定 規制改革会議

※実際には医師だけでなく歯科医師も限定的な場面で死亡診断書を作成することがあります。そのため文中では、正確には「医師または歯科医師」と表現すべきですが、記事の本筋ではないため「医師」とだけ表記しています。

(参考)

死亡診断書記入マニュアル

http://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_h27.pdf

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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