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災害時の公務員の過重労働

関谷直也東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授
1Fが水没した常総市役所(写真:アフロ)

常総市で、ある市議の一般質問で、水害における職員の残業代金が問題とされている。

常総市は4日、関東・東北豪雨への対応で残業し、9月分の給与が100万円を超えた職員が十数人いたことを明らかにした。水害が発生した9月10〜30日までの残業時間は最高で342時間だった。市議会で遠藤章江氏の一般質問に答え、傍聴席の市民から大きなため息が出た。

市側の答弁によると、勤務可能な全492人の同期間の平均残業時間は139時間だった。給与100万円以上は主に係長で、部長らには管理職特別勤務手当を平均で11万9000円支給。残業代と手当を合計すると1億3000万円に達するという。

遠藤氏は「もらう権利はあるが、全国から来たボランティアが無償で働いている中、市職員が多額の給与をもらうことに市民から疑問の声が上がっている」と指摘。給与が高額にならないよう、災害時の特別給与体系の創設を求めた。岡田健二・市総務部長は「全国の自治体の例を調べ、国とも協議したい」と検討する考えを明からにした。

出典:常総市 市職員、9月分給与100万円超も 水害対応で、残業最高342時間

20日で342時間の労働とは?

この342時間というのは、8時間で1時間休憩を計算すると、

  • 平日残業14時間(休憩2時間除く)×12日=168時間
  • 休日残業21時間(休憩3時間除く)×9日=189時間

合計357時間となり合計20日で15時間の休みとなり、この残業時間最大の職員はほぼ自宅に帰らず、対応業務・復旧業務を行っていたと考えられる。なお、公務員は労働基準法が適用されないと誤解している人も多いが、労働基準法の適用除外は国家公務員(国家公務員法附則16条)で、地方公務員は適用(地方公務員法58条)される。そもそも憲法27条で賃金、就業時間、休息は保障されている。

災害後に対応しなければならない職員は、長期の連続勤務を強いられることなどで、体調、メンタル、人間関係・家族関係すべてが無茶苦茶になる。東日本大震災では、多くの自治体職員が体調を崩したり、離職している。

議員の発言の「もらう権利はあるが、全国から来たボランティアが無償で働いている中、市職員が多額の給与をもらうことに市民から疑問の声が上がっている」というのも、問題がある発言である(※)。災害時にはボランティアも多く集まる。また国や他市町村・都道府県から多くの応援職員が被災市町村に行く。だが住民対応、被災認定・罹災証明発行、避難所対応など定型業務についての応援は委ねられても、地元の事情、地理などを勘案しながらすすめなくてはならない多くの復旧業務は地元に精通する地元自治体職員の代わりはできない。

この災害後の勤務(残業代)については、東日本大震災後も、色々なところで問題にされていて([1日平均10時間以上残業でも残業代ゼロ」の理由 http://president.jp/articles/-/3079?page=2])、気仙沼市役所では訴訟・労使交渉まで発展している([未払い残業代約4億円 気仙沼市が支給へ http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201511/20151128_11020.html])。もちろん直後はやむを得ない。現在は公務員の「善意」「サービス」に頼っている状態にすぎないが、この災害後の労務管理は改善されなければならない大きな問題である。

※この議員の発言内容については、議員本人が発言と異なるとしていますので、削除します(記事にはありますので見え消しとします)。

http://blog.goo.ne.jp/fumie-endo/e/d91e83abb31a51238b91dbc95c9d2f26

水害時の支援金給付の問題

住民の立場に立っ場合、これを批判したい事情もよくわかる。それは現在、常総市で問題になっている(水害時には必ず問題になる)被災者が十分に水害被害における支援を受けられないという問題、災害救助法、生活再建支援金の給付に関する問題である。

災害後には家屋は被害の認定を受け、「全壊」「大規模半壊」「半壊」に区別される。この「全壊」「大規模半壊」「半壊」の基準は、被害認定により、1階天井までの浸水で「全壊」、床上1mで「大規模半壊」、床上浸水で「半壊」となる。災害救助法の応急修理制度(約56万円給付)では、全壊世帯と大規模半壊世帯と異なり、半壊世帯には所得制限がある。また生活再建支援金(基礎支援金最大100万円+加算支援金最大200万円)についても、「全壊」「大規模半壊」「半壊」によって給付に大きな違いがある。

とはいえ1階部分の主たる居住空間が被害を受ければ、元通り住むまでには大規模な修理が必要で、上記の区分は必ずしも復旧に必要経費を反映している訳ではないし、現実的には半壊以上は復旧費用になると大きな違いはない。阪神・淡路大震災を契機として生活再建支援法が制定され、災害時の公的支援の枠組みは拡充されてきているが、そもそも自然災害において個人財産をどこまで保障をすべきか、保険加入者との公平性などの問題があり、一朝一夕に解決される問題ではない。よって近々の災害では、この災害救助法や生活再建支援金の穴を埋めるために、県や各自治体が制度をつくるという形で対応されてきている。この自然災害後の支援金給付の不十分さ、不公平性などから考えると、批判したくなる感情も首肯しうる。

だが、公務員だから「叩けばよい」というものではない。報道機関が何でも批判してよいということではない。

災害時の応援体制、災害時の労務管理、災害ジャーナリズムの課題

この記事の提起する課題は何か。

一つ目は、日本において、災害対応(特に初動対応)が個々の被災自治体の「努力」に依存しているという点である。職員の応援、被災対応などは、その時々の苦労話とはなるが、なかなか次の災害に引き継がれないし、制度化もされにくい。災害は同じ自治体で繰り返し起こる訳ではないので、初めて対応する組織が常に臨機応変で行うという状態が繰り返されている。東日本大震災後、市町村間の個別応援協定の締結や、総務省の応援職員の斡旋などアドホックには行われているが、初動対応を誰が担うべきか、また交代要員・応援職員の制度化は大きな課題である。

二つ目は、災害時の過重労働、労務管理である。災害が起こると避難所や役場に泊まり続ける市町村職員だけに限らず、避難所対応をサービス残業で行う学校教職員、本来業務ではないが対応を行う公的施設の委託業者などの問題は、職員の健康・メンタル面での労務管理などの面から改善すべき問題である。現在は公務員や関係者の「善意」「サービス」に甘えている状態であることの問題意識を持つべきである。決して、国民の善意のボランティアと同列に扱ってよい問題ではない。

三つ目は、報道機関に災害についての知識が蓄積されていないことである。この問題は東日本大震災のあらゆる公的機関の職員が直面した問題である。取材者が理解が及ばなかったとしてもデスククラスや報道機関のチェックを通りぬけたということが大きな問題を示している。この常総市議員が提起した問題が、災害対応一般の問題として位置づけられず、逆に公務員批判になっているという時点で、それを掲載する新聞社側に、過去の災害取材の経験が蓄積されていないというジャーナリズム(教育)が機能していないことを露呈している。

この問題を一議員の発言や記事掲載のモラルを問題にするのは簡単だ。だが、この背景にはこれら大きな課題が隠れている。これをきちんと問題提起する契機としたい。

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授

慶應義塾大学総合政策学部卒。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程、東京大学助手、東洋大学准教授(広告・PR論)、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター特任准教授を経て現職。専門は災害情報論、社会心理学、環境メディア論。避難行動や風評被害など自然災害や原子力事故における心理や社会的影響について研究。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)政策・技術調査参事、内閣官房東日本大震災対応総括室「東京電力福島第一原子力発電所事故における避難実態調査委員会」委員、などを歴任。著作に『風評被害―そのメカニズムを考える』、『災害の社会心理』。

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