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東京オリンピック追加の5競技が決定 サーフィンは、ハワイ国唯一の金メダリストが始める

饒村曜気象予報士
デューク・カハナモク像(提供:アフロ)

ブラジルのリオデジャネイロで開催されているIOC総会で、サーフィン(男女ショートボード)が、野球・ソフトボール、空手、スケートボード、スポーツクライミングとともに、2020年に東京で開催されるオリンピックの追加競技に決まりました。

オリンピックに新しく採用となったサーフィンという競技は、ハワイで誕生しました。

サーフィンとデューク・カハナモク

サーフィンの誕生に大きく貢献したのは、ハワイのワイキキ・ビーチの真中に等身大の銅像があるデューク・カハナモク(Duke Kahanamoku)です(タイトル画像)。

1912年のストックホルム五輪で、男子100m自由形で金、男子800mフリーリレーで銀、

1920年のアントワープ五輪で、男子100m自由形で金、男子800mフリーリレーで金、

1924年のパリ五輪で、男子100m自由形で銀メダルと、オリンピックで5個のメダルをとっています。

全盛期と思われる1916年のベルリン五輪が、第一次世界大戦の影響で中止となっていますので、カハナモクは、もっと多くのメダルがとれていたのではないかと思います。

ハワイが、アメリカの50番目の州となったのは1959年と、それほど昔ではありません。

ハワイは、1898年にアメリカが併合したことで、カハナモクの時代は、米自治領ハワイ準州となっていました。しかし、住民はハワイ国という意識が残っていたうえに、カハナモクは生粋のハワイ人でした。

このため、ハワイ国唯一のオリンピック金メダリストとして、ハワイでは人気を誇っていました。

カハナモクが仲間たちと興じていた波乗り、そして考案したスポーツ、これがサーフィンです。このため、ワイキキ・ビーチのカハナモクの銅像の背中にはサーフボートが立ててあります。

ハワイでサーフィンが誕生した大きな理由として、ハワイが世界中で唯一といっていいほど、一年を通してサーフィンに適した波に恵まれていることがあげられています。

サーフィンに適した波

図1 波は風浪とうねりの和を示す概略図
図1 波は風浪とうねりの和を示す概略図

波(波浪)は、その場所で吹いている風によって生じた「風浪」と、遠方から伝わってくる「うねり」が合わさったものです(図1)。風浪は強い風が吹けば吹くほど大きくなり、個々の波は不規則で波の先端は尖っています。うねりは、波の周期が風浪よりも長く、波の先端は丸くなっています。

サーフィンに適した波は、波高が高く、周期が長く(波長が長い)、しかも、波の周期がそろっている波です。このような波は、遠くの大荒れの海域からやってくるうねりが、風が穏やかで、水深が浅い場所にやってきて出来るものです。

風が強い場所では、うねりに風で生じた波長が短い波が重なってしまうために、高い波になっても、サーフィンには適しません。第一、危険です。

ハワイは一年中高気圧に覆われて風が弱いのですが、冬には遠く離れたアリューシャン近海で大荒れの天気が続くため、そこからのうねりによって北海岸、東海岸、西海岸にサーフィンに適したうねりがやってきます。

夏にはさらに遠く離れた南極海で冬の大荒れとなるため、そこからのうねりによって南東海岸と南西海岸にサーフィンに適したうねりがやってきます。特に夏は、はるか遠くからのうねりですので、周期のそろったサーフィンに素晴らしく適した波がきます(図2)。

図2  ハワイのサーフィンに適した波と日本のサーフィンに適した波
図2  ハワイのサーフィンに適した波と日本のサーフィンに適した波

日本でサーフィンに適した波

南極海が冬の大荒れとなっているときに生じている、サーフィンに適した波は、オーストラリア大陸やインドネシアの島々にさえぎられてしまうため、日本には入ってきません。

日本でサーフィンに適した波は、南海上の台風から発生した大きなうねりが入ってきてできた波(土用波)です。

しかし、台風はいつも同じ場所にいるわけではありません。サーフィンに適した時間、場所は刻々と変わり、かつ台風が接近してきたら即中止というサーファー泣かせの波です。

東京オリンピックでのサーフィン会場は、これから決定とのことですが、どこで行われるにしても、気象情報が重要となることには変わりがありません。

ハワイのように、いつもサーフィンに最適な波がくるわけではないからです。

このため、選手は、刻々と変わる波の状態に合わせる高度な技術が要求され、番狂わせが起きやすのではないかと勝手に想像し、今から日本人選手の活躍を期待しています。

図の出典:饒村曜(2014)、天気と気象100ー一生付き合う自然現象を本格解説ー、オーム社。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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