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最高人民会議選挙結果から金正恩体制の権力基盤を占う

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

最高人民会議選挙結果から金正恩体制の権力基盤を占う

北朝鮮では日本の国会にあたる最高人民会議の代議員選挙が9日に行われ、大幅な新旧の入れ替えがあった。前回(2009年)選出された687人の代議員の半数以上(55%)が交替した。

最高指導者の金正恩第一書記が31歳の若さで初当選し、序列2位の金永南最高人民会議常任委員長(86歳)と序列4位の崔龍海軍総政治局長(64歳)が再選を果たし、前回外された党序列3位の朴奉柱総理(74歳)は代議員に返り咲いた。

金正恩体制を支える党の要は、組織指導部である。部長は金正日政権から空席のままで、3人の第一副部長が組織指導部を仕切っている。

筆頭の金敬玉(年齢不詳)は再選を果たし、趙延俊(77歳)と崔稀(年齢不詳)が新たに代議員となった。また金第一書記の視察の常連者である黄秉西(65歳)、馬遠春(年齢不詳)、朴泰成(年齢不詳)の3人の副部長も代議員に選ばれた。金敬玉、趙延俊、黄秉西の3人は、党を牛耳ろうとした行政部長の張成沢国防副委員長(68歳)を党から除名、追放した「功労者」である。金敬玉は大将、黄秉西は上将の軍の階級を持っている。

金正恩体制の支持基盤である軍部は、軍総政治局、軍総参謀部、人民武力部の3本柱から成っているが、総政治局からは再選された金守吉組織担当副局長(年齢不詳)に加え孫哲柱宣伝担当副局長(年齢不詳)が選ばれた。

また、軍参謀部では序列5位の李永吉軍総参謀長(年齢不詳)が再選を果たし、新たに呉琴鉄副参謀長(57歳)が加わった。呉琴鉄はパルチザン出身の呉伯龍元国防副委員長の息子である。ちなみに同じパルチザン出身の故・呉振宇の息子である呉日正党民防衛部長(70歳)も代議員に選ばれている。

人民武力部からは序列6位の張正男武力相(年齢不詳)を筆頭に姜豹栄副部長(年齢不詳)と金択久副部長(年齢不詳)の3人が代議員に選出された。

軍人ではこの他に辺仁善軍作戦局長(68歳)、李炳哲空軍兼防空司令官(年齢不詳)、金命植海軍司令官(年齢不詳)、朴正清砲兵司令官(年齢不詳)、それに崔富一人民保安相(年齢不詳)が新たに代議員に選出されている。

張成沢を逮捕、処刑した金元洪国家安全保衛部部長(年齢不詳)と、同調した趙慶チョル軍保衛司令官(年齢不詳)と尹正麟護衛司令官(年齢不詳)、それに「武闘派」で知られる金英哲軍偵察局長(68歳)も安泰で、人民武力部の徐興賛第一副部長(年齢不詳)と尹東鉉第一副部長(年齢不詳)の二人もそれぞれ再選されている。

一方、今回再選されなかった、あるいは代議員に選ばれなかった「大物」も相当数いることがわかった。

党では平壌市長でもある文景徳政治局員候補兼党書記(55歳)が外され、女性同盟委員長のポストを今年、解任されたばかりの呂聖実(57歳)も再選されなかった。二人とも、張成沢系列とみなされ、粛清の対象にあった。また、政治局員候補の李炳三人民保安省内務軍政治局長(79歳)も外されていることがわかった。

軍人では、81歳の朴在京大将(前軍総治局副局長)、同じく81歳の朱相祥大将(元人民保安相)、80歳の玄哲海次帥(前人民武力部第一副部長)、77歳の李明秀大将(前人民保安相)、74歳の金明国大将(元参謀部作戦局長)、鄭明道大将(前海軍司令官)(年齢不詳)らが再選されなかった。朴在京、玄哲海、李明秀、金明国の4人の将軍らは金正日総書記の現地視察の常連組だった。

再選されなかった理由は不明だが、朱相祥は金正日総書記が死去する前の2011年3月に解任されているが、玄哲海、李明秀、鄭明道の3人の場合、同時期の2013年4月に解任されており、金正恩体制下で粛清の可能性も取沙汰されている。

中国と違い、労働党や人民軍の幹部には定年制もなければ、引退制もない。肉体生命よりも、政治生命を重んじる国柄で、死ぬまで地位や要職に留まることができる。

その一例が金日成主席に仕えた呉振宇国防第一副委員長兼人民武力相は78歳で、金正日総書記が最も頼りにしていた趙明録国防第一副委員長は82歳で亡くなるまで二人とも政治局常務委員、国防第一副委員長、代議員の地位を保ち続けた。

今回の選挙でも金日成主席の実弟でもある94歳の金英柱最高人民会議名誉副委員長と金日成・正日親子を2代にわたって護衛した93歳の李乙雪元護衛司令官が再選を果たしている。金正恩氏と同等の元帥の称号を持っている軍人出身の李乙雪氏は党中央委員でもある。代議員の任期は5年だから、二人が任期を全うした時は、100歳に近い。

この他にも楊亨變最高人民会議副委員長(89歳)、金永南最高人民会議常任委員長(86歳)、朱奎昌前党軍需担当部長(86歳)、金己男党書記(85歳)、崔泰福最高人民会議議長(84歳)、崔英林前総理(84歳)ら長老は軒並み再選している。党の元老グループは全員健在であることが証明された。

さらに金第一書記の後見人と目された実力者の李英鎬軍総参謀長(72歳)に続き、張成沢国防副委員長を追い落とした軍元老の三羽烏である89歳の李容茂(政治局員、元軍総政治局長)、83歳の呉克烈(政治局員候補、元軍総参謀長)、78歳の金英春(政治局員、元軍総参謀長)の3人の国防副委員長もいずれも再選されている。この3人よりも若い76歳の白世峰国防委員が落ちたことを考えると、この3人が別格であることがわかる。

こうした事例からみると、今回再選されなかった軍・党幹部は、単なる更迭なのか、それとも失脚なのか、判別付きにくいが、どちらにせよ「白頭山血統」とも呼ばれる「革命伝統」の本流から外れた結果であることには変わりがない。

もう一人、注目すべき人物がいる。金正恩第一書記の叔母である金慶喜政治局員兼書記(68歳)のことである。

日本のメディアは名前が代議員名簿にあったとして、その「健在」を伝えていたが、実は、「金慶喜」と言う名の同姓同名の女性が代議員の中にもう一人いるため、どちらが選ばれたのか、定かではない。

前回(2009年3月)の選挙では「金慶喜」という名の女性は「第3選挙区」と「第265選挙区」から立候補している。そして、今回の選挙では「285選挙区」から立候補した「金慶喜」が当選している。

前々回(2003年8月)は「金慶喜」という名の候補者は一人だけだった。「第3選挙区」から立候補した金慶喜書記のことである。金慶喜書記は過去2度、選挙区は平壌市内の「第3選挙区」であった。

今回は「第3選挙区」からは「ユン・ヨンチョル」と言う名の男性が出馬している。こうしたことから今回当選した「第285選挙区」の「金慶喜」は前回「265選挙区」から出た人物ではないかとの見方もできる。

仮に金慶喜書記が脱落していたとすれば、やはり夫・張成沢の問題で連帯責任を取らされたということになるが、確認するまでにはもう少し、時間を要する。

それと、今回の選挙での最大の見物は、正恩氏の実妹、ヨジョン(予正)のデビューである。

「意外性」が北朝鮮の売り物だとしても予正が投票日に兄に同行して投票所に現れるとは、誰も想像もしてなかった。

一部には代議員に選出されるのではと指摘する向きもあったが、代議員に選出されることはなかった。27歳では無理だ。例えば、叔母の金慶喜は44歳で代議員になっている。父の金正日総書記ですら、40歳になってからだ。

しかし、代議員であるないにかかわらず、予正がそれなりに力を持っているのは間違いない。いずれ、叔母の金慶喜書記(政治局員)のような役割を担っていくだろう。

二代目の金正日政権は、初代の金日成主席が亡くなった1994年にスタートしたが、当時、正日氏は52歳、支える妹の慶喜氏は48歳と円熟味を増していた。それに比べると、31歳と27歳のコンビではあまりにも若すぎる。大丈夫だろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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