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拉致問題はいよいよ大詰め!注目のマレーシアでの日朝外相交渉

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

安倍晋三首相は7月31日、北朝鮮に日本人拉致被害者らの早急な再調査報告を促すため岸田文雄外相にマレーシアで開かれるASEAN地域フォーラム(ARF)で北朝鮮の李スヨン外相と直接接触し、交渉するよう指示を出した。これを受け、岸田外相は「北朝鮮の外相と会い、日本の真意を伝えたい」と語った。北朝鮮との直接交渉の意思を公にするとは、昨年のケースを考えると極めて異例だ。

昨年8月のミャンマーでのARFでも日朝外相は国際コンベンションセンター内で20分にわたって話し合った。二人だけの通訳を介した単なる接触だったのか、それとも双方の随行員らが加わった会談なのか、最後まで伏せられていた。

約20分という対面時間は決して短くはない。通常、国際会議での二国間会談は20~30分が相場だ。実際に米韓外相会談は20分、米中は30分だった。ところが、米韓や米中会談のように写真は一枚も公開されなかった。米韓の目を気にする日本側の要望によるものだった。

北朝鮮は日朝外相会談については「日本の外相と会って、談話を交わした」と報じたが、日本は「接触」」で押し通した。前後して行われた日中外相会談について2年ぶりに実現したことがよほど嬉しかったのか「会談」と伝えていたにもかかわらず日中会談を「会談」とは呼ばず「接触」と報じた中国の対応と全く同じだった。

安倍首相は今年4月インドネシアで開催されたアジアアフリカ諸国首脳会議(バンドン会議)60周年の記念式典に憲法上の国家元首である金永南最高人民会議常任委員長が出席したにもかかわらず、接触して拉致問題の解決を促そうとしなかった。首脳会議の場や式典、レセプションでは立ち話はおろか、挨拶も、遭遇もなかった。必要性を感じなかったのか、事前調整ができなかったのか、どちらかだろう。それが、今回は人目も気にせず、岸田外相に直接交渉を公に指示したわけだ。仮に李外相に拒まれれば、それこそ面子丸つぶれだ。おそらく北朝鮮との事前折衝で合意した上での指示なのであろう。

安倍首相は7月30日の参院特別委員会で「やっとつかんだ糸口は放してはならない」としてストックホルム合意の白紙化に繋がりかねない制裁の復活や強化に慎重な立場を貫いた。「これまで固く閉ざされた交渉の扉をやっとこじ開け、困難な交渉を進めているところだ」とも語り、北朝鮮とはあくまで交渉で結果を出す考えを示した。その交渉ルートがモンゴルであるのは公然たる事実である。

今年も5月には側近の一人、今井尚哉首相秘書官を、7月にはもう一人の側近である谷内正太郎国家安全保障局長を相次いでモンゴルに派遣し、拉致問題での協力を要請している。7月30日にもモンゴルを訪問した武部勤元自民党幹事長にエルベグドルジ大統領宛の親書を持参させたばかりだ。

要請を受けたモンゴル政府も7月8日、ダンビン・カノヤグ外務次官を大統領特使として北朝鮮に派遣し、大統領の親書を金正恩第一書記に伝達している。エルベグドルジ大統領自身も共同通信との会見(7月29日)でこの親書の中で日本人拉致問題の解決に向けた具体的な提案を行ったことを明らかにしていた。

特筆すべきは、大統領特使としてのカノヤグ外務次官の訪朝は異例尽くめだったことだ。

特使にはジャヤマンダフ外務省アジア局長が同行していたが、同局長は10日前にも親善代表団を引率して訪朝したばかりだった。加えて、特使一行(駐北朝鮮大使を含め3人)は2泊3日という短い滞在期間中に李吉成外務次官を相手に8日、9日と異例にも二日間にわたって会談を行っていた。また、特使一行は北朝鮮の報道によると「李吉成外務次官及び関係部門と会談した」とされているが、「関係部門」とは拉致部門の担当者を指す。

大統領の親書も本来ならば、会談相手(李吉成外務次官)を通じて伝達されるのが通例だが、北朝鮮の報道では李次官ではなく「該当部門」を通じて伝達されている。「該当部門」とはずばり金第一書記の秘書室に属する人物を指す。

帰国の際には、慣例の李スヨン外相や金桂寛外務第一次官への表敬訪問もなかった。これまた異例である。訪朝目的が機密(拉致)問題であったことからこうした慣例が省かれたのではないだろうか。

拉致被害者・横田めぐみさんの両親と孫のウンギョンさんの面会を2014年3月にウランバートルで実現させた実績のあるエルベグドルジ大統領は昨年9月18日、大統領府での共同通信との単独会見で「日本と北朝鮮の首脳レベルの会談について希望があればウランバートルで開催できる」と発言していたが、折しもモンゴルを訪問中の労働党の外交最高責任者である姜錫柱政治局員兼書記と会談した直後の発言だっただけに興味深い。

昨年4月に外相に起用された今年75歳になる李スヨン外相は金第一書記がスイスに留学中(1994-2000年)にスイス大使を務めていて、留学生活をサポートした。約30年にわたる外交官生活に別れを告げ、2010年4月に帰国してからは合営投資委員会委員長、さらに党副部長に抜擢されたが、最も親密な関係にあった張成沢党行政部長(兼国防副委員長)が「反逆罪」で処刑されても、健在であったばかりか、外相に起用された。金第一書記の信任がいかに厚いかが窺い知れる。その李外相も今年2月にモンゴルを訪れ、エルベグドルジ大統領と会い、会談を行っていた。

岸田外相は明日(5日)午後に羽田を発ち、クアラルンプールに入る。翌6日にASEAN+3全体会議、ARF閣僚会議に出席するが、伊原アジア・太平洋州局長、管轄の岩本桂一南東ア課長の他に拉致問題担当の小野啓一北東アジア課長、それに植野篤志中国モンゴル課長まで同行するようだ。ちなみに昨年は外相会談から10日後にマレーシアで伊原局長が小泉訪朝を仕掛けたミスターXの後任であるミスターYと非公式協議を行っていた。

エルベグドルジ大統領は先月29日、「北朝鮮は信頼できる状況にある。拉致問題が解決する可能性も見えている」と、「仲介者」としての自信を仄めかしていた。

北朝鮮の再調査結果報告のタイムリミットまで後1か月、拉致問題はいよいよ大詰めを迎えているようだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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