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人社系院生が、学振なしで生活するために必要なコスト試算(仮)

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

大学院卒人材のキャリアに関する仕事を大学で担当しているものの、あまり具体的な数字を見ながら議論する機会が少ないことに気がついた。ぼく自身が院生だったさほど遠くない過去を思い出しつつ、必要な生活コストを算出してみた。ざっと下記のような条件を仮定しながら、計算した。

・人文社会科学系。

・国外学会、国外調査を除いた研究費が必要と仮定。

・書籍が主な研究費の費目で、これはいろいろな考え方があるけれど、1日1冊1500円の本を読むと仮定。論文を書く時期にはもっと読むだろうし、図書館で借りたりもするので全て買うとは限らないけど、専門書の価格が高いことを鑑みつつ、これくらいで均してみた。

・少しゆとりをもった生活を想定。

そうすると下記のような結果になった。

学費:50万円(立命館博士課程の場合)

生活費:10万円×12ヶ月=120万円

家賃光熱費:6万円×12ヶ月=72万円

研究費:85万円〜100万円前後

・書籍1500円×365日=54万7500円

・学会費、旅費(国内学会参加費、調査等)、その他(PC、ソフト) 30万円〜50万円

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合計:約327万円〜342万円

月額換算:約27.25万円〜約28.5万円

これは意外と大きなコストではないか。こんなざっくりとした単純計算で、すでにおそらく同年代の平均年収を上回ってしまっているのである。研究に必要な費用が大きな割合を占めているから実質的にはさほど贅沢な生活水準とはいえないと思うけど、それでもやはり学ぶ≒研究を行う生活を維持するには相当のコストがかかることが改めてよくわかる。

各大学院生はこれらを、奨学金、仕送り、バイト等で賄うことになるというわけだ。ちなみに、これだけ稼ぐにはどれだけの時間が必要なのだろうか? 仮にこの金額を、バイトで稼ぐと考えるとざっくり以下のような計算になった。

時給850円の場合(合計342万円の場合):

合計 約4023.5時間 月間約335.3時間 

1週間 約67時間 1日約9.5時間(1週7日休みなしで割って...)

時給1000円の場合(合計342万円の場合):

合計 約3420時間 月間約285時間

1週間 約57時間 1日約8.14時間(1週7日休みなしで割って...)

時給1500円の場合(合計342万円の場合):

合計 約2280時間 月間約190時間

1週間 約38時間 1日約5.42時間(1週7日休みなしで割って...)

どうだろうか。時給1500円でも、相当シビアな計算になることがわかる。実際時給1500円換算の仕事など、首都圏でもごく一部を除くと、多くの院生に回ってくる仕事とはいえない。さらに、大学院生は勉強しつつ、研究の成果報告(論文執筆、書籍執筆、学会報告等)もきちんと行うことが求められるから、これは相当うまくマネジメントしなければならないことがわかるだろう。

ちなみにぼくは学振をとれなかったので、その後働く路線を歩んでしまいましたが、思い出しても相当ハードだった汗 とはいえ、まだ研究とも無関連ではなかったし、学びも多く、かつ相当自由度の高い職場だったからよかったけれど、普通に働いてしまうと、やはり研究活動が回らなくなってくることが容易に予想される。

間違いなく、現在、そしてこれからの院生にはコストマネジメントとタイムマネジメントが必須といえるが、やはり個人の取り組みでは限界があるようにも思う。学振は重要だが、しかし全員に学振を配るというバラマキが現実的ではないこともまた確かである。こういうざくっとした積算資料もあまり見たことがないような気がするから、大学院のいろいろな支援施策(とくに経済的支援)を考えるうえでも参考になるのではないか。

※ざざっと計算したので、もし計算間違い等ありましたら、Twitter等で教えて下さいませm(_ _)m

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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