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組体操 専門家の見解 分かれる 「安全第一」の次に進むべきこと

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

■東西の組体操指導の権威が発言

学校における組体操の事故をめぐって、東西の組体操の専門家が積極的に見解を表明している。教育行政の対応が注目されるなか、注視すべき重要な情報発信である。

東西の専門家とは、一人が兵庫県伊丹市の公立中学校教員である吉野義郎氏である。中学校の体育教師として、10段の人間ピラミッドを指導し、Youtube上でも数多くの指導用動画を公開し、これまで新聞やテレビにおいても実名でたびたび登場している。今日の学校現場における組体操ブームの先駆けであり、カリスマ的存在である。先月、「組体操安全実施を進める会」詳細はこちらの動画)を立ち上げ、合わせて、今日の組体操批判に対する見解を新たにYoutube上で公開している(複数本公開、1本目はこちら)。

そして、もう一人の専門家が、日本体育大学教授(体操研究室)の荒木達雄氏である。組体操[注1]を含む「体操」指導の権威であり、日体大の体操部部長でもある。2月に入っていくつかの自治体が組体操の指針づくりを進めるなか、そのあり方をめぐって新聞やTVにおいて発言を始めたところ(FNNニュースNHK、TBS、東京新聞など)で、いまその内容に組体操関係者が注目を寄せている。

以下、両氏の見解を紹介しながら、今後の組体操指導のあり方について考えていきたい。結論を先取りすれば、両氏の見解は、重なる部分が多い。ただし、一点だけ大きなちがいがある。大事なのはその「一点」であり、これがいまもっとも検討されるべき課題であると言える。

■吉野氏「素人は組体操の指導をするな」

まずは吉野氏の主張を紹介しよう。

吉野氏が2月に入ってから続けて公開したYoutubeの動画には、吉野氏の強い思いが込められている。氏は、「テレビや新聞であれば、取材を受けても好きなように編集されてしまう」ことから、計6本に及ぶ動画で、自説を丁寧に展開している[注2]。

とりわけ氏がこの時期に動画を公表したのは、教育行政が組体操の規制(禁止を含む)に乗り出しているためである(詳しくは拙稿「全廃か存続か 『安全な組体操』の可能性を探る」)。行政による上意下達の規制は学校現場の実情を考えないものであり、「若手からたくさんの苦情がきている」という。

氏は、行政による一律の規制の問題点をこう指摘する(できるだけ氏の言葉をそのまま掲載した)。

一律に禁止されることは理解できません。後遺症が残るような事故をしてしまった学校は、場合によっては、規制とか禁止とか、これは仕方がないと思います。後遺症が残るような事故を起こしてしまったということに関しては、学校にも責任があるし、指導した教師にはいちばん責任があります。―略― 市教委や県教委や文科省は、学校個々で見てあげなければいけないと思うわけです。なぜ、毎年ケガもなく、成功裏に終わっている学校までが、いっしょに規制や禁止をされなければいけないのか。そこの部分が納得いかないから、こうやってYouTubeで語っているわけです。

出典:Youtube

このように語る吉野氏には、組体操の専門家として、安全指導に確たる自信がある。「きつい言い方になるが」と前置きをしつつ、「素人は組体操の指導をするな。熟練者だけ、やれ」と主張する。

あまり報道されていないことだが、吉野氏の安全指導にかける技術や計画、思いは、ブームに乗って組体操に着手した教員とは比較にならないほど徹底している。私が知る限り、吉野氏に取材に行った記者の何名かは、吉野氏の安全指導の細かさや徹底ぶりには舌を巻いている。気軽に組体操を指導することなかれ、という主張の意義は大きい。

■10段ピラミッドの重大事故を防ぐ方法

組体操の問題を一気に世に知らしめた大阪府八尾市立の中学校における10段ピラミッドの崩壊事故(6人が重軽傷)について、吉野氏は独自の安全策を次のように紹介する。

八尾の10段ピラミッドの事故では、まわりにいる教師が、落ちた時に、崩れた時に、何もしないで見ています。私であれば、両サイドから男性教師が最低5人ずつくらいいて、崩れた瞬間に押します。そして、中にせき止めてしまいます。拡がらせてはダメです。拡がってドンと落ちてケガをしますから、崩れた瞬間に「押せー」と大きな声をかけて両サイドから押してしまいます。ということは、途中で崩れて止まるということになります。下まで頭を打つことはありません。そのような指導の仕方を知っている教師が非常に少ない。それが事故につながっています。ですから、リスクを抑えることが、研修や学習によって可能です。そのことを力説しておきたいと思います。

出典:Youtube

10段ピラミッド
10段ピラミッド

これまで、筆者である私自身は、ピラミッドの周囲に教員を配置しても、崩壊は食い止められないと主張してきた。だが、吉野氏によると崩壊は起きたとしても、初発の段階で食い止めることができるという。なるほどそれが実際に可能だとすれば、崩壊がもたらすエネルギーは最小限にとどめることができ、重大事故は抑制されうるかもしれない。

このような指導方法を知っている教員がとても少ないという指摘は、重要である。「素人は組体操の指導をするな」という主張が、思い起こされる。

そして吉野氏によると、安全な指導方法の欠如は、10段ピラミッドに限らず、低い段数であっても同じ状況である。安全な組み方の指導ができない教員のもとでは、2人組での倒立やサボテンでさえ、事故が起きるという。一つひとつの技を丁寧に安全に指導していき、その段階的な指導の下で、最終形態として10段のピラミッドがあるという見解である。

■荒木氏「安全に実施できる技も多い」

体操指導の権威である日体大教授の荒木達雄氏も、安全第一を説く。荒木氏の公での発言はまだ少ないものの、現在入手できる情報源をもとに、氏の見解に迫ってみたい[注3]。

荒木氏も、今日の教育行政の姿勢には疑問を感じている。とくに組体操「全廃」という対応については、「安全な技も多いのに、すべて否定されるようで残念だ」と語る(3/6 東京新聞)。音楽に合わせながら、安全な範囲において、低い段数で動きのあるものをつくることも可能なはずである。

じつは、そもそも人と人とが組んだ時点で「組体操」である。したがって、私が記事に書いたように、二人三脚も組体操であるし、相手に足を固定されて上体だけを起こすこと(いわゆる腹筋運動)も組体操である(詳しくは拙稿「組体操の『全廃』から教育委員会の対応を問う」)。組体操「全廃」となると、こうしたものまですべてが廃止ということになってしまう。安全に実施できる技も多いなかで、組体操の具体的な現実を見据えた議論が必要と、氏は考える。

■ピラミッドは3段まで、タワーは2段までが妥当

3/6『東京新聞』より転載
3/6『東京新聞』より転載

荒木氏によると、組体操においては「いちばん重要なのは安全教育なのです。お互いに体を動かし合いながら、安全に何かを表現するといった目的がある。それを外してしまったら、組体操にはならない」(2/25 FNNニュース)。つまり、お互いに組み合うなかで、どのようにして相手の安全を確保するのか、それを学ぶ機会が組体操にはある。

しかし、それを学ぶために巨大なものは必要ないというのが荒木氏の主張である。荒木氏は「10段は論外」とし、ピラミッドは3段まで、タワーは2段までが妥当(3/6 東京新聞)と考える。氏のこの見解には、単に高さや重さの問題だけではなく、学校での練習時間の少なさも関わっている。「練習時間を多く取れば(タワーの)3段も可能かもしれないが、準備不足で行うのは危険だ」(3/6 東京新聞、カッコ内は筆者)。時間をかけて丁寧に段階的に指導をしていけば、難易度の高いものも可能かもしれないが、学校の現状を考えるならば、体育の授業でそれを実現するのは困難であるという見解である。

■「安全第一」の次に進むべき

荒木氏も吉野氏も安全第一という点では、まったく同じ見解である。そして、目下のところ学校には、巨大な組体操を安全に実施できる余裕はないと見ている。両氏の目には、今日の学校は、あまりに危険なことをしているように映っている。

しかし、両氏の間には埋めがたい溝があるように見える。すでに荒木氏の言葉のなかにあったように、荒木氏は「10段は論外」と考える。安全な指導の範疇を超えているという見解だ。他方で吉野氏は、教員の研修を徹底した上で、生徒を段階的に指導していくならば、10段ピラミッドも安全に完成させることができると考える。端的に言い換えるならば、丁寧な安全指導が最重要であるとして、荒木氏はそれを低い段数の技や動きに適用しようとし、吉野氏はそれを高い段数の技に適用しようとしているのである。

組体操の問題において、「安全第一」はもう過去の議論となった。次に必要なのは、いったいどのような技や段数であれば安全に指導できるのか、その具体的な可能性/危険性について検証していくことである。

注1

荒木氏は、「組体操」をめぐる用語の混乱についても危惧を抱いている。厳密には、今日問題になっているピラミッドやタワーは「組立体操」とよばれるもので、動きを伴う「組体操」とは区別して用いられるべきとする(詳しくは、FNNニュースの動画の後半部分を参照)。

注2

吉野氏は組体操以外の競技種目の危険性についても言及している。これもとても重要な論点であるものの、本記事では組体操の安全指導に論点を絞ることにする。

注3

私は3月に入ってから、荒木教授と直接に何度か意見交換をしている。だが、その過程で得られた情報は、本記事では取り扱わないこととする。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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