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現実の事件と公開時期が重なった。だからこそ、いま観るべき映画もある

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ルーム』で来日したブリー・ラーソンと、息子役のジェイコブ・トレンブレイ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

ここ数日、ニュースのトップで報じられている、女子中学生誘拐・監禁事件。被害者にとって、2年間の生活がどれほどの苦痛であったのかは、部外者には計り知ることはできない。彼女がこの後、どのように日常に戻っていけるのか。そのひとつの道筋を見せる映画が、偶然にも、間もなく公開される。7年間の監禁生活を描いた『ルーム』だ。

このように、現実の大事件と、公開を控えた、あるいは公開中の映画の内容が似通ってしまうケースは、よく見受けられる。

最近では、2月公開予定だった宮藤官九郎監督の『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』が、1月15日の軽井沢でのバス事故によって公開延期を余儀なくされた(改めて6月25日に公開が決定)。

5年前の東日本大震災の後は、地震や津波の描写がある映画が、ことごとく公開中止となった(『唐山大地震』、『ヒア アフター』など)。

その判断の是非はともかく、身近に起こった「悲劇」を、娯楽としての映画で提供することに、躊躇する動きが起こるのは避けられない。

ただ、今回の『ルーム』において、現実の事件が公開に影響を与えることはないだろう。いや、むしろ、事件の裏を読み解く題材として、ますます必見の作品になったと言っていい。

『ルーム』の主人公は、見ず知らずの男にさらわれ、7年間、密室での監禁生活を強いられる。彼女はその部屋で、犯人との子どもを妊娠し、出産。息子が5歳になるまで外の世界に一切、出るチャンスがなかった。

犯人によって支配されていく生活と精神。

犯人しか開けることができないドア。

それでも、いつか脱出しようとする、わずかな試みの積み重ね。

『ルーム』で描かれるこれらの要素は、今回の女子中学生の事件と一致している。ただし、『ルーム』の場合は、監禁された小さな空間に母と息子の愛が満ちあふれている点が大きな救いにもなっている。天窓から見える小さな空が、外の世界のすべて。とくに5歳の息子、ジャックには、監禁された生活が「外から守られている」安心感さえ与えているようだ。

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そして満を持した脱出計画の、手に汗握るサスペンスを経て、「外の世界」へ出た母と息子には、新たな試練が待つことになる。初めての広い空間と、慣れない生活習慣にとまどうジャック。そしてマスコミによる過剰な騒動。母の心から決して消えることのない深い後悔の念…。これら厳しい試練を少しずつ、ゆっくりと乗り越えようとする母と息子の苦闘に、この『ルーム』の真骨頂がある。

人生の重要なある時期を「奪われた」人が、まわりの愛によって心を開いていく過程は、否応なく観る者の心をわしづかみにして、涙腺を緩めることになる。母親役、ブリー・ラーソンは、本作でアカデミー賞主演女優賞に輝いた。

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『ルーム』は完全な実話ではない(現実の事件がヒントにはなっている)が、偶然、この時期に発覚した女子中学生誘拐・監禁事件が頭にちらつくことで、実際に起こった悲劇と再生のドラマのように鋭く胸に突き刺さってくる。公開時期が間もなくというのは、たまたまなのだが、これもひとつの映画の「奇跡」と言えるかもしれない。

『ルーム』

4月8日(金)よりTOHOシネマズ新宿、TOHOシネマズシャンテ他全国公開

(c) ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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