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またも傑作『ハドソン川の奇跡』を完成させた、イーストウッド、86歳の奇跡

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ハドソン川の奇跡』NYプレミアより(写真:ロイター/アフロ)

いま、映画ファンの間で、ひとつのブランドが存在する。「スター・ウォーズ」でも「マーヴェル」でもない、ひとりの監督の「名前」だ。それは、クリント・イーストウッド

クリント・イーストウッド監督作は、ある種、神格化の域に突入して観客を引きつけている。それほどまでにハイレベルな作品が続いているのだ。俳優としてもスターの座を獲得したイーストウッドは、監督作も37本(劇場公開作)。近年は監督としての仕事がメインになっている。

そのイーストウッドも現在、86歳。しかし創作意欲と作品のクオリティは、まったく衰えを感じさせないのを、日本では昨年公開された『アメリカン・スナイパー』で実感した人も多いことだろう。そして新作『ハドソン川の奇跡』が、今月、全世界そして日本で公開される(全米公開はあの9.11と同じ週末)。

その完成度は、またしても期待を裏切ることはなかった。

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2009年1月15日、USエアウェイズの旅客機が、NYのハドソン川に着水し、乗客・乗員155人が全員無事だった「奇跡」の実話を映画化。ここ数作、実際に起こった事件、実在の人物を描くことが多いイーストウッドは、今回も観る者の予想を、心地よく裏切りながらも作品に引き込んでいく。

巧みな構成力

本作は事故当日のドキュメントはもちろん、事故後、その判断が正しかったのかどうか調査を受ける機長の苦悩に迫っている。どちらかといえば後者がメインなのだが、緊迫の事故シーンの、作品における配置が秀逸。これは脚本家の成果だろうが、アクションの見せ場の的確な位置づけで緊迫感を途切れさせない。絶妙なバランス感覚!

ヒーローも人間

離陸6分後のバードストライク(鳥との衝突)で両エンジンが停止。その後、わずか208秒の間の判断、ありえない水面不時着の成功で155名の命を救ったサレンバーガー機長は、間違いなく「ヒーロー」なのだが、その判断の是非が問われることになる。前作の『アメリカン・スナイパー』でもヒーローと祭り上げられた兵士の心の闇を描いたイーストウッドが、今回も、ヒーローの「裏側」にぐいぐい迫っていく。英雄にも別の面があるという、ある意味、わかりきった事実を、ドラマチックではなく、あくまでに冷徹に、ドライに描くのがイーストウッド。トム・ハンクスの演技も含め、そこから「本物の人間」が浮かび上がってくる。

本作は「ALEXA IMAX 65mm」という最新カメラで全編が撮られたので、IMAX版で鑑賞するのもオススメ。さらにイーストウッド自身が手がけた音楽の「奥ゆかしい」使い方が、これまた琴線に触れる! 奥ゆかしさといえば、日本公開タイトルは『ハドソン川の奇跡』だが、原題は『Sully』。機長の愛称である。大げさではない、パーソナルな作品に仕立てたという意図も感じられる。上映時間96分にまとめた手腕、ラストシーンの爽快さ……。

実際の事故当時の写真
実際の事故当時の写真

ここで改めてイーストウッド監督作品を振り返ると……

アカデミー賞作品賞・監督賞などを受賞した1992年の『許されざる者』や、メリル・ストリープ共演の『マディソン郡の橋』といった話題作もあったが、イーストウッド本人があまり出演しなくなった2003年以降の作品のレベルが尋常ではない。

(キネマ旬報ベストテンは一つの基準だが、全作ランクインしている)

2003年『ミスティック・リバー

アカデミー賞作品賞など6部門ノミネート

キネマ旬報外国映画第1位

日本興収10億円

2004年『ミリオンダラー・ベイビー

アカデミー賞作品賞・監督賞など4部門受賞

キネマ旬報外国映画第1位

日本興収13.4億円

2006年『父親たちの星条旗

キネマ旬報外国映画第1位

日本興収17億円

硫黄島からの手紙

ゴールデングローブ賞外国語映画賞

アカデミー賞作品賞など4部門ノミネート

キネマ旬報外国映画第2位

日本興収51億円

2008年『チェンジリング

キネマ旬報外国映画第3位

日本興収12.8億円

2008年『グラン・トリノ

キネマ旬報外国映画第1位

日本興収11億円

2009年『インビクタス/負けざる者たち

キネマ旬報外国映画第2位

日本興収8.6億円

2010年『ヒア アフター

キネマ旬報外国映画第8位

日本興収6.97億円(日本公開中に東日本大震災があり、津波のシーンがあったため、上映中止に)

2011年『J・エドガー

キネマ旬報外国映画第9位

日本興収3.55億円

2014年『ジャージー・ボーイズ

キネマ旬報外国映画第1位

日本興収3.85億円

2014年『アメリカン・スナイパー

アカデミー賞作品賞など6部門ノミネート

キネマ旬報外国映画第2位

日本興収22.5億円

※年号は製作年 ※アカデミー賞は主なノミネート・受賞を表記

このように日本での興収は、やや低めの作品も目につくなか、前作『アメリカン・スナイバー』で一気に数字を伸ばした勢いが、新作『ハドソン川の奇跡』にどうつながるか、期待したい。

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『ハドソン川の奇跡』

9月24日(土)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

(C) 2016 Warner Bros. All Rights Reserved

配給/ワーナー・ブラザース映画

『機長、究極の決断 「ハドソン川」の奇跡』発売中

C.サレンバーガー著 静山社文庫刊

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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