Yahoo!ニュース

独裁者の幼少期を描く衝撃作を監督した、元イケメン(風)俳優。トランプ批判もあらわに

斉藤博昭映画ジャーナリスト
12年前、『サンダーバード』に出演した頃のブラディ・コーベット(写真:ロイター/アフロ)

クリント・イーストウッド、ジョージ・クルーニー、ジョディ・フォスター、ベン・アフレック……などなど、俳優業から監督業に進出し、その才能を開花させたスターは多い。「世界的スター」とまでは呼べないが、子役時代から『サンダーバード』にもメインキャストで活躍(日本語吹替は岡田准一!)し、ミヒャエル・ハネケ監督の『ファニーゲーム U.S.A.』や、ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』など鬼才の映画にも出演。これから俳優としての成長が期待されつつも、20代にして監督としての道を選んだのが、ブラディ・コーベットだ。

トップの写真のように、甘いマスクのイケメン(風)だった彼も、今はこんな感じ。28歳にして監督らしい風貌になりました。

『シークレット・オブ・モンスター』の撮影現場でのコーベット
『シークレット・オブ・モンスター』の撮影現場でのコーベット

そんな彼の長編監督デビュー作が11月25日に日本でも公開される『シークレット・オブ・モンスター』。昨年のヴェネチア国際映画祭で、世界に衝撃を与えた一作。その理由のひとつは、明らかにヒトラーを思わせる独裁者の「少年時代」をセンセーションに描いているから。「独裁者」と呼んでは語弊があるかもしれないが、このタイミングを考えると、アメリカの新大統領に就任するドナルド・トランプと重ねて本作に接する人も多いことだろう。

日本公開前に、ブラディ・コーベット監督にインタビューした。新大統領が決まる前だったが、“暴君の幼少期を映画にした”彼は次のように語っている。

「2年前、いったい誰が、ドナルド・トランプがここまで健闘すると予想しただろう。まぁ民主党も共和党も、ともに問題を抱えており、選挙システム自体が壊れていると言っていい。トランプはユニークな暴君だと思う。彼の政策が単に、ネオファシズムと人種差別に基づいているからだ。問題は、そんな人物に投票する人がたくさんいるということ。人々は暴君に簡単に操られる。こういう人物の登場に歓喜する。世界共通で“男らしさ”、そして“エゴ”が称えられているようで、恐ろしい」

『シークレット・オブ・モンスター』のように、トランプの幼少期を映画で描いたら、面白いのではないだろうか。

「いや、トランプやチャウシェスク、ヒトラーやスターリンの実際の幼少期を映画化したら、つまらない作品になるはず。彼らの考えは古くさいし、彼ら自身の物語はとてもつまらない」

と、かなり辛らつなブラディ・コーベット。

たしかに『シークレット・オブ・モンスター』はフィクションではないが、一人の少年が将来、狂気の権力者となってしまう過程を、観客に納得させるパワーがある。カメラワーク、セット、音楽、俳優の演出に至るまで、コーベット監督の才能がみなぎっているのだ。特に印象に残るのは、主人公の少年の演技。現在11歳で、演技未経験だったトム・スウィートについて、コーベットは次のように語った。

少女のような少年、トム・スウィート
少女のような少年、トム・スウィート

「近所で少女のような容姿の男の子を探していて、キャスティングディレクターが公園でサッカーをしているトムを見かけ、スカウトした。外見、声、頭の良さと、すべてが役に完璧だったよ。初の演技ということで僕も演出には不安もあったが、今回の製作段階で最もラクだったのが、トムへの演出。それくらい天才だった」

トム・スウィートの容姿は、この記事のトップにある監督の十代の姿とも少しだけ重なる。

ブラディ・コーベットはアメリカ、アリゾナ州の出身で、現在もニューヨークに住んでいるが、本作へのアメリカのマスコミからの批評が意外だったと漏らす。

「倫理観からの分析が多かった。この作品について『親が子供の教育を間違えると、独裁者、ネオファシシトが生まれる』と解釈された。ちょっと理解しがたい反応があった」

「絵画や音楽と同じく、50年後にも人々が話題にするような作品を目指して映画を撮り続ける」というコーベットは、次回作でポップスターの一代記を、長編映画としては異例の65mmフィルムを使って撮る予定。その大胆なチャレンジはまたもや話題を集めそうで、冒頭に記した俳優から監督への転身例では、あのロン・ハワードのような“職人”として成長する予感がする。

画像

『シークレット・オブ・モンスター』

(c) COAL MOVIE LIMITED 2015

配給:REGENTS

11月25日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事