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『美女と野獣』レビュー 自らの名作を絶対に傷つけてはいけないというディズニーの精神

斉藤博昭映画ジャーナリスト

スクリーンに広がるのは、まさしく『美女と野獣』の世界だったーー。4月に日本公開となる実写版『美女と野獣』の全貌が、ついに明らかになった。予告編の再生回数が爆発的な数字となり、今週末公開の全米では、ディズニーが週末興収の予想を上方修正するなど、その期待感は異様なまでにふくらんでいる。

ディズニーが自社の不朽のアニメーション作品を実写映画化する動きは、ここ数年、顕著になっている。

2016年は『ジャングル・ブック』、2015年は『シンデレラ』、2014年は『マレフィセント』。2010年の『アリス・イン・ワンダーランド』は昨年、続編も公開された。これらのオリジナルとなるディズニー作品は、それぞれ、1950年(シンデレラ)、1951年(不思議の国のアリス)、1959年(眠れる森の美女)、1967年(ジャングル・ブック)と、どれもが半世紀以上前。クラシックと呼べる作品だった。

しかし今回の『美女と野獣』は、オリジナル版の公開が1991年。26年前なので、リアルタイムで劇場で観た感覚を忘れていない観客もひじょうに多い。そこが最近の4作品とは大きく違う点だ。旧4作の場合、『シンデレラ』はヒロイン像が大きく変化していたし、『ジャングル・ブック』はアカデミー賞を受賞しただけあって、映像革命で新たな世界が誕生と、オリジナル版を大切にしつつも、根本からの改変が魅力となって、現代によみがえっていた。

新たに3曲を追加

『美女と野獣』は、その逆アプローチをとったと言っていい。91年のオリジナル版の世界を、できるだけ壊さずに、実写として届けようとした。そのアプローチがオリジナル版のファンを“萌え”させるのだ。この実写版では、アラン・メンケン作曲・ティム・ライス作詞による新たな曲が3曲追加されている(野獣の切ない思い/城のキャラたちの回想/ベルの父の回想)。その結果、上映時間が130分。オリジナル版は110分なので、まさしく3曲分の延長になっていると考えていい。

村の中をヒロインのベルが歌いながら歩くオープニングから、オリジナル版の世界そのもの。有名な舞踏会のシーンなど、要所の演出にはカメラワークやアングルに至るまでオリジナルが意識され、記憶に新しいアニメーションの『美女と野獣』を「肝心な部分は余計にイジってはいけない」というディズニーの固い信念が見てとれる。

もちろん実写になったことで、予想外の変化も体感できる。これは『アリス』や『シンデレラ』でも多少感じられたことだが、描かれる世界の「ダーク」感だ。もしオリジナルのアニメーションをまったく知らない人が、今回の『美女と野獣』を観たら、そのダークな世界観を素直に受け止められるだろう。野獣に変えられた王子。人間の顔をもった家具や食器。不気味な城の内部。そして過激なバトルアクション……。このあたりは実写となることで、予想以上に生々しく迫ってくる。ミュージカルとしての明るさを除けば、この作品のジャンルはダークファンタジーであろう。

実写となって際立ったのは…

野獣は、キャスト(ダン・スティーヴンス)のパフォーマンス・キャプチャーによってデジタルで製作されているのだが、特殊メイク&着ぐるみに近い、手作り感が濃厚。この点は、1946年のジャン・コクトー版『美女と野獣』の不気味さとも重なり合った。そして家具や食器たちは、リアルに怖く見える瞬間も何度か……。こうしたダークな世界は本来、ティム・バートンやギレルモ・デル・トあたりに監督を任せたら、とことん極められたとも思う(今回の実写版で『シザーハンス』と『美女と野獣』のシンクロ感はより鮮明になった)。しかし先に書いたとおり、オリジナル版からの大変貌は危険な賭けであり、監督はビル・コンドンで正解だったようだ。

ベルのドレスは偶然にも『ラ・ラ・ランド』と同じ黄色。ヒットへのラッキカラー!?く
ベルのドレスは偶然にも『ラ・ラ・ランド』と同じ黄色。ヒットへのラッキカラー!?く

実写になることでエマ・ワトソンのベルが丘の上で歌うシーンが、『サウンド・オブ・ミュージック』にそっくりなど、過去のミュージカルへのオマージュも無意識レベルで発生。食器たちが歌って踊る「ひとりぼっちの晩餐会(Be Our Guest)」は、アニメ以上にバスビー・バークレイ(※)の世界となっていた。当初、いくつかのクリップを観たときに、ミュージカル・シーンでのエマちゃんの手の動きが気になったのだが(彼女は腕が長い)、全体を通して観るとその違和感は消えた。

アクションシーンに関しては、やや見せ方や編集が粗雑に感じられる部分があったが、『美女と野獣』の観客は、そこにはあまりこだわりがないだろうから問題ナシ。というわけで、「期待した作品と再会できる」という点で、この『美女と野獣』は、安心感を求める観客を大満足させるのではないか。筆者も、1991年の劇場にタイムスリップした錯覚をおぼえた。

こうしたディズニー・アニメーションの自社の実写化は、今年の夏に撮影が始まる『アラジン』(監督はガイ・リッチー!)を筆頭に、『ダンボ』、『リトル・マーメイド』、『ライオン・キング』、『ムーラン』,『くまのプーサン』の他、『マレフィセント』や『ジャングル・ブック』の続編、『101匹わんちゃん』の悪女クルエラを主人公にした作品、さらにアニメではないが『メリー・ポピンズ』のリメイクなど、プロジェクトが多数待機。もはやこれだけで「ひとつのジャンル」を形成しそうな勢いなのである。

※バスビー・バークレイ:1930〜40年代、ハリウッドのミュージカル映画に革命を起こした演出家で振付師。多数のダンサーを使ってマスゲームや万華鏡のように見せる演出が有名。

画像

『美女と野獣』

4月21日(金)全国公開

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(c) 2017 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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