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サプライチェーン人材マーケット最新事情

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
サプライチェーン分野の転職市場は活況だが、実はなかなか転職が決まらない理由がある(写真:アフロ)

グローバル化が進むなか、各企業のサプライチェーンに注目が集まっている。私たち未来調達研究所株式会社も「The調達2016」という冊子を無料公開し、好評をいただいている。

それまでは単一国で生産すればよかったところ、さまざまな国に広がっている。そのとき、各企業でグローバル対応できる人材の不足が問題となる。シーディーエス株式会社でシニアコンサルタントを務める山口和彦さんに、これからのサプライチェーン人材とその転職マーケットについて聞いた(聞き手・坂口孝則)。

――現在のヘッドハンティング・マーケットはいかがでしょう。

サプライチェーン・購買領域のリクルーターをして10年になる。製造業、一般消費財、コンサルティングファーム、金融、物流業界と、様々な業種の中途採用を支援してきた。お会いした候補者は3000人を超え、目を通した履歴書の数は2万通に上る。10年間これだけの候補者に会っても、企業が求める人材は極めて少なく、マッチングは難しい。

――これだけ業界が盛り上がるのに難しいままですか。

今より更なるキャリアアップを目指し転職活動を開始する。あるいは突然失職して仕事を探し始めざるを得なくなる。ただし、転職活動を進めるうちに、運良く募集案件を見つける。しかし、その募集案件に、自身がマッチする確率が0.04%だとしたら、仕事を探す動機が何にしても希望に満ち溢れた活動とは言い難い。実はこの0.04%とは、ある外資系製薬会社から依頼を受け、該当する人材を検索した結果だ。

こういう案件があった。

募集案件:購買課長(もしくは部長級)

人材要件:大卒40歳~50歳(実際は35歳から50歳で検索)、製薬・自動車・IT・消費財、いずれかの業界での購買経験、外資系企業または海外での就業経験、メディア購買の経験、エージェンシー側の経験尚可、ビジネスレベルの英語力、5名程度のマネジメント経験、年収1000万円~1500万円程度

検索結果:登録人材521万人中、調達・購買にかかわる人材1万936人、そのうち対象なりうる候補者数は4人(2015年4月CDS株式会社調べ リクナビネクスト登録人材検索結果)にすぎない。

この数字は、求められる人材要件によって変わるので、当然すべての調達人材がこの確率でしか仕事が見つからないのではない。また、登録人材とは日本にいるすべてのバイヤーを網羅していないので、求める要件に対する母数としては大雑把だ。ただ、どの様なサーチもマッチング率はぜいぜい10%程度で、どんなに検索条件を緩和して出来るだけ多くの候補者が上がってくるように設定しても、その率が20%いくことはない。

しかし、これだけで人探しをした結果、可能性のある候補者はたったの4人でしたとはいえない。もっと地道な活動によって人材を探す必要がある。

この製薬会社のケースで言えば、専属契約を締結し、採用をある程度確約しているので(100%確約は出来ないものの、どういった形のサーチで、どの業界を探し、何人くらいの候補者を提案するなど契約書に細かく盛り込む)、さらに高いマッチング率が求められる。したがって、競合他社を中心に、転職市場にはいないが人材要件によりマッチする候補者に絞り込みをかけていく。

まず、企業の人材要件に基づき、ターゲットとなる競合製薬会社上位30社を選ぶ。他業界も要件として入っているものの、要件に見合う人材がいる可能性の高さから、今回は製薬会社を第一のターゲットとする契約条件と仮定している。

各社の購買組織が何人で、そのうちマネージャーが何人いるのか、さらに、英語力の有無など、企業が求める人材要件に沿ってターゲットとなる候補者が見つかるまで調べていく。その方法は具体的には公開できないが、かなり骨の折れる作業で時間もかかる。

ひとつ興味深かったのは、大手外資系製薬会社が大体20名程度のバイヤーから成る組織だったのに対して、ある外資大手製薬会社では、バイヤーが5名しかいなかった。どんな買い方をしているのか非常に興味がある。

その企業の社員数は5000名、調達人員比率はわずか0.1%にすぎない。超先進的な購買手法を持っているか、各部門主体で購入し、購買は発注業務中心なのかもしれない。

閑話休題。地道な努力で人材要件に合った60名に辿り着き、それぞれに声をかけていく。結果、転職に興味がない、またはその会社自体に興味が無い、合わせて38人が応募意思なし。アプローチ中9人(何度もコンタクトするも連絡が取れないので、通常興味なしの部類に入れる)。興味ありが13人となった。

さらに製薬業以外の購買組織も可能な限りサーチを行い、最終的には38名の候補者をこの企業に提案した。

このサーチの場合、およそ300名のバイヤーから38名をマッチングしたので、マッチング度はおよそ12.7%となる。もっとも、最終的に採用が決まるのは応募が前提になるので、興味を示さなかった38人と反応なしの9人、併せて47人は適合している人材に含めない。

人材登録型で企業が求める人材を探す場合、求める人材がいる可能性は0.04%、ヘッドハンティング型で積極的に探しても、その適合率は12.7%だ。およそ87%の候補者は、企業が求める人材要件に満たしていない。

――なぜそのようなミスマッチが起きるんでしょうか。

年功序列・終身雇用時代は、従業員の能力開発は企業が担ってきた。これからも企業が主体となって人材開発を行っていくことに変わりはない。しかし、バブル経済崩壊後の経営環境の悪化、また2000年以降の労働力人口の減少、国際競争激化による要因から、企業は新卒採用から一貫した人材教育までを、それ以前の時代と比べて行えなくなった。コストと時間がかかりすぎるからだ。

年功序列・終身雇用の終焉はつまり、企業が担っていた人材開発の終わりを意味する。

年功序列・終身雇用に変わって登場するのが、成果主義・能力主義だ。これは企業が導入したものではなく、そうせざるを得なかったのだと個人的には感じるが、成果主義と能力主義の導入によって、企業は社外から優秀な人材の獲得を行うようになる。

優秀な人材とは、入社後すぐに現場で活躍できる収益性の高い人材に他ならない。企業がこれまで新卒採用と社員教育にかけていた時間とコストを、収益性の高い人材確保に充てるようになってきたのだ。

中途採用が始まった頃は、とにかく人材要件に見合う人の採用が優先されたので、その要件に7割程度見合えば内定が出ていた時代もあった。しかし、現在は、例えば購買でも単に購買ができる人ではなく、プラントに使用する大型機械の購買経験5年、外資系勤務経験、英語力800点以上など細かく人材要件を求めるようになってきている。

企業は同じコストでより優秀な人材を確保したいので、人材要件が必要以上に高くなる傾向がある。時としてスーパーマンを雇おうとしているのでは、と思うほどだ。

現在の人材獲得市場は、企業のこうした高い人材要件に対して、個人の能力が追い付いていないのが現状だ。英語力一つとってみてもそれは顕著で、検索条件に「ビジネス英語」と入れただけで、英語要件を含まない100名のバイヤーがたちまち5名になったりする。

もうひとつのミスマッチとしては、企業側の問題がある。例えば、個人の望む働き方を企業が提供できない場合だ。非常に収益性の高い方が結婚を機に一旦離職をする。復職については時短・定時退社などで仕事をしたいと考えていても、企業側がそれを提供できない。他には、在宅での就業を希望しても、そうした取り組みを行っている企業がまだまだ少ないなどが挙げられる。

今後、企業は収益性の高い人材だが労働時間や場所の制約を抱えている、あるいは50歳以上の優秀な世代、さらには女性の積極的な採用も含め、より柔軟に雇用を検討し、ミスマッチを解消する必要がある。

――日本社会全体で、起業を促進し、ミスマッチを解消する方法は得策でしょうか。

私はサラリーマンを辞めて、一度、自営業者として独立した過去を持つ。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロで経済環境が悪化し、当時勤めていたカナダの旅行会社が倒産した。それを機にこれからは会社に頼らずに自分の力で生きていこうと、行列のできる惣菜店で3年修業の後、のれん分け制度を利用して独立した。

事業主となって戦ったのは経済環境ではなく孤独感だった。仕入れからメニュー構成、日々の売り上げ管理など、店舗運営に必要な全てを経験したけれど、来る日も来る日も売り上げは直営店のようには上がっていかず、積み上がるのは売れ残ったコロッケ、唐揚げ、チキンカツの山だった。毎日残り物を家に持ち帰り、同じおかずを食べていた。

2004年、年末の書き入れ時、明日が勝負と食材を仕込んだ。翌朝起きて窓の外一面に広がる銀世界を見た時、私の心はポキッと音を立てて折れた。クリスマスシーズンの雪は、子供たちにとって最高のプレゼントだけれど客足は遠のく。その年の年末、私はひっそりとシャッターを下ろし、店をたたんだ。

企業に個人が求める働き方がないのなら、雇われない生き方で個人の未来を切り開くことは可能だろうか、とも考える。

日本の就業者6379万人のうち5639万人が企業に雇用されており、就業者における雇用者比率は88.4%にのぼる(総務省「労働力調査」2015年8月分速報)。企業雇用が社会的役割として大きく貢献しているのだ。

巷には雇われない生き方を勧める書籍が溢れるが、現実として起業のみに新しい働き方や雇用のミスマッチの解決を見出すのは難しい。私の経験からしても、雇われない生き方は非常に厳しい。

これからの働き方は否応なく多様化していく。あれかこれかの選択ではない。さらに、働く機会そのものが縮小していく。

――なんだか暗い話になってしまっています。

「頭を使わない仕事はどんどん機械化するぞ、だから必死で頭を使え」。2003年8月、私が惣菜店で修業を積んでいた時代に、アメリカのメンフィスにあるウォルマートを視察で訪れた際、社長が私にそう言った。

社長が私たちに見せたものはセルフレジだった。有人のレジの脇にいくつかのセルフレジが並ぶ。商品数が少ない客が優先的にセルフレジを使うことができる仕組みになっていた。

セルフレジはその年11月にイオンが千葉県柏市のマックスバリュー松ヶ崎店に日本で初めて導入し、以降右肩上がりで伸びてきた。現在、イオンの約60%にあたる280店舗で導入され、人件費の削減が期待されている。

2015年3月22日付の日経産業新聞は、三井住友銀行が米IBMの開発した人の言葉を理解する認知型コンピューター「ワトソン」の内定を発表したと報じた。銀行のコールセンター業務にあたるという。ワトソンはビックデーターを分析・判断し、自ら活用する。熟練オペレーターに変わって、経験の浅い人間でもワトソンが道引き出す情報を活用してオペレーター業務が可能となる。

人に代わって機械が仕事をする比率はますます増加する。

――私は製造業を主戦場としていますが、製造業の人材マーケット市場はいかがでしょうか。

製造業は1980年代までは、最大の就業者数であったが、1990年以降、就業者数は現在まで減少傾向にある。

リクルート ワークス研究所のデーターによると、1990年から2000年の10年間に約184万人減少し、2010年にはさらにおよそ280万人が減少、2015年の就業者数は1990年と比べ2/3になっている。

産業の成長に合わせて、人材需要が生まれるのだから、マーケットが縮小すれば余剰人員が生まれる。製造業においては約230万人の余剰人員が生まれる。

雇用喪失を職種別でみると、生産工程・輸送・機械運転従事者で顕著にみられる。これは製造業がその拠点を海外に移転している事、また、国内で強化したい職種として、商品開発・マーケティング、研究開発を優先しているからだ。

――人口減から、さらに人材マーケットは影響を受けそうな気がするのですが。

日本の人口は2005年より既に減少を始めている(総務省統計局2005年12月国勢調査速報人口)。さらに2025年は、労働力の中核をなす15歳~64歳の生産人口も減少し、労働市場に及ぼす影響はますます加速する。

また、人口構成は17歳以下13.6%、18~34歳16.7%、35~59歳33.2%、60歳以上36.6%と、少子高齢化が一段と高まっていく(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」)。

今後は、人口の減少によって人材が不足する事態と、人口の減少によって雇用機会が減少する事態が同時に起きる。あるところでは人余り、一方では人材不足となる。年齢層で見ると、当然若手社員は希少価値となる。人口の6割以上を占める中堅からシニア層の「働く」はどう変わるのだろうかと、考えている。

リクルート ワークス研究所は、こうした将来に向けて、社会制度・企業・個人の創造性が明るい未来を作ると説いている。

社会システムとして、長く働き続けられる新しい形の労働環境を整備し、働き方を多様化する。例えば、期間限定社員制度、女性の積極活用、インディペンデントコントラクター(個人で法人にサービスを提供する事業者で自営業とは区別している)の推進、または契約社員・派遣者などで、離職率を減らし、雇用を創出するなどだ。

企業は、例えば、人材サービス業者ならば、表層的なマッチングだけでなく、新しい雇用を創出させるダイナミックなキャリア・チェンジの支援で働き方を変えてゆく。

では、個人の創造性とはいったい何だろうか、とも考える。

――結局は個人の強みとして何が残っていくんでしょう。

愛とか友情のように、大切なものほど数値化出来ないのだとしたら、結局未来を生き抜く力とは、自ら新たな働き方を創出しようと努力する姿勢によってのみ獲得できるのかもしれない。

過去10年の間に、リクルーターとして何度か講演をさせて頂く機会を得た。私が取り上げるテーマはいつも「売れる人材、売れない人材」だ。仕事上多くのサプライチェーンにかかわる人を見ているので、自分の経験をもとに話ができる。

売れる人材は数値化できない。だからこそ人間力がすべて。

企業の求める人材要件は多様で、かつ、今後は労働市場そのものが劇的に変化する。その際、求め得られるのはTOIEC990点でも、CPP A 級とか学歴でもない。それらは大切な要素ではあるけれど、企業や社会が求める人材は、最終的にはコミュニケーション能力であったり、人当たりの良さのときもあれば、言葉づかいを含めた話し方なり、粘り強さだったりする。特に調達はエンジニアではないので(クオリティーサプライヤエンジニアは別かもしれない)、何か特定の技術や資格を有しているかどうかが、収益性の高い人材かの決め手ではない。

採用面接の見送り理由が、「自分の経歴をきちんと説明できなかった」「受付での対応が威圧的で関心が持てなかった」「服装がだらしなかった」など、時として耳を疑うようなものがある。ちなみに私がお会いするのは新人ではなく、課長を中心とする管理職世代だ。

これはもう購買経験とか英語力とかではなく人間力の問題だ。だから、私は講演ではいつも自分が知らない領域に対して興味を持つ大切さを話す。それは読書であり(小説がよいと思う)、自分が関わらない業界、職種への関心であり、ファッションなどもその一つだ。それらは直接的に職務上必要な能力に結びつかないが、人間力の基礎となる感性を磨くには大変役に立つ。

何度も同じ趣旨の話をするものだから、私の指摘はいつも変わらないと言われた経験がある。マンネリで見栄えのしない内容という意味だろう。

転職を3年未満で繰り返す人がいる。いわゆるジョブホッパーだ。会社業績が悪く事業が縮小した。上司のパワハラがあった。会社が買収されポジションがなくなった。業務内容が入社前に言われていたことと違う。突然減給にあった。これで最後の転職にしますと、私が提案した企業の内定を蹴って他社の内定を受諾し、1年経って「初めまして」と言って私の持つ別の案件に応募してきた方もいた。理由は色々あるけれど、総じて人間力に問題があったのではないかと思うと、納得のいく方が多い。

私が御支援した方で5年、7年と活躍されている方は、人柄がよく人間味あふれる方ばかりだ。2006年6月、私が最初に外資系生命保険会社の間接購買ポジションに支援した方は今も御活躍だそうだ。駆け出しのリクルーターであった私ですら、その方の人柄の良さが分かるほど魅力的で、素晴らしくコミュニケーション能力の高い方だった。

自ら新しい働き方を創出するとは、どのような環境の中でも自分自身を向上させ、人間力を高めることなのではないか。10年前からそうであったように、これから迎える時代もまた、求められる人材に違いはない。

――ありがとうございました。

未来調達研究所株式会社では山口さん参加の「The調達2016」を配布しています。ぜひご覧ください。よろしくお願いします。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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