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専門分野研修講師という選択、地道な学習と継続が仕事を呼ぶ

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
もっとも簡単な差別化は何でしょうか。私は一番になることだと考えています。(写真:アフロ)

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載

このところ、第二次、第三次の起業ブームが起きています。個人がサラリーパーソンから独立し、士業やコンサルタント、また個人事業主として食っていくとき、どのような困難が待ち受けているのか。私は一人の独立した人間として、他の先人たちに興味を持ちました。彼らはどのように独立して、食えるにいたったのか。それはきっと起業予備軍にも役立つに違いありません。さきほど、「第三次の起業ブーム」と入力しようとしたら、「大惨事」と変換されました。まさに大惨事にならない起業の秘訣とは。セミナー講師の牧野直哉さんにお話を聞きました。

――今日は、セミナー講師、研修講師として受注を続けるためにどうしたらよいか、お話しいただけるとのことで、楽しみにしていました。よろしくお願いします。

私は、企業の調達・購買部門で働くビジネスパーソン向けのセミナーをおこなっています。初めてセミナーを開催して以降、どうしたら新しい企画のセミナーを開催できるのか、そして多くの顧客に参加してもらえるのかを常に考えています。今回はセミナー講師として仕事を受注し、どうしたら継続できるのかについて、具体的な方法論を考えました。

お客さまは、どんなセミナーだったら出席したい!と思うのでしょう。お客さまが興味をもち、誰も取り扱っていないテーマで、驚きと感動を「価値」として提供すれば良い、そう考えます。そういった価値を得られるかもしれないとお客さまが理解すればセミナーは開催できるでしょうし、一回の開催が次なる開催へとつながってゆきます。では、どうすれば「価値」を提供できるのか。お客さまは、セミナーのどの部分に「価値」を見いだすのでしょうか。

――人気セミナーに出席して盗むとは、どういうことでしょうか。

セミナーの「内容」を盗むのではありません。初めてセミナーを開催したとき、事前に参加したセミナー、大きな会場で数千人を集める人気講師や、尊敬する講師がやっていた三つ取り組みを「まね」しました。一つ目は、セミナーの開始時は必ずスーツの上着を着て、参加してくださったお客さまにお礼を述べる。二つ目は時間厳守。三つ目は高額な靴用のインソールを購入して敷きました。

この三つをおこなったからセミナー開催が実現し、現在も継続的に開催できているかどうかわかりません。しかし実践していた講師は、会場に数千人を集め開催するセミナーの多くを満員にしていました。セミナー開催でもっとも重要な「集客」に成功している講師です。どんなにすばらしいコンテンツでセミナーを開催しても、参加者がゼロであればセミナーは開催できません。セミナーの内容で他の講師との差別化を計るのは当然です。しかし、内容に関係のない部分は、徹底的に盗み「まね」して実践します。この三つの取り組みを意識して他人のセミナーに出席すると、見えてくる事実がありました。

上着を着て挨拶をする講師は、顧客に敬意の念を持っており、共感を探り提供します。決して「教えてやる」の上から目線でセミナーを進行しません。時間厳守はセミナー講師だけではなく、社会一般の常識です。定時運行の交通機関に慣れている日本人がお客さまの場合は、多くのセミナー講師がもっと注意して時間管理をおこなうべきです。靴のインソールは、一日少なくとも6時間立って話続けるわけですから、少しでも疲労しない工夫が必要であり、体調管理へのより強い意識をもつきっかけになりました。限られた時間で、もてるすべてを伝えるために、必要な活力を維持するためにも体調管理は重要なポイントです。

――最新最強の「ベータ版」を提供するにはどうしたらよいか、教えていただけますか。

私の専門は、調達・購買業務です。企業が自社の事業運営に必要なモノやサービスを、自社に有利な条件で購入するための方法論をセミナーにしています。「買い方」そのものは普遍的です。しかし、購入をサポートするツールや、企業が事業活動する経営環境は、常に変化しています。売買にはコミュニケーションが必要です。最近10年、20年といったスパンで見ても、コミュニケーションに活用するツールは、大きく変化しています。また、経営環境は多くの企業が、その変化に翻弄されています。

そんな中で、仕事はこうしろ!と方法論を語るのがセミナーです。同じテーマであっても、実戦で活用可能なノウハウは、最新のツールや環境条件に適合した内容が必要です。好評なセミナーは、繰り返し開催が可能です。同じ内容で繰り返しおこなうのではなく、最新のツールや環境に適応した、セミナー開催時に最新かつ最強である内容で構成し、お客さまに提供する価値の維持が必要です。

仕事を取るためのセミナー企画でも、開催日に最新・最強の内容を目ざし、時間の経過とともに内容は陳腐化していくものとして、内容の修正活動は永遠に続けなければなりません。「ベータ版」とは、ソフトウェアの世界で「開発途上版」との意味があります。開催日に最善でも翌日には内容が陳腐化している可能性を踏まえた自分への戒めです。仕事を取るためだけでなく、取り続けるためにも、常に最新・最強をまず講師が探究し続けなければならないのです。

――大切なのは、テーマの第一人者になることだと伺いましたが。

セミナー講師を目指し、その内容を考えるとき、誰もが他人が取り扱っていないテーマを探し求めます。誰も扱っていないテーマであれば競争がなく、ニーズが存在する限りブルーオーシャンです。しかし、誰もが取り扱っていないテーマは、ニーズが限定されます。集客を考慮すると、ある程度講師が存在するテーマを選定する必要があります。講師間での競合を想定し、他の講師との差別化を図らなければなりません。

差別化は、個人でも企業でもとても難しいテーマです。それは、自分がおこなった差別を、顧客に理解してもらう必要があるためです。自分が差別化しただけでは実現しません。それでは、もっとも簡単な差別化は何でしょうか。私は一番になることだと考えています。

セミナーをおこなうテーマについて、まず自分で第一人者になります。具体的な方法は2つあります。一つ目は、第一人者になるテーマに関連するキーワードをインターネットで検索して、少なくともトップページに自分の記事や、掲載されたホームページがヒットすることです。第三者の視点で見て、発言や取り組みが重要視されているあかしになります。二つ目は、テーマに関する入手可能な文献をすべて購入し目を通します。

私は、現在日本で入手可能な調達・購買関連の文献には、ほぼすべてを購入し目を通しています。もっとも古い文献は、昭和13年に発行されています。調達・購買に活用するセオリーが普遍的であると述べました。それは自分の目で実際に読んで確認しています。しかし昭和13年と現在では、ツールや経営環境が大きく異なります。したがって、活用するセオリーも適応方法も、工夫しなければなりません。

――最後に読者のみなさまにメッセージをお願いします。

最初に「お客さまが興味をもち、誰も取り扱っていないテーマで、驚きと感動を「価値」として提供する」と書きました。しかし「誰も扱っていないテーマ」を探すのは難しく、またニーズの存在も限定されます。そして「驚きと感動を価値として提供」するのも、実際数時間におよぶセミナーで、最後に感涙にむせぶのもほぼ不可能です。しかし、なにか一つお客さまの心に引っかかる内容を提供できるかどうかが、差別化であり、セミナーを開催し成功するかどうかの分岐点、私はそう考えています。

<プロフィール>

牧野直哉(まきの・なおや)

未来調達研究所取締役/調達・購買セミナー講師

1992年、明治大学政治経済学部卒業。重工業メーカーで、発電プラントの輸出営業を経験後、資材部へ異動し、購買業務に従事。現在は、外資系機械メーカーで、アジア太平洋地域のサプライチェーン管理を担当。2012年、未来調達研究所株式会社取締役就任。現役バイヤーの立場から情報発信をおこない、企業の調達・購買部門における取引先管理・サプライヤーマネジメントの専門家。調達・購買の現場に根ざした理論構築を行っている。神戸大学ではトップマネジメント講座の調達購買分野、日本の取引構造の変遷に関する講義を担当している。

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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