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杉並区の保育園問題。もうひとつの現場、井草地区では住民による代替案が提示されている。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
一見すると無雑作な作りの公園なのだが、地域にとって大切な場所だとわかった

杉並区の、公園を保育園に転用する問題は、他の保育園反対運動とかなり違う

私はこれまで杉並区の保育園問題をとりあげいくつかの記事を書いた。

杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。

杉並区の保育園問題。訴えたいのは、誰かを悪者と決めつけて、確かめもせず攻撃するいまの風潮。

この記事の前には「保育園落ちたの私だ」運動を取材し、保育園をもっと増やすべきだとの立場で記事を書いているので、矛盾した姿勢に思う人もいるようだ。保育園建設を推進していたのに、いまは反対派なのか、と。

保育園反対運動について、これまでいくつかの場所で取材してきたのだが、それらと杉並区の件は大きな違いがある。一緒くたにすべきではない、というのがまず私が言いたいことだ。何が違うのか、比較表を作ってみた。

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私がこれまで見てきた「保育園反対運動」は使ってない場所に保育園を建てる計画に対してのものだった。杉並区で起こっているのは、現時点で使われている公園を保育園に転用するもので、そこがまず全然違う。それから、規模もかなり違う。他では説明会に集まる人数は30〜40名程度だ。署名を集めることも多いが私の知る限り最大で600人台だった。ところが久我山東原公園の説明会に集まったのは300名だ。署名もわずか二週間で2750名分集まったそうだ。声をあげる人の数が久我山のケースではものすごく多い。

そしてここがまた誤解されている点だと思うが、他では反対運動によって計画が延期される。説明会が何度も何度も開かれてなんとか住民の理解を得ようとする。保育園は地元の理解がないとよくないとの考え方からだ。だが久我山東原公園は延期になってはいない。区としては着々と計画を進めるつもりだと聞いている。

杉並区の保育園計画に住民が猛烈に反対して進行を止めてしまった、ひどい。そう受けとめている人は多いかもしれないが、計画は止まっていない。そういう実情は知っておいてもらいたい。

もうひとつ、他の説明会はマスコミは入れない。だが杉並区の説明会はオープンで、だから大きく報道された。もし他の説明会を撮影してテレビで報じたら、杉並区の何倍も話題になるだろう。かなり強烈な言葉が飛び交う。都内の静かな住宅地に住む品のいい人びとが驚くようなことを言うのを、私は何度か見てきた。杉並区だけが大きな話題になっていることに、私は一種の歯がゆさを感じてしまう。

もうひとつの現場、井草の公園は理想的なコミュニティだった

今回、杉並区が保育園への転用を決めた公園は久我山東原公園だけではない。井草地区でも2つの公園が対象となっており、存続の声が上がっていると聞いた。

そのうちのひとつ、向井公園に行ってみた。西武新宿線下井草駅から歩いて10分ほどで到着すると、横山千尋さん、太田雅代さん、井口範英さんの三人が待っていた。以下は彼らから聞いた情報と私自身が見たことである。

向井公園は一見すると、無雑作な作りの公園だ。むき出しの地面が広がっていて、遊具といえばブランコがあるくらい。奥のほうは緑色のネットで囲われている。最初は囲われている意味がわからなかった。

しばらくすると、近くの保育園の子どもたちが保育士さんに連れられてやって来た。ネットの中でボール遊びを始める。なるほど、ネットがあるから安心して小さな子もボール遊びができるのか。

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保育士さんにお話を聞いてみると、この公園は毎日のように来ているそうだ。広いし、ネットがあるので子どもたちを安心してのびのび遊ばせることができる。保育園の運動会も、ネットの中を借りて毎年開催してきた。だからこの公園がなくなると、毎日の遊び場所でも運動会の場所でも困るそうだ。

もうひとつ、向井公園がよくできた公園だと思った点がある。公園は区画の南側に面しているのだが、公園の北側には3つの施設が隣接している。「ゆうゆう下井草館」ここはお年寄りが気軽に使えるコミュニティだ。そしてすぐとなりが「下井草児童館」、さらにその横に「下井草保育園」がある。お年寄りのコミュニティ、児童館、保育園が三軒隣り合って、そこにくっついて向井公園があるのだ。つまり、これ全体でひとつの区民の交流と安らぎの場。老人から幼い子どもたちまで一緒に過ごせる空間だ。よくできている。どう見ても、ワンセットで作られたものだ。

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下井草保育園のとなりに、おそらく民間経営となる別の保育園を建てるのが、区のプランだ。経営が違う二つの保育園が並ぶのは少々、いびつさを感じてしまう。それに、このよくできた空間の核である公園が失われると、この大きなコミュニティが失われることになるだろう。痛々しい喪失感がこの一帯を覆いかねないと私は感じた。

さらに、この区画の東に面した土地があり、これは保育園をつくる目的で区が購入したものだと聞いていたそうだ。それが今回の「緊急事態宣言」により、保育園ではなく公園になることになった。保育園用に購入した土地を公園にして、向井公園を保育園にする。もちろん、その方が大きな保育園ができるからだろうが、住民としては混乱する話だ。進め方のちぐはぐさが、不信感を増幅させてしまっている。

保育園反対!ではなく「こわさないで」と書かれた垂れ幕が切ない
保育園反対!ではなく「こわさないで」と書かれた垂れ幕が切ない

向井公園を保育園にすることについても、説明会が児童館で開催され、二回目は200名を超える参加者だったという。こちらも、久我山東原公園に負けない形で大きな声が上がっているのだ。そこにはこうした進め方やプランのちぐはぐさも影響しているのだと思う。

井草全体を俯瞰した代替案を、住民が考えている

現地の事情を先ほどのお三方にじっくり聞いたのだが、井口さんは建築士として働きつつ、地域のファシリテーター的な活動もしており、このあたりの施設をよく知っている。彼が立てた代替案を見せてもらった。

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図の右下に向井公園がある。それとは別に、左のほうに「区民センター前広場」があってこれも保育園へ転用されるのだが、向井公園同様、住民にとっては大事な場所。この2箇所に合計240名分の保育園を作るのが区のプランだ。

井口案は、さっきの保育園用に取得された土地に当初の計画通り保育園を建てて60名を収容する。一方、図の中央にある下井草自転車集積場を保育園にすれば、180名は入れるものができそうだという。自転車集積場は放置自転車をいったん運んでおく場所で、現状さほど自転車が置かれていない。上井草にある別の集積場に集約できるのではないか、と井口さんは考えているという。実際、下井草の集積場は私も見たのだが、スカスカで2階部分などはほとんど自転車が置かれていなかった。

井口さんは横山さんたちとともにこの案を杉並区に文書で提示したところ、回答書がつい先週(6月17日付)来たそうだ。非常に丁寧な文章で、区長も案を見たうえで所管部署からの回答として書かれている。井口案に対しては、下井草の自転車集積所の最大保管数を上井草に移しても収容しきれないとのことだった。

井口さんとしては、その回答書からあらためて下井草の集積場の稼働率の低さがわかったという。収容し切れない分の処置についての腹案もすでにあるそうで、再度提示したいと言っていた。だが基本的に議会を通過した案件なので、手続き的には抗せる可能性は少ない。それでも、できる限りのことはやってみたいそうだ。

住民の側が、主体的に考えて解決の方策を探る意義

井口さんの代替案を見て、私は感心した。公園が転用されてしまうことに、諦めるでもなく、ただ反対だけするのでもなく、自分として具体的な案を考えている。私がこれまで見てきた単純な「保育園反対運動」に比べると"主体性"のようなものが見えるのだ。自分たちの町のことは、自分たちで考えたい。そういう意志を感じた。

久我山東原公園のほうでも、「守る会」の人びとが言っていた。自分たちはこれまで議会のことも制度のことも考えたこともなかったが、いまみんなで勉強している。どういう制度があるのかなど、手分けして調べている。

私たちは行政との関係を、サービス提供者と受給者のようにとらえがちだ。もちろんそういう側面はあるのだが、税金払ってんだから私の希望をかなえよ、という要求だけになってはいけないのだと思う。本来は、町の問題を自分の問題として考えたり、その問題について違う立場の意見にも耳を傾けねばならない。

行政と個人は一対一になりがちだ。だが自分の要望だけでなく、他の住民は何をどう考えているのかも知るべきだろう。行政の前に住民同士のコミュニティがあって、その中で議論することがまず大切なのではないか。その結果を尊重したり議論をガイドしたりするのが行政だと定義づけられないかと思うのだ。

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そもそも、民主主義とはそういうもののはずだ。この構造を、代表者を投票で決めて運営するのが議会なわけだが、議会があるから住民側が議論しなくていい、と考える必要はまったくないだろう。むしろ、議論は積極的にやるべきだし、そのための場があってもいい。

私がこの杉並区の問題をとりあげるのは、公園存続派の肩を持って保育園必要なしと唱えたいからではない。どうしたら解決できるかを知りたいのだ。最初に書いた通り、あいている土地を保育園にするのではなく、多くの人びとが実際に使っている公園を転用する計画だ。使っている人びとが何らか納得するなり理解するなりするためには、議論が、意見交換がもっと必要だと思う。

さて、住民側の取材しかできていなかったが、先日機会があって杉並区の田中良区長と少しだけお話をすることができた。真面目なお人柄がよくわかり、待機児童緊急事態宣言も人気取りでやったわけでもないし、公園の転用も真剣に考えた末の苦渋の選択であることもよくわかった。あらためてきちんと時間をもらい、お話をお聞きしたいと思っている。

ただその前に、ある出来事があったので、それにも触れねばならないのだが、この週末には記事にできる。そちらもまたぜひ読んでもらえればと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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