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ゴールデンタイムでNHKが視聴率1位。テレビは新しい局面を迎えている。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
※枠下数値は6局合計 ※TBSホールディングス決算資料よりグラフ化

2016年度上期、ゴールデンタイムでNHKが視聴率1位

あまり取り沙汰されていないが、今年度上期の関東の地上波テレビ局の視聴率は異例の結果となった。民放ではこのところの傾向通り日本テレビが「三冠王」を獲得した。ただしそれは「NHKを除いては」という条件の話だ。ゴールデンタイムでは全局で見るとNHKが11.8%と、日本テレビの11.6%と微差でトップだったのだ。

三冠王を見る時に、これまではNHKを入れるかどうかを考える必要がなかった。NHKはそれなりに視聴率をとる局だがだいたいは3位あたりをウロウロするものだったので、三冠王にNHKを入れるかどうかを考える必要がなかったのだ。そんなNHKがゴールデンタイムという民放としての「稼ぎ時」で1位を取ったのは、少なくとも私は見たことがない出来事だ。これはどうとらえればいいのだろうか?

災害など立て続けに起こる事件とオリンピック効果

NHKの視聴率が良かった理由ははっきりしている。4月には熊本地震が起こり、その後も海外でのテロや突然の都知事選挙など大きなニュースが相次いだ。さらに8月にはオリンピックもあった。こういう時にNHKは視聴されやすい。報道機関として信頼が厚いせいだろう。夜7時のニュースは「いったいあの事件はどうなった?」と世の中の動きを確認する大きな役割を果たしている。NHKの視聴率が良かった今年度の前半は、それだけ事件や事故災害が多く起こったのだ。

だからこの半年は特別なのだ、のど元過ぎればまた落ち着くのだ。そう考えがちだが、本当にそうなのだろうか。どうやらそれだけではなさそうだし、「それだけではない」要素を読み解くことがいま、重要に思える。

テレビのおばさん化、を超えた本格的高齢化へ

私はメディアの動向を研究する者として、「テレビのおばさん化」を訴えてきた。世帯視聴率を指標にしているとどうしても人口が多く在宅率も高いF3層(50才以上の女性)に合わせた番組づくりになってしまい、内容が”おばさん向け“に片寄る。するとたまに若者がテレビをつけても「自分向きではない」と判断されますます若者のテレビ離れが進む、という論だ。これまでもグルメと温泉が多いと言われてきたが、最近はゴールデンタイムに健康の知恵やお掃除のコツが紹介され、人気のお笑いタレントやアイドルがふんふんとうなずいている。ちょっと異様な傾向だと思う。

NHKの視聴率の好調は、もはやおばさん化どころか、テレビ視聴者のメインがはっきり高齢者になってしまった証でもあると思う。というのは、年齢が高いほどNHKを好む傾向があるのだ。

テレビは番組単位で視聴するので、どの局をどの世代が好むのかの傾向は見えにくい。だがうっすらと傾向はあり、中でもNHKは明確に年齢との相関性が高い視聴傾向がある。その上、日本の高齢化は急速に進んでいる。総務省の人口推計から計算すると、50才以上の人口比は平成22年の43.7%から今年10月現在の45.8%まで2%以上高まっている。

つまり、いま見る見る増える高齢層が、立て続けに起こる災害や大事件について詳しく知るためにNHKをこれまで以上に視聴している。それが今年上期の、異例の視聴率1位につながったのだと推測できる。そしていま、世界で政情不安やテロは落ち着く気配もなく、天候異常も続いているのなら、NHKが視聴される傾向は今後も続くのではないか。日本中でおじいさんおばあさんが不安に震えながら、NHKを見て何がどうなっているのかを確認している様が目に浮かぶ。

ファミリー層がテレビからスマホへシフト?

もうひとつ、見逃せない点がある。日本テレビの視聴率が如実に下がっている点だ。最初のグラフを見てもらうと、昨年まで日テレの視聴率は他局に明確に水をあけ断然上だったのが、昨年から今年にかけてクイッと落ちているのがわかるだろう。

日テレはある意味、テレビのおばさん化高齢化に対し超然的存在で、ファミリー層の心をつかんでいた。親子で視聴されることで世帯視聴率を獲得する、テレビ本来の「お茶の間視聴」を実現できていたのだ。それが昨年から話が違ってきた。ファミリー層が少しずつ離れつつあるのだ。

その理由について明確にできる資料は手元にないが、一方で言えるのは、スマートフォンがひと通り普及したことと関係がありそうだ。

博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所が毎年行う「メディア定点調査」によると、今年は携帯・スマホが「情報が早くて新しいメディア」の1位になったそうだ。次はPC、その次がテレビだ。

→メディア定点調査2016のページ

「情報が早くて新しい」とはメディアとして最重要のポイントではないだろうか。デジタルに強い若者だけでなく、老若男女すべての人びとにとって、スマホが最強になったのだ。ファミリー層も、だらだらなんとなくテレビを見るより、スマホをいじってコミュニケーションしたりくだらないものも含めて多様な記事を読んだりゲームに延々ハマったりしている。「テレビ?ああ、消しちゃっていいんじゃない?」という会話が交わされている様子は、容易に想像できる。実際あるアンケートで、「SMAPの解散を何で知ったか?」の問いに「スマホ」が最も多かったそうだ。知るべきことを最も速く伝える存在。それがテレビからスマホに移った。

テレビは娯楽から情報メディアへ

もう一点、これはやや印象論だが、テレビ番組はめっきり“娯楽“の色が薄まり、代わりに情報や知識の要素が高まっていると思う。バラエティと言えば少し前までは「ごっつええ感じ」や「めちゃイケ」のようなタレント中心のお笑い番組や、「電波少年」やいまも続く「イッテQ」のようなハプニング的な企画のものが主流だった。

いまは情報バラエティのほうが主流になっている。池上彰氏が政治や社会を解説する番組や、大学教授のような人びとがそれなりの専門知識を背景に何かを語るもの、あちこち調べてわかったことを教えるものなど、意外にちゃんとした知識を伝える番組が多い。見たからにはトクしたような気持ちにさせてくれる。でも楽しく知識を得ることができる。そういうタイプの番組だ。

そういう番組は、本来NHKが得意とするもので、いまは民放も含めて一斉に「ためしてガッテン」をめざしているようなものだ。

これも私が思うに、スマホの影響だと思う。情報の洪水がスマホによってさらにカジュアルなものになり、常に“ためになる新しい知識”を浴びていないと落ち着かなくなった。

本当にお笑いより情報バラエティが増えているのか、それとスマホに因果関係があるのかなどはまた追って調べて記事にしたい。

いずれにせよいま、テレビと人びとの関係は「新しい傾向」を帯びはじめた。その結果メディア全体がどうなっていくのか、広告ビジネスに影響するかなど、注目していきたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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