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感謝祭当日も出勤命令。新しく生まれた “ブラック・サースディ”がアメリカの従業員にもたらす悲哀

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト

今日は感謝祭。アメリカでは、クリスマスと並ぶ、1年で最も重要な祝日だ。この日は家族が集まり、七面鳥、クランベリーソース、マッシュポテトなどの料理を楽しむのが伝統。だが、“ブラック・フライデー”という新しい慣習のせいで、近年は、大型ディスカウントチェーンの店員の多くが、家族との大切な時間を犠牲にすることを強いられている。

ブラック・フライデーは、感謝祭の翌日の金曜日で、1年で最大のショッピングデーのこと。感謝祭は木曜日なので、多くの人は4連休を取る。クリスマスまであと1ヶ月、そしてせっかくの連休とあって、この週末にクリスマス用のショッピングを始める傾向は以前からあったが、10年ほど前から、大型店はブラック・フライデーを大イベントとして盛り上げるようになってきた。それに伴って、破格にディスカウントされた限定の目玉商品を目当てに、客が木曜日の夜から長い行列を作るのが恒例となる。ところが、ここ3年ほどの間に、「ドアを開けるのは金曜日になってから」という究極の掟が、崩れてしまったのだ。

一社が開店を木曜日の夜9時に繰り上げるとライバルも追従し、それらの大型店の店員は、家族とのディナーを途中で抜けて出勤せざるを得なくなった。そして今年は、ターゲット、コールズ、シアーズなど大型安売り店とメイシーズ・デパートが、開店を夜6時に繰り上げ。電化製品専門店ベストバイは午後5時、カジュアルファッションのオールド・ネイビーは、午後4時に開けると宣言した。これでは、ディナーにまったく参加できない。これを受けて、ワシントン州に住むターゲットの店員がインターネットで反対運動を起こし、10万人の支持を集めたが、ターゲットは、午後6時にオープンする姿勢を変えなかった。

安売り店がほかより早く開店し、より多くの客を呼び込もうとする背景には、格差の拡大がある。裕福な人は、ディナーもそこそこに、ディスカウント商品を手にするため店に向かうなどということはせず、好きな時にゆっくりとプレゼントを買う。だが、限られた収入でやりくりしている人にとっては、この日だけの特別価格でなければ、その商品を買うのは無理かもしれない。また、金持ちは予算がいくらでもあるが、そうでない人は、プレゼント用の予算を使い果たしてしまったら、後で何かを見つけても、もう買えない。安売り店側もそれがわかっているだけに、自分たちのターゲットである客が、自分の店に来る前にライバル店で予算を使ってしまうことを、なんとしても避けたいのである。

感謝祭当日にオープンしたからといって、売り上げに大きな影響が出るわけではない。昨年の感謝祭当日と金曜日を合わせた売り上げは、2012年と比べ、たった2.3%増だった。だが、ホリデーシーズンは年で最大の掻き入れ時。最近は、オンラインショッピングがますます勢力を増してきているだけに、店としては、取れる手段はすべて取りたいのだろう。

それでも、わずかな売り上げのために、内心不満でいっぱいの従業員を夜の店に引っ張り出してくる価値は、果たしてあるのだろうか。Facebookの“Boycott Black Thursday”というコミュニティページは、感謝祭当日にオープンする店のリストを挙げて、「ここでは買い物をしないように」と呼びかけている。今ごろ七面鳥を囲んで団らんをしている企業のトップが、こういった動きに少しでも注意を払っていることを望みたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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