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オスカー狙い作品の監督に過去のレイプ疑惑が浮上。訴えた女性は自殺

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「The Birth of a Nation」のネイト・パーカー監督(写真:REX FEATURES/アフロ)

時の人から、問題の人に。

今年1月のサンダンス映画祭で、観客賞と審査員賞をダブル受賞した「The Birth of a Nation」は、激しい競売合戦の結果、フォックス・サーチライトが1,750万ドルという記録的金額で配給権を獲得し、話題をさらった。監督、脚本、主演を兼任するのは、今作で監督デビューを果たしたネイト・パーカー。彼は、4月のシネマコンでも、“ブレイクスルー・ディレクター・オブ・ザ・イヤー”を受賞している。

映画は1831年、ヴァージニア州で黒人奴隷の反乱を率いたナット・ターナーの伝記物。主人公も、主要キャストの多くも黒人だ。ちょうど時を同じくして、オスカーの演技部門候補者全員が2年連続で全員白人だった「白すぎるオスカー」批判が起こっていたことから、次のオスカーまでまだ1年以上あるにも関わらず、「来年は『The Birth of a Nation』がある」と、期待が寄せられていた。

大枚はたいたフォックス・サーチライトももちろんそのつもりで、北米公開を賞狙いシーズンの初期である10月7日に設定。オスカーに向けての重要なステップである9月のトロント映画祭でも上映が決まった。

しかし、先週になって、パーカーと、今作の共同脚本家ジーン・マクジャニーニ・セレスティンが、過去にレイプ疑惑で逮捕されていたという事実が浮上したのである。

事件が起こったのは1999年。パーカーとセレスティンは、ペンシルバニア州立大学の2年生で、ルームメートだった。10月か、その周辺のある日、同じ大学に通う18歳の女性は、酒を飲んで無意識の状態にあった時、ふたりにレイプされたと、大学のカウンセラーに相談をする。カウンセラーは、彼女に警察と病院に行くよう勧めた。彼女が受けた心の傷は大きく、事件からまもない頃に、彼女は自殺未遂を起こしている。

彼女が警察に被害を報告した後、パーカーとセレスティンは私立探偵を雇い、その探偵は、彼女の写真を大きく拡大し、大学内で配った。大学でレイプ事件が起こったことはすでに知られていたが、被害者が誰なのかは、その時まで秘密にされていたのに、これで一気に全員が知るところとなってしまったのである。ほかにも、パーカーとセレスティンは、彼女に対する数々の嫌がらせを行い、彼女は大学を辞めることになった。彼女は大学を相手に民事裁判を起こし、2002年、大学側は、1万7,500ドルを払うことで和解している。

刑事裁判は事件から2年後の2001年に行われ、パーカーは無罪、セレスティンは有罪の判決を受けた。セレスティンは上訴し、新たな裁判が認められたものの、最終的には行われず、有罪判決は覆された。女性は2002年に息子を産んだが、あの事件を忘れることができず、苦しみ続けたと、女性の家族はVariety.comとNew York Timesに対して語っている。女性は2012年に自殺した。30歳だった。

一方、パーカーは、ペンシルバニア州立大学からオクラホマ州立大学に移り、コンピュータ・プログラミングを専攻。卒業後は俳優を目指し、デンゼル・ワシントンの監督デビュー作「The Great Debaters(日本未公開)」(2007)で、ワシントン、フォレスト・ウィテカーなどと共演した。ほかに、「リリィ、はちみつ色の秘密」(2008) 、「フライト・ゲーム」(2014)などに出演。その間、99年のレイプ事件関与は隠されてきたわけではなかったが、話題に上ることはなく、業界人のほとんどは知らなかった。だが、先週金曜日、Deadline.comが裁判の記録を、今週月曜日にはVariety.comが、女性が自殺をしていたことを報道し、大きな論議を呼ぶことになったのである。

Variety.comの報道を読むまで、女性が亡くなったことを知らなかったというパーカーは、火曜日、facebookに長いメッセージを投稿した。その中で、パーカーは、「この数日の間、性的暴行にからむ逮捕、裁判、無実判決という、僕の過去の一部がメディアの注目を集め、ソーシャルメディアや業界内で論議を呼んできました。なぜ人がこのことを気にかけ、疑問を持っているのか、僕にはよく理解できます。女性には安全である権利があり、男女は健康な関係を築くべきだという事柄は、語りづらくもありますが、語るべき話題です。父であり、夫であり、信心深い男として、あの事件が多くの人、とりわけ、その女性にとって、多くの混乱と苦痛を与えたのか、僕はわかっています」と述べている。彼は、女性があの事件のせいでどれほど苦しんだのかもしっかり理解していると強調した上で、あれは間違いなく双方同意で起こったことであり、自分は無罪だともはっきりと語っている。その上で、「法律より大事なものがあります。道徳です。あれは、信心深い男性は、直面するのを断じて避けるべき状況でした。36歳で、父となった今、ティーンエイジャーだった頃の自分を振り返って、もっとよく考えるべきだったと思います」と述べ、「自分の人生のあの時期から逃げようと思ったことはありませんし、これからもそれはやりません。僕が、このメッセージで問題を解決しようとしていると思わないでください。これは、今、この瞬間に僕が思っていることを綴るものにすぎません」という言葉で締めくくっている。

この一件が大きく注目されているのは、大学キャンパスでのレイプや、性犯罪をもっと重罪として罰するべきだという、昨年あたりからアメリカでさかんに論議されているいくつかの問題に、まさに触れるものだからだ。つい最近も、スタンフォード大学で起こったレイプ事件の犯人が、たった6ヶ月の懲役しか受けなかったことで、多くの人が怒りの声を上げた。さらに、ビル・コスビーが過去に大勢の女性に対して行ってきた性的暴行が、今になって表沙汰になったところでもある。この春のカンヌ映画祭直前には、ウディ・アレンに性的暴行を受けていたディラン・ファローの兄ローナン・ファローが、あんなことをしてもまだ父に堂々と映画を作らせ、華やかな場に出ることを許す社会を問題視するエッセイを、Hollywood Reporterに寄稿した。加えて、人種の問題もある。長い歴史の中で、レイプ事件においても、黒人男性がしばしば偏見を持たれてきたのは、暗い現実である。

17日には、L.A.の街の数カ所に、「レイプ犯?」と書かれた、偽物の「The Birth of a Nation」のポスターが貼られるという出来事も起きた。ソーシャルメディアにも、「この映画は見に行かない」というようなコメントが見られる。しかし、17日、トロント映画祭事務所は、予定どおり映画祭での上映を行うと発表。フォックス・サーチライトも、「ネイト・パーカーがペンシルバニア州立大学在学中に起きた事件のことを、フォックス・サーチライトは把握しています。私たちはまた、彼に無罪判決が出たことも知っています。私たちはネイトを支持し、この重要でパワフルな映画をスクリーンにお届けすることを、誇りに思っています」との声明を出した。

パーカーは、前から予定されていたプレスジャンケットにも、12都市を回るプロモーションツアーにも参加するという姿勢を変えていない。取材の場で、パーカーは、この話題にどう対応するのだろうか。よくあるように、スタジオが記者たちに「質問は映画のことだけにしてください」と最初から牽制をかけるのか、あるいは、パーカーはあえて真摯にこのことについて語るのか。

この騒動が、映画の評価や成功に、どのような影を投げかけるのかも、今のところわからない。いずれにしても、パーカーに、辛く、厳しい数ヶ月が待ち構えていることは、間違いない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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