Yahoo!ニュース

アレック・ボールドウィンのドナルド・トランプ、過去22年で最高のシーズンプレミアをもたらす

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
youtube

「サタデー・ナイト・デッド」などとは、もう言わせない。最近、そんな不名誉なニックネームでも呼ばれるようになっていたNBCの長寿番組「サタデー・ナイト・ライブ」(SNL)は、先週土曜日のシーズンプレミアで、記録的な視聴率を打ち出してみせた。

この夜の放映をリアルタイムで見た人と録画して3日以内に見た人の数は、およそ1,200万人(アメリカでは、視聴率を、パーセンテージではなく、人数で発表する)。過去22年のシーズンプレミアで、最高の数字だった。

この結果をもたらしたのは、アレック・ボールドウィン。同じ週の月曜日に行われたドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの第一回テレビ討論会のパロディで番組を始めるべく、NBCは、例年より1週間、シーズンプレミアを遅く設定した。そして、この日の放映では、これまでのダレル・ハモンドによるトランプに代わり、ボールドウィンのトランプがデビューすることを、ソーシャルメディアで大々的に宣伝している。

「30 Rock」で3度エミーの主演男優賞(コメディシリーズ部門)を受賞し、近年、アメリカではコメディアンとして人気を集めているボールドウィンが、今最も論議を呼ぶ人物を演じることは、たちまち大きな話題となった。しかし、「SNL」の政治家パロディは、レベルが高い。近年では、たとえばウィル・フェレルのジョージ・W・ブッシュや、ティナ・フェイのサラ・ペーリンが大絶賛されており、現在ヒラリー・クリントンを演じているケイト・マッキノンも、先月のエミーで助演女優賞(コメディシリーズ部門)を受賞したばかりだ(授賞スピーチで、マッキノンはクリントンにも感謝を述べている)。ハモンドのトランプも非常に評判が良かったことから、放映前には、「なぜ?ダレル・ハモンドは最高のトランプだったのに」「ボールドウィンはハモンドにかなわないよ」などという否定的なコメントもソーシャルメディアに飛び交った。

しかし、この人選は正しかったようだ。「New Yorker」の記事は、見出しからして「アレック・ボールドウィンは完璧なトランプだ」。マッキノンもすばらしかったとしながらも、「この夜の真のスターはボールドウィンだった」と書いた。Bloomberg.comも、これまでにトランプの物真似をしたセレブリティをランク付けし、ボールドウィンを、ハモンドより上の2位に挙げている(ハモンドは3位。1位は98年に亡くなったコメディアンのフィル・ハートマンだった)。

ボールドウィンがやってみせたことを誰よりも喜んでいるのは、クリントンだ。エンタテインメントニュース番組「Extra」に出演したクリントンは、「彼はすばらしかったわ。まるでトランプ本人みたいだった。あれは完璧だった。外見も、彼の怒ったしゃべり方も、じっと見つめた後にぶつぶつと返事をするところも」と絶賛した。もちろん、番組は、トランプだけを笑い者にはしていない。過去にも、マッキノンは、クリントンの好感度が非常に低いことなどを、さんざんジョークにしてきたが、今回は、彼女の健康が問題視されていることを受けて、杖をつき、咳をしながら登場している。その直後にマッキノンはでんぐり返しをして立ち上がって見せ、「私は絶好調よ。さあ始めましょう」と続けた。それを見た時、「椅子からずり落ちそうになった」と、クリントンは「Extra」で告白。「でも、彼女はいつも私を笑わせてくれる。彼女はすばらしいわ。私もあんなふうに飛び跳ねたり、でんぐり返しができたりしたらいいのだけど。練習はしているのだけれどね」と続けた。

そんな余裕の発言ができるのは、あのパロディにも、第一回討論会がクリントンの勝利だったことが反映されていたからだろう。約10分弱のパロディ討論会の途中、トランプ(ボールドウィン)のひどい発言の後、司会者に「セクレタリー・クリントン、彼の発言に対して何か言いたいことはありますか?」と聞かれ、クリントン(マッキノン)が「いえ、言いたいことというか、お願いなんだけど、今すぐ投票できないものかしら」と言うシーンがあったかと思えば、それからしばらくして泣き出し、「(この討論会が)あまりにもすばらしく進んでいるからよ」と答えるシーンも出てくる。「New Yorker」も、「この番組は、(あの討論会が)クリントンの勝ちでトランプの負けだったという、大方が信じる評価を、あらためて見せつけるものだった」と書いた。

次の討論会は、この日曜日。そこで起きることは、来週土曜日の「SNL」のネタになると思われる。当然、NBCとしては、この勢いが大統領選の時期だけで終わらず、シーズンを通して続いてくれることを望んでいるはずだ。

皮肉にも、NBCは、昨年6月まで、トランプと仲良し関係にあった。だが、トランプが、「メキシコが(アメリカに)人を送ってくる時、最高の人々は送ってこない。問題をたくさん抱えた人たちを送ってくる。その人たちは、僕らのところにその問題を持ち込んでくる。ドラッグを持ち込む。犯罪を持ち込む。彼らは強姦犯だ」と語ったのを受けて、トランプとのビジネス関係を完全に断ち切ると決めた。トランプが製作する毎年恒例の「ミス・ユニバース」と「ミス・アメリカ」の放映も、NBCは打ち切っている。その直後にコメントを求められたトランプは、「謝る理由は何もない。僕が言ったことは全部正しい。人は国境を越えてやってくる。その人たちが誰なのか、どこから来るのかわからない」と述べた。「ミス・ユニバース」と「ミス・アメリカ」を打ち切られたことについても、「全然気にしていない。そいつらがやりたいようにやればいいさ。僕はアメリカのために闘っているだけ。メキシコのためには闘っていない」と答えている。

昨年9月、トランプは、NBCがもつミス・ユニバース機構の50%の所有権を買い取って単独オーナーとなり、3日後にはWME/IMGに売却した。トランプが関わらなくなったのを受けて、フォックスが番組の放映権を獲得している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事