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派遣労働の不安定さの理由と派遣法改正案が持つ危険性

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

派遣法改正案が閣議決定されました

2014年3月11日、派遣法(正式名は、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」)の改正案が閣議決定されました。この案が国会へ上程され、委員会審議を経ることになります。

報道(朝日新聞)

閣議決定された改正案の条文等は下記

概要

法律案要綱

法律案案文、理由

法律案新旧対照条文

「派遣」という働き方が不安定とされる理由

さて、この改正案、とっても大きな問題を含んでいます。簡単に言うと、もしこの派遣法の改正が実現すると、派遣先企業は永遠に派遣労働者を使い続けることができることになるのです。

「え?今でも多くの企業が派遣労働者を利用しているので、それほど変わらないのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、実はこの改正案は日本の雇用の風景を激変させる可能性を含んでいるのです・・・。

この改正案の内容の詳細については、後日紹介するつもりですが、まずは、なぜ派遣という働き方が問題視されるのか、その仕組みをご理解いただきたいと思います。

言うまでもなく、派遣という働き方は極めて不安定です。

この不安定のカラクリは、説明するとややこしいのですが、説明します。

まず、派遣労働者の労働契約は派遣元会社との間で結ばれています。しかし、派遣労働者は、労働契約を結んだ先の派遣元会社に労務の提供を行うのではなく、労務の提供先は派遣先会社になります。もちろん、指揮命令も派遣先会社から受けます。

厚生労働省「派遣で働くときに知っておきたいこと」より
厚生労働省「派遣で働くときに知っておきたいこと」より

普通の働き方(派遣以外の働き方)は、労働契約を結んだ相手と労務の提供先は一致しています。派遣という働き方は、これが分離している点に特徴があります。

というわけで、派遣労働者は派遣先会社との関係では労働契約関係にありません。派遣労働者が派遣先で働いている根拠は、派遣元と派遣先との労働者供給契約(労働者派遣契約)に基づきます。

この派遣先会社と派遣元会社との間の労働者供給契約は、当然ながら企業間の契約ですから、それを解除することについては「解雇」のような規制はありません(*1)。そのため、「景気が悪くなったなぁ、人を減らしたいなぁ」ということになれば、派遣先会社は派遣元会社との間の労働者供給契約をバッサリ切ることができます。

となると、たちまち働く先を失うのが派遣労働者です。

もちろん、派遣労働者の労働契約は派遣元会社との間に残っています。ですから、これで直ちに派遣労働者が「雇用を失った」とは言えないかもしれません(*2)。しかし、派遣する先がなくなれば派遣元会社も派遣労働者を雇い続けることは難しくなります。

*1 労働者を解雇するには解雇権濫用法理(労働契約法16条)という「規制」があります。

*2 なお、派遣の種類が「登録型」の場合は、派遣元会社との労働契約も終わってしまいます。この場合は、派遣労働者は名実ともに雇用を失ったことになります。

そうなると、派遣労働者と派遣元会社との間の労働契約が有期契約であったならば、派遣元会社はその労働者との労働契約を期間満了を理由に雇止めをします。

仮に無期契約であってもリストラが行われ、最終的には整理解雇になるでしょう。

結局、派遣労働者は雇用を失うことになります。

大きな景気変動のときに派遣労働者が雇用を真っ先に失うのは、単純に言えばこの構造に由来するのです。

もし、派遣労働者が派遣先会社に直接雇用された労働者であったならば、使用者である会社は雇止めするにしても、整理解雇するにしても、労働者供給契約を解除するほど簡単には「人減らし」を容易になすことはできません。

リーマンショックのときの派遣労働者はどうだっただろうか

さて、それほど昔のことではありませんので、多くの人の記憶に残っていると思いますが、リーマンショックというものがありました。これは大きな景気変動として、日本経済に大きな影響を与えました。

そして、このリーマンショック後に雇用を失った派遣労働者があふれました。この時は、派遣労働者は雇用だけでなく住居も失ったのです。それは、派遣元会社もしくは派遣先会社が派遣労働者のために「寮」を提供していたからですが、この寮が「派遣終了」とともに奪われて、住む場所も職も失うという大変な事態になったのでした。日比谷公園に開村された「派遣村」が話題を集めたことでも記憶に新しいところです。

先ほどの派遣という働き方に由来する不安定さの構造は、しっかりと現実のものとなってしまった経験を我々は持っているということになります。

改正案は正規社員を派遣社員に置き換えることを推進してしまう内容

ところで、現行の派遣法は、派遣という形での労働力の利用について、一部の例外を除き期間制限を設けています。つまり、基本的には3年までしか派遣労働者を利用できないことになっているのです。

この3年という期間も「業務」が単位となっています。たとえば、Aという業務に1年間青木さんを、次の1年半の間は本田さんを派遣労働者として利用した場合、このAという業務にはあと半年だけ派遣労働者を利用できるということになります。したがって、あと半年、派遣労働者を利用した派遣先企業は次は直接雇用の労働者にAという業務を担当させなければなりません。

このように永遠に派遣労働者を使い続けることができないところで「常用代替」を防いでいたのです。

やや聞き慣れない用語でありますが、「常用代替」とは、簡単に言えば、正規労働者を派遣労働者に置き換えることを指します。この常用代替は「よろしくない」というのが現行の派遣法の理念でした。しかし、今回の改正法案はその「よろしくない」が著しく弱まっているのです。

たとえば、先の例では、Aという業務について派遣社員を3年利用しても、人を変えれば、また3年可能ということになります。このとき派遣先会社では、労働者の過半数を組織する労働組合等からの意見聴取が必要となっていますが、意見を聴くだけなので、何の歯止めにもなっていません。

結果として、派遣先会社は、派遣労働者をずーーっと使い続けることができることになります。

第205回労働力需給制度部会 資料 新たな期間制限の在り方(イメージ)
第205回労働力需給制度部会 資料 新たな期間制限の在り方(イメージ)

このように、派遣先会社が派遣労働者をずーっと使い続けられることになると何が起きるでしょうか?

前提として、派遣労働者は、派遣先企業にとって、とても「使い勝手」のいい存在、「おいしい」存在であることがあります。何せ、給与計算もしないでいいし、労務管理も基本は派遣元会社がやるわけだし、賞与や退職金なんて考える必要もなく、何よりも、景気が悪くなったら「人減らし」しやすいのが最大の魅力です。「雇用の調整弁」などと言う人もいるくらいです。

となれば、こういった派遣労働者を期間制限に関係なく使い続けられることは、派遣先会社にとってはこれ以上ないありがたいことになりますね。そうなると、企業はできるだけ派遣労働者を雇い、直接雇用する労働者は極力少なく雇うことになります。企業として合理性を追求すればそこに行き着いてしまうからです。

今回の派遣法改正案は非常に危険

そうなると、我が国の雇用形態の主流が派遣労働になってしまいますね。しかし、派遣労働者の雇用の不安定さは、先ほど指摘したとおりです。

政府はおそらく「派遣元会社との間で雇用の安定がはかれる!」と言うのでしょう。しかし、「んなもんは安定でもなんでもない」と言わざるを得ないでしょう。

先ほど述べたとおり、景気変動時に派遣労働者はいとも簡単に雇用の現場から放り出され、文字通り「路頭に迷った」という歴史的事実が厳然として存在しているからです。

世界的な急激な景気変動の起爆剤はそこかしこにあります。中国経済、アメリカ経済、その他、いつ何時大きな景気変動が起きるか分かりません。そのとき、ほとんどの労働者が派遣労働者だったら目も当てられない状況が起きるのではないでしょうか。

このような派遣労働者をおそらく爆発的に増やすであろう今回の改正案、廃案が相当であると私は思うのです。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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