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アウシュビッツ絶滅収容所、「ポーランドの収容所」表記は誤りであることを主張するため「追憶」アプリ提供

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

第二次大戦の時に、ナチスドイツがヨーロッパ中のユダヤ人、ロマ、政治囚を絶滅するために建設したポーランドのクラクフ近郊にある「アウシュビッツ絶滅収容所」の跡地にあるアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館は2015年2月、「Remember(追憶)」というアプリをリリースした。

「ポーランドの収容所」ではなく「ナチスの収容所」

今回、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館がアプリを作成した背景には、多くの報道や訪問者らのブログ、SNSを通じて人々がアウシュビッツ絶滅収容所が「ポーランドの収容所」であると勘違いされていることがある。たしかに場所としてはポーランド国内に建設され、現在もポーランドにあるが、正確には『ナチスが占領したポーランドに建設した「ナチスの絶滅収容所」』である。アウシュビッツという名前自体がドイツ語でポーランドではオシフィエンチムだ。

あまりにも多くの報道やブログ、SNSでの投稿で「ポーランドの収容所」という表現が多く、あたかも当時ポーランドがユダヤ人絶滅を目的として収容所を建設したのではないかと勘違いされてしまう表現が多いことから、現在の人々に正しい歴史を知ってもらうために、博物館ではアプリを作成してアピールしている。

オバマ大統領もかつて「ポーランドの収容所」と呼んで謝罪

オバマ大統領ですらも、2012年5月にホロコーストの実態を世界に伝えたポーランド出身の活動家、ヤン・カルスキ氏に「大統領自由勲章」を授与した際に、「ナチスの収容所」でなく「ポーランドの収容所」と述べてしまい、ポーランド国民から反感を買い、当時のポーランドのドナルド・トゥスク首相からのクレームに対して謝罪し、訂正している。そのくらいポーランド人にとってはセンシティブで重要な表現なのである。

なお、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館では2016年1月からすでに2,750件も「ポーランドの収容所」と間違った表現をしてある記事やブログ、SNSへの書き込みを見つけて、修正を求めている。アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館ではアプリを通じてメールやFacebook、Twitterでそのような表現があったら、リンク先を教えて欲しいと情報提供を呼びかけている。

破壊されたポーランドにもあった反ユダヤ主義

ナチスはホロコーストで600万人のユダヤ人らを殺害したと言われている。人類史上最大級の犯罪行為として記憶に留められているアウシュビッツはナチスがポーランドに建設したユダヤ人やロマらを絶滅することを目的に建設された収容所であるが、歴史家、研究者はアウシュビッツにおける犠牲者数について意見の一致が見られていない。ポーランドにおけるドイツの犯罪に関する総合調査委員会はアウシュビッツの犠牲者の総数を250万人と推定しているが、この数字も小さいと言われている。

ポーランド自体もナチスの犠牲者である。ナチスがポーランドに侵攻してから、ナチスにとってポーランド人はユダヤ人とは違って絶滅の対象ではなく、ドイツのための奴隷労働の担い手とされていた。そのため奴隷労働に適さないポーランドの知識人らはナチスにとって邪魔な存在で迫害を受けた。そしてワルシャワだけでなく全土がナチスによって壊滅された。

さらに当時ポーランドには多くのユダヤ人が住んでいたが、ポーランドには反ユダヤ主義も蔓延していた。ナチスによるポーランドなど東欧の占領政策は、ある意味で単純なもので、歴史的にユダヤ人に対する憎悪を抱えたままのポーランド人に対して「憎むべきユダヤ人は自由に殺してもよい」というお墨付きを与えたようなものだった。さらに戦後、ホロコーストが終わって戻って来たユダヤ人らの復讐を恐れたり、根強い反ユダヤ主義からポーランド人はユダヤ人らを迫害して惨殺する事件が多く発生した。そのため「ポーランドの収容所」と呼ばれても仕方ないという後ろめたさもポーランド人にはあるのだ。だから余計にポーランド人としては「ポーランドの収容所」は許しがたい表現で、そこは「ナチスの収容所」と明確にしておきたいのだ。

まだ終わっていないホロコースト

世界中の多くの国でアウシュビッツのことは歴史の教科書に多く掲載されているので、知っている人が多い。しかしメディアやブログ、SNSなどでは「ポーランドの収容所」と表記されていることが多く、ポーランドでは「正しい歴史」を知ってもらうために、その表現の修正を世界中に伝えようとしている。

2016年2月11日からアウシュビッツで看守をしていた元ナチスのSS所属だった94歳のラインホルト・ハニング被告の裁判がドイツで始まった。被告は1943年から44年までアウシュビッツで17万人の殺害に関与した疑いがあるとのこと。裁判には90歳の証人が出廷して「私たちは同世代だ。お互いもうすぐ神の裁きを受けることになる。どうして私の家族や親族35人を含む数百万人ものユダヤ人やロマが殺されなければならなかったのか、説明してほしい」と訴えた。また2015年7月にはアウシュビッツの簿記係だったオスカー・グレーニング被告が禁錮4年の判決を受けた。まだまだホロコーストの歴史は終わってない。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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