Yahoo!ニュース

生鮮食品の「機能性」を強調すればするほど、サプリメント会社の宣伝になる

佐藤達夫食生活ジャーナリスト

■不完全な「機能性表示食品」制度がスタートした

機能性表示食品制度がスタートした。この制度は「アベノミクス」の第3の矢として放たれた成長戦略で、医療・介護・健康関連産業の規制緩和策だ。健康食品業界の要請に応える形で、安倍首相の「食品に新たな機能性を表示できるようにすべき」という鶴の一声によって、強引にスタートした。

消費者委員会による約2年にわたる審議の末、2014年12月に安倍首相に「答申」され、それにそって、いよいよ6月から機能性を表示した食品が店頭に並ぶことになる。答申の中身は下記を参照されたい。

http://www.cao.go.jp/consumer/iinkaikouhyou/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/12/10/20141209_toshin_betu.pdf

私はこの機能性表示食品に関する審議会をたびたび取材(傍聴)したが、こんなに紛糾した審議会も珍しい。ほぼ毎回(といえるほど)業界側委員と学者側あるいは消費者側委員との間に、意見の大きな食い違いがあり、なかなか審議が進まない。2014年の秋頃には「結論が出ないので、安倍首相への答申には至らないのではないか」という危惧さえ生じた。しかし、そもそも「2015年春には機能性表示食品制度をスタートさせる」という大前提の元に開催された審議会なので、締め切りが迫って強引に答申が出された(と私には感ぜられた)。

答申を読めばわかるが、付帯事項が9つも付いている(こんな答申も珍しい)。中身を見ると(簡単にいうと)「安全性については食品安全委員会と協力すべき」「罰則を厳しくすべき」「脆弱な制度なので定期的に見直すべき」などなど、「こんなに重要な付帯事項がこんなにたくさん付くのであれば、答申しないほうがいいのではないか?」というような代物。

それでも、6月には「機能性」を表示した食品が店頭に出てくる。飛びつく消費者もいることだろう。しかも今回は、加工食品だけではなく、生鮮食品にも「機能性表示」が許可される(正確にいうと「申請が受理される」)らしい。

■生鮮食品の機能性がそう簡単に効果を表すわけがない

ここでは、加工食品ではなく、生鮮食品の「機能性表示」について考えてみたい。6月にならないとわからないが、どうやらメタボ予防をうたうミカンや花粉症予防をうたうお茶などが申請されているようだ。

申請があっても、それを消費者庁がイチイチ詳細にチェックするわけではなく、よほどひどい物でなければ「企業の責任」に任せて「受理する」ことになっているので、次々と登場するだろうと推測する。

そもそも、生鮮食品は(多かれ少なかれ)必ず「機能性」あるいは「栄養性」を持っている。もっと正確にいえば、地球上に存在する数多くの生物の中で、ヒトにとって「栄養性」あるいは「機能性」を持っている物(そして顕著な毒のない物)を、私たちは「食品」と呼んでいるのである(このことは、またいつか別の機会に述べよう)。

なので、生鮮食品に「特別な機能性」を表示することは、消費者に多くの誤解を与えることになりはしないだろうか。たとえば、ミカンにはβ-クリプトキサンチンという成分が(多かれ少なかれ)含まれている。ある土地でとれたミカンにその成分が少し多く含まれていたからといって「特別な機能性」をもたらすわけではない。

含有量にわずかな差がある◯◯産のミカンを「極端に大量に」食べれば、もしかしたら「特別な機能性」を発揮するかもしれない。しかし、それが「功を奏する」前に、「極端な食べ方」による栄養の偏りが、その人の健康を害することになるのではなかろうか。

■食品のおいしさ・美しさ・香り、楽しさなどを高めよう!

昨今、この制度を利用して自分たちの農水産物の売り上げを伸ばそうと躍起になっている生産者があとを絶たないと聞く。「○○産の??には△△という機能性成分が含まれています」ということを喧伝する手法に人気が集まっているらしい。

しかし、冷静になって考えてみよう。すべての消費者がそういう情報を求めているわけではない。その「うたい文句」に飛びつくのは、そういう情報がとっても好きな(一部の)消費者だ。彼ら(彼女ら)が求めているのは「食べ物」ではなく「その機能性」である。

「機能性情報」が頭に入り、それを期待して食べた食品からはそれほどの効果が得られず(食品は薬品ではないので顕著な効果は得られない)、肩すかしを食らった(一部の)消費者はどこに向かうであろうか。

火を見るよりも明らか、だ。

彼ら(彼女ら)は、もっと顕著な効果を求めてサプリメントに走るに違いない。10年もたてば、生鮮食品生産者が躍起になって宣伝をした「機能性」のおかげで、サプリメント業界が潤うことになるだろう。

サプリメントが逆立ちしても食品にかなわないものがある。それは食品の持つおいしさであり、美しさであり、香りであり、温かさや涼やかさであり、食べる楽しさであり、コミュニケーション力であり、文化性である。こちらに磨きをかけ、どこにも負けない「食品力」を豊かにするほうが、生産者のためにもなるし、消費者のためにもなる、と思うのは私だけではあるまい。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事