Yahoo!ニュース

「おいしい物」は体にいいのか・悪いのか?その答えは・・・YES!

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■ヒトは体にいいものをおいしく感ずるように進化してきた

セミナーや講演でときどき(たびたび)受ける質問に次のような物がある。

「おいしい物って体に悪いんですよね~?」。質問というよりも悲痛な叫びに近い訴えだ

私の答えは、こう。

「おいしい物は、すべて、体にいいです。より正確にいうと、おいしい物が体にいいのではなく、体にいいものをおいしく感ずるように私たち(の舌と脳)が進化してきたのです。ただし、おいしい物の最大の欠点は、食べすぎてしまうこと。適量を超えれば、いくら体にいい物でも健康を害する要因となります」

ヒト(という動物)は地球上の他の生物を食すことによって生存が可能になる。このことは、ヒトだけに限らず、自分で栄養素を作り出すことのできる植物以外、すべての動物に共通する宿命だ。すべての動物が、生存のために食べ物(他の生物)を奪い合うので、地球上ではつねに「食べ物」が不足する状態が続いてきた。もちろんヒトも同様である。言い換えれば、ヒトの歴史は「飢餓の歴史」でもある。

なので、ヒトはあらゆる物を口にしてきたはずだ。中には体にいい物もあったろうし体に悪い物もあったろう。そしてその昔には、体に悪い物をおいしいと感ずるヒトもいたろうし、体にいい物をおいしいと感ずるヒトもいたであろう。体に悪いものをおいしいと感ずるヒトと、体にいい物をおいしいと感ずるヒトがいた場合、生存競争に打ち勝って子孫を残すことができるのはどちらだろうか?

それは、火を見るよりも明らかだ。後者に決まっている。体に悪い物を「おいしい」と感ずるヒトは健康を害して生存競争から脱落していったであろうから。さらに、ヒトの祖先は、身体にいいものを本能的に選択して食べる能力に磨きをかけてきた。つまり体にいいものをおいしく感ずるように舌と脳を発達させる努力をし続け、それに成功したヒトだけが生存競争に打ち勝って、今、地球上に生き続けている。

結果的に、私たちヒトがおいしいと感ずる物は体(生存)に不可欠な栄養素を含む物ばかりのはずだ。まずは体を構成するタンパク質(肉や魚や卵や乳と大豆)。きわめて効率のよいカロリー源であり体内に蓄積することが可能な脂質。蓄積は余りたくさんはできないがカロリー源として即効性があり、脳細胞の唯一のカロリー源となる糖質。この3つを「三大栄養素」という(最近では「エネルギー産生栄養素」という表現に変更された)。ヒトはこの3つの栄養素を優先的に摂取するために、この3つを「おいしく感ずる」ように進化した。

■「野菜不足の環境」などまったく想定外だった

私たちヒトという生物は、舌が「おいしい」と感ずるものを、本能のままに食べていれば、タンパク質・脂質・糖質という「きわめて重要な栄養素」を確保できるまでに進化を遂げた。つい最近(50年ほど前?)まではそれでよかった。

しかし、現代では、冒頭の質問にあるように「おいしい物ばかり食べていると健康を害する」ようになってしまった。それには多くの要因が考えられるのだが、最大の理由は、かつて重要な栄養素(動物性タンパク質・脂質・糖質)は、めったにヒトの口には入らない物ばかりだったので「食べすぎる」心配など皆無だったのだが、農業や畜産業や水産業や食品工業等の発達で、比較的簡単に手に入るようになったことだろう。

このことは、ヒトの歴史上きわめて画期的なことなのだが、比較的簡単に入手可能になるまでの時間、つまり「摂取過剰」状態に至るまでの時間があまりにも短すぎた。数百万年をかけて進化させてきた「高カロリーの物をおいしく感ずる能力」がアダとなるほど、食物豊富な状況がアッという間に地球上に到来するとは、考えもしなかった。この先、ヒトが「摂取過剰」を抑える本能を身につけるまでは、さらに数百万年を要するに違いない。

今、先進国の人たちは「野菜不足」に陥っている。上で述べてきたように「体にいいものをおいしく感ずる」のであれば、こんなに「体にいい」と考えられている野菜だって、おいしく感じて食べすぎになるはずではないか。なぜ、野菜は「食べすぎ」にならずに「不足」してしまうのだろうか?

たしかに野菜はビタミンとミネラルと食物繊維という健康のためには欠かすことのできない栄養素を含んでいる。必ず摂取しなければならない。しかし、ヒトは野菜をわざわざ「選択して」摂取する能力を必要とはしなかった。なぜかというと、わざわざ「選択」しなくとも、ヒトには野菜しか食べる物がなかったから。

その昔、動物の肉などはめったに手に入らなかったろう。海に囲まれている地域ばかりではないので、魚介類だってそう豊富にあったわけではない。穀物もけっして充分ではなかった、はずだ。そういう状態で、ヒトは日常的には(たとえおいしくは感じなくとも)野菜ばっかり食していたに違いない。

この50年(?)、タンパク質・糖質・脂質という3つの栄養素を、タップリ食べられるようになって、ヒトは健康で長生きが可能になった。これから、今まで以上に健康で長生きしようとすれば、「想定外の野菜不足」による栄養の偏りを正さなくてはならない。

私たちは、基本的に「おいしい」と感ずる物さえ食べていれば健康で長生きできるはずだ。「食べすぎないこと」と「野菜不足にならないこと」さえ肝に銘ずれば・・・。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事