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女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力である

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)

朝霞市で誘拐され、監禁されていた女子中学生が逃げ出し、約2年ぶりに保護されたという。子どもの身の上を心配し、活動されていた親御さんもホッとされただろう。よかった。

ところで予想されたことであるが、「なぜ逃げられなかったのか」を検討する報道が続出している。もちろん、なぜこんな監禁事件が行われてしまったのか、それを悔やむ無念さからでもあるだろう。しかし当初監禁されていた千葉市や、その後の引っ越し先の東京中野区のアパートの鍵のかけられ方、そして壁の厚さや部屋の配置を執拗に検討し、「周囲に物音は聞こえたのではないか」「声を出せば届いたのではないか」を問いかける報道があまりに多く、目に余る。

例えば、女子中生監禁の部屋「声を出せば隣に聞こえた」 なぜ現場周辺では誰も気づかなかったのか?という記事では、検針を担当しているという電力会社の社員の声を次のように紹介している。

「(寺内容疑者が引っ越してくる前の話にはなりますが)、ブレーカーを修理する際に、部屋の中に入ったこともあります。ごく普通のワンルームという印象で、とくに防音がしっかりしているような様子はありませんでした。玄関のドアも薄く、(女子生徒が)大きな声を出せば隣の部屋や外に必ず聞こえたはずだと思います」

出典:女子中生監禁の部屋「声を出せば隣に聞こえた」 なぜ現場周辺では誰も気づかなかったのか?

もちろん、そのあとに「何か大きな声を出せない理由があったのかもしれません」とも続けられる。だが、大きな声を出せない理由は、「監禁されていたから」以外にあり得ないだろう。「監禁されていたから、もしも失敗に終わったら、加害者にさらにどんな目にあわされるかわからない。ひょっとしたら殺される事態だってあり得る。だから声を出さなかった」。被害者だって、それくらいの損得勘定はするだろう。

監禁された人間が、相手に底知れぬ恐怖をもつことは容易に想像される。被害者の生命や健康は、ひとえに加害者にかかっている。犯罪被害者は、加害者の機嫌を損ねたら危害を加えられることがわかっているため、過剰に加害者へと同一化し、愛着すら持つという「ストックホルム症候群」という心理状態も知られている。この女子中学生は報道を見る限りかなり冷静であり、加害者に過剰な同一化をしているようには見えない。だからこそ隙を見て、逃げ出すことができたのだ。逃げ出せたことが、むしろ称賛されるべきだろう。

少女は、検査入院していた病院を28日に退院していて、東京・中野区の寺内容疑者のアパートから逃げた理由について、「両親と会いたいという気持ちが高まった」と話しているという。

出典:不明女子中学生保護 少女の名前を呼んで、声をかけ連れ去る

また「理由」である。監禁されていたアパートから逃げるのに、「理由」が必要だろうか。「両親と会いたいという気持ちが高まった」というのは、「アパートから逃げることを決行する勇気をもてた理由」なのではないか。これでは、逃げなかったのは「両親と会いたいという気持ち」の「高まり」が十分でなかったかのようにすら読めてしまう。

逃げなかった理由としてあまり指摘されていないように思うが、大きな理由のひとつは、(私の記事を含む)こうした報道だろう。「なぜ逃げられなかったのか」「何があったのか」という視線にさらされ、根掘り葉掘り報道されることを考えれば、想像力があればあるほど、逃げる勇気がでなくなる。監禁から逃れたあともまた、違う被害にさらされるのであるから。事態を理解すればするほど、勇気を必要とするだろう。

そもそも、「なぜ逃げなかったのか」という問いの答えは、「逃げられなかったから」という同語反復以外にない。他の犯罪でこのような問いかけがされるだろうか。「なぜナイフが取りだされて殺される前に、逃げなかったのだろう」「なぜひったくりにあう前に、気が付けなかったのか」。少し考えるだけでも、おかしさに気が付くはずだ。

逃げられるなら、逃げている。逃げられないのは、心理的、物理的、さまざまな理由で、逃げられないからである。こうした報道自体が、不幸にして次の監禁事件が行われた場合、被害者の救出をさらに困難にしないだろうか。次の被害者を出してしまう可能性すらある。助けられなかった無念さはわかる。しかし、「なぜ」を問いかけるのはやめたほうがいい。理由は、「逃げられなかったから」なのだ。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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